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16  竜の王と呪われた魔物(?)

 竜王の杖は、わたしが作った魔道具だ。

 王と呼ばれる竜は何体かいて、いくつか調べてから、その一つに目をつけて研究して作った。


 この竜王が、不思議な存在なのである。竜なのに、魚なのだ。海竜(シーサーペント)というわけでもない。

 特性を調べていくと、魚なのだ。そして竜。

 魚が竜になりました、といった感じ。


 不思議だったので、つい色々調べているうちに金も時間も結構費やしたし……せっかくなので……と、この妙な竜王の力を借りる杖が完成したのだった。


 でも、わたしの記憶が答えをくれる。

 まあ答えの元はゲーマーでファンタジー好きな前世の弟さんだけど。

 ともあれ、その存在から力を借りるのに、その名が分かる事ほど大切なことはない。


 術式を描き換えていく。

 魔石を使って鑑定魔法。つながっている。喚び出す存在(もの)への道が。

 つまり、合っている。

 魔法使いとしての本分が、心を震わせた。


 頭を切り替える。

 感動している暇はない。早く準備を整えないと。

 今スタンピードが始まれば、災害級の魔物たちによる被害はここだけに留まらない。


 名前を書き換えた今、力を引き出し過ぎてしまうかもしれない。

 威力が大きくなりすぎて周囲に被害が出る可能性がある。名前とは、それほどに大事なものだ。


 召喚する力を、一部結界に変換させる術式を組んでいく。

 魔石を使った結界術は拠点の守りなどで使われるわりとポピュラーなものなので、それほど難しくない。


 ストラミネアの送ってくれている地図を見る。

 全てのモンスターがダンジョンから外に出ている、もしくは最奥で消えている。


 ついにレッドドラゴンの印が消えた。

 決着がついたみたいだ。

 

 即座に、地図上で魔物たちの動きが活発になった。


 大まかに術式は描き終えたけど、細かい調整が間に合わない。

 編集しなおしたせいで、ドラゴンブレスを喚び出す魔術の構成が完全にできていない。

 呪文で一部をカバーするしかないか。


 作業しやすいようにか、いつの間にか止まってくれていた馬車の荷台から降りる。

 地面に杖を突き立てて両手で構えた。

 子供の体格には重いし、大き過ぎるのだ。


 魔石に順に触れて、その魔力を杖に走らせる。

 十二の竜の魔石から杖全体に魔力が巡り、術式が展開された。


「深淵の果ての海に生まれしもの……天空に昇り竜なりしもの……」

 

 魔物たちが咆哮する。

 暴虐なる王たちが、今、動き出す。


 溶岩の巨人が大地を焦がし、黒煙をあげながら歩んでくるのが、グリフォンが空を裂いて飛んでくるのが見える。


「かつて世界を背負いたる…………」


 丘の向こうから、屋敷サイズの漆黒に輝く蜥蜴(トカゲ)が、チロチロと黒い舌を出しながら姿を現した。

 もうそこまで来ている。


「おい、嬢ちゃん!?」


 耐えかねたキセロが叫ぶ。黙ってみてろとヴィヴィがそれを杖でぶん殴った。


「……背負いたる砂粒の澱みより現れし、淵より這い上がりし深きものどもを……」


 かつて世界を背負った世界魚ルティーヤーは、深淵の海から天へと昇り、神に名を連ねる竜王になった。

 

「今その力をここに。竜王バハムート、みんなを護って!」


 神銀(ミスリル)の杖が砕け散る。

 天が割れた。

 

 白と銀色に輝く、竜の中の竜。


「ほへ?」


 思わず、間の抜けた声が漏れた。


 喚ぶ力が強過ぎて本体ごと引っ張ってきた?

 それとも名前呼ばれたから?

 息吹(ブレス)だけのはずだったんだけど……?


 あり得ないけど、実際に起きてるんだから仕方がない。

 もう、どうにでもなれだ。


 本物の竜王をこの目で見られたことよりも、唐突な登場をした意外性の方が大きすぎて、感動するタイミングを失ってしまった。

 

 竜王の前に巨大な力の塊が渦巻く。

 同時に、結界がわたしたちの視界を横切った。

 この結界は、ダンジョンを中心に、わたしたちに届かないぎりぎりの円を描いているはずだ。


 放たれたドラゴンブレス。

 結界の向こうが、蒼い光で何も見えない。何も聞こえない。

 凄いことになっているのだけは分かる。

 ひたすら地面が震えて揺れて、立っていられない。


 あわわわわわ。


 揺れがおさまりかけた時、竜王と目が合った。……気がした。


 結界が消え、バハムートも姿を消す。


『あまり加減をさせてくれるな、小さき者よ』


 ため息混じりのような声が聞こえた。


 きっと幻聴だと思う。

 そう思いたい。




「すごいな、何もかも消し飛んじまったぞ……」

「竜の王とか言ってたようじゃったが……」

「あんなものにお目にかかれるなんて、長生きはするもんだねぇ……」


 馬は気絶している。

 しばらく移動できないけど、危険はもう無さそうなので、大丈夫だろう。


「さて、ダンジョンを見に行こうかな」

「おいおい、何を言っとるんじゃ。危ないじゃろう」

「……何が?」


 タイラーが慌てた様子で止めてくるが、魔物は目の前で消し飛んだところだ。


「ん? ふむ、そうじゃな……洞窟に魔物の残りがいるかもしれんじゃろう」

「いないよ?」

「……むう、おらんのか」


 タイラーが勢いをなくす。

 横からキセロが加勢した。


「ダンジョンなら、突然魔物が湧くかもしれんだろ」

「おお、そうじゃ、そうじゃ」

「これがあるから」


 雷竜の杖を見せる。


「子供の癖に、頑固じゃのう」

「タイラー、待ちな。この子が行く必要があるってんなら、好きにさせてやりな。どう考えても普通の子供じゃなさそうだからね。ただし、くたばったら承知しないよ」

「ああ、礼もまだなんだからな」


 ヴィヴィが腕を組み、鼻息荒くわたしを見下ろす。その横でキセロがうなずいた。


「とりあえず、わたしのことは黙っていて欲しいかな」


 ここで変に有名になってしまったりしたら、将来的に旅立つ時なんかに支障が出る可能性がある。


「命の恩人だ。もちろんそれくらいはかまわんぞ」

「それで、黙っているのは、いつまでとかあるのかい? それと、伏せるのは全部かい? やったのがあんたってことだけかい?」


 少し考えて、ジェノベゼはナポリタへの帰り道の途中だと思い出した。


「じゃあ、当面は何も見てない、で。一回またジェノベゼに会いに行くから、またその時にでも。ギルドの反応とかも知りたいし」

「分かった。それなら、『探索者の小屋(シーカーズ・キャビン)』ってのが街の北東にあるから、そこに来とくれ。昔の馴染みの店だ。連絡がつくようにしておくよ」

「うん、ありがと」


 ヴィヴィが首を振る。


「礼を言うのはこっちなんだから、あんたは偉そうにでもしときな」

「いや、みんながみんな、お前みたいじゃないからな……」


 横でつぶやいたキセロのスネに、ヴィヴィの杖が吸い込まれた。




 さて、日が暮れると困るのでさっさと行こう。

 風精霊の靴を起動して、地面をすべるように歩いていく。

 

 地面は見事なまでに真っ平らだ。

 クレーターになると思っていたんだけどな。

 結界の応用だろうが、竜王様はいやに気を回してくれたようだ。おかげですこぶる走りやすい。


 今更ながら、本物の竜王を喚んだという実感が湧いてくる。

 神の姿を見ることなんて、普通に生きていればまずあり得ない。

 それを竜の王だぞ、竜の王。


 やばくね。

 わたし、すごくない?


 うぇへへへへへ。


 ニタニタと笑いながら、人に見られたら気持ち悪がられること受け合いの顔で、踊りながら平らになった地面の上を進んでいく。

 

 洞窟までたどりつくと、こちらもきれいに平面になっていた。

 これ、ダンジョンの上層が消し飛んでるな。


 気を引き締めなおして、下に降る部分から中に入った。

 ストラミネアの地図と照合して、最短距離で最奥を目指していく。


 最奥の、レッドドラゴンを倒した正体不明の呪われた魔物はまだそこにいるままだ。動きはない。


 何かの焦げた不快な匂いが漂ってくる。

 途中で魔石を交換しておいた、雷竜の杖と黒鉄の剣を持って備えておく。

 この角の向こうかな。


 できるだけ気配を消し、壁に体を張り付けた。

 いつでも逃げ出せるようにしながら、こっそりと奥をのぞく。


 高温で焼き払われ、ダンジョンの壁に溶けた跡が見える。

 それから、様々な魔物が引き裂かれ、焼け焦げた骸を晒しているのが目に入った。


 見つけた。


 横たわったレッドドラゴンの上で、巨大な黒い獣が息を荒げている。


 その黒い獣の体には、誰が見ても呪いと分かる、目と口を付けた汚泥のような存在がまとわりついている。

 その汚泥の全身には、呪いの呪文が刻まれていた。


 なかなか、えげつない術を使っているな……


 自分そのものを呪いに変えて、相手を呪う禁呪の類いだ。

 私の付けている呪い避けの指輪程度じゃ、あの呪いには太刀打ちできないな。


 その黒い獣は、瞳の全てを真っ赤に染めて、こちらを見ると歪んだ顔で笑った。


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[一言] 確かに魚であり竜だ 日本ならナマズ
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