159 ラボワ追放の波紋と父母への報告
翌日は転送魔方陣から日国へ黒狐たちを送りに向かって一日が終わり、その翌日に両親の家を訪ねた。おりんとチアも一緒だ。
昨日のうちに、もうバクスター家からの使者が来ているはずだ。
現伯爵の長男であるセロケンが自ら訪ねると、あの場で約束してくれていた。
第一夫人のラボワたちはもう戻っては来ないし、他の使用人たちは契約魔術を結んでくれているので見られて困る心配はない。
一応人通りが少ないタイミングを見計らって屋敷に入り込んだ。
「おじゃまします」
「あら。おかえりなさいませ、お嬢様がた」
いつもは離れの方にいる母も屋敷の方にいた。
父母が座り、父の執事さんと母の使用人であるマリッサも加わって四人で話をしている。
ラボワを修道院送りにした件だろうな。
招き入れてくれたメイドさんが四人に声をかけにいく。
こちらに気がついた母の方へチアが駆けていった。
「ただいま、セレナママ―」
「あらあら、チアちゃん。おかえりなさい。あら、おりんちゃんは髪の色が変わってるじゃない。反抗期かしら」
反抗って、何に対してだよ。
日国から戻ってきて母と会った時はおりんを連れてきてなかったので、髪の色が変わってから会うのは初めてだ。
そういえば、おりんって反抗期あったかな? なかった気がするな。
拾った時には過ぎていたのか、環境の変化でそれどころじゃなかったのかな。
思わず、おりんの顔をじっと見る。
「どうかしました?」
「いや、なんでも。お父さん、お母さん、何かあったの? 深刻そうな顔していたけど」
「いや、それが昨日急にバクスター伯爵家……ああ、クレアは面識がなかったね。父さんのもう一人の妻でラボワという女性がいるんだが、実家で何か表沙汰にできないような事件に関わっていたとかで、突然もう戻ってこれないと義兄に言われたんだ」
腕を組んだまま、父が難しい顔で続ける。
「内容は一切伝えられないが、とてもじゃないがこのままこの家には置いておけないと言われてしまってね。忘れるのがお互いのためだと、必要なら他の女性を紹介するとまで言われてしまったよ」
まあ、バクスター伯爵家にとって、もうラボワへの罰は決定事項でくつがえせない。
身柄も向こうが確保しているので、父にはもう何も出来ることはないだろう。
「父さんはどうしたいの?」
「罰は罰として受けるべきだとは思うが、できれば一度話がしたかった……。彼女には色々苦労もかけたし、支えてもらってもいた。家族なんだよ」
「ふーん……わたしは会ったことない人だし、よくわからないや。でも知らせてこないのは、その人の実家だけじゃなくて、そのラボワさんって人自身も、父さんにそういう汚い部分があったことを知らないままでいて欲しいっていうことなのかもしれないよ」
「うーん……そういう考えもあるか」
「わたしは部外者だから言えることかもしれないけど」
「いや、ありがとう。クレア」
わたしを殺そうとしたなんて知ると二人は悲しむだろうから、知らないままでいい。
今更、感情の持っていき場もないだろう。
口止めしているから、問い詰められてもバクスター家の面々が困るだけだしね。
あの家の人たちも絶対に口を割らない……というか、割れない。
長男の……継いで次のバクスター伯爵となるセロケンが全員に契約魔術を使って、漏れないようにすると言っていた。
「返事は期待できんが、ラボワには手紙をしたためておくか……。現状それくらいしか打つ手がないからな」
執事さんとマリッサがわたしたち三人にも椅子をすすめてきた。
「はい、お土産の日国のお茶とお饅頭ね。使用人さんちの分も」
「ほう。これはありがとうございます」
饅頭と団子をお皿に並べてもらい、ほうじ茶っぽいお茶をすする。
チアは椅子を無視して立ったまますぐに口に放り込んで母に甘えにいった。
「さてこちらの話ばかりで遅くなったが、三人とも無事に帰ってきて何よりだ。日国の方はどうだった? ああ、そうだ。それで思い出した! クレアたちもおとといの聖女の歓迎のパーティーに付いてきてただろう。あの聖女は他人の空似と言うには似すぎているし、名前もロロナリエだなんて、偶然とは思えないんだが一体どういうことなんだ?」
「うん、そだね。そろそろ今の立場とかの話もしていいかなと思うから」
屋敷の者たちも、手がすいている者はそれとなく耳をそばだてている。
すでに契約魔術で縛られているので、聞かれても困る者はいない。
「似ているのは同じ豊穣神から加護を受けているからで、名前が似ているのもそういうお告げで名前を付けられたから。わたしは聖女様ほど強い加護を与えられてるわけじゃないけど」
「同じ日国の狐神から加護を受けている方ということか!」
「表向きはそういうことにしようってなった」
わたしが肩をすくめると、父が首をカクンと落とした。
「それで、本当は?」
「ロロナリエの正体は、わたし。あの日は知り合いに代役を頼んで『ロロ』もいるように見せかけていただけで、お父さんからあいさつ受けたのもわたしだよ」
「なに!? あれはクレアだったのか!?」
父は派手に驚いたが、他の人たちはロロナリエについてあまり知らないのか、それほどびっくりはしていない。
「ああ、そっか。だからラボワって奥さんは全然知らないわけじゃないね。あの場で一度だけ会ってたから。……それはともかく、日国で加護をくれていた神様に会って、修行して御使いというか聖女というか、まあそんなのになったんだよ。実際に見た方がわかりやすいかな」
幻想魔法でロロナリエの姿に変わる。
普通に変化するだけだと服がそのままなので、今後のために作っておいた。
黒狐は服を着たまま狐に姿を変えられるのだが、イメージや認識の問題らしく、かなり難易度が高いことをやっているようだ。
とりあえず変化の修行はあきらめて、手っ取り早く魔法でなんとかすることにしたのだ。
パーティーの時と同じ姿に変わると、父以外の人たちも驚いた顔に変わる。
「どう? 五年後のわたしって感じだけど」
「おお! 本当にあの時の聖女だ」
「あらまあ、お嬢様。きれいになられて」
「クレアお嬢様が聖女になられたとは……これは驚きましたな」
「あら、これならわたしの服も着れそうね」
母はなんか感想がずれている気がする。
「おりんちゃんよりお姉さんになったわねぇ」
「なろうと思ったらおばあちゃんでもなんでもなれるよ。あと、おりんも姿変えられるけどね」
「ええ、お見せしましょうか? ……こんなでどうでしょう」
おりん今までの三、四才くらいの年の差を保つような感じで、十八、九くらいに姿を変えた。
大体、転生前からわたしが長年見慣れていると言っていいおりんの姿だ。ただ、髪の色は落ち着いた黒から赤に変わっているし、化粧っけが無いのも手伝って大人っぽさは当時ほどはない。
代わりにでもないけど、更に育った胸がしっかり大人であることを主張している。
わたしのイメージ的には女子高生って感じだけど、化粧したら大学生っぽくもなるかな。
使用人たちからため息が漏れる。
「きれいってのはこういうことだって感じだよね」
「ロロ様はその姿だと、まだきれいというよりはかわいいって感じですもんね」
おりんにさらっと流された。
照れる気配がないのは言われ慣れてるせいだろうか。
母が膝の上にうつぶせで乗っているチアの顔をのぞきこむ。
「……チアちゃんは大きくなれないわよね」
「なれなーい」
「そっかー。チアちゃんはちっちゃくてかわいいわねぇ」
よしよし、と母がチアを撫でて、わたしとおりんは顔を見合わせる。
わたしら二人は見た目と頭の中身が一致していないコンビだからな。
かわいげが無いのは自覚している。
「でも、修行をがんばったら年をとらなくなれるって言われたー」
「そ、そう。チアちゃんも日国で頑張ってきたのね……」
チアが言っているのは仙人のことだな。
「ところで、聖女ってなんなのかしら? クレア、なにかすごいことができるの?」
「わたしは豊穣神の御使いだから、こんな感じ」
パーティーで見せたように握った麦の粒に力を流し込む。
その場で芽を出して穂が伸び、実ると枯れて床に落ちた。
使用人たちからおおーと声が聞こえる。
「他にもいろいろできるけど、今ここで見せられるのはこれくらいかな」
「話はわかった……いや、よくわかっていないし、聞きたいことはたくさんあるんだが、それでなぜあの場にいた? 言い方は悪いが、国王様にいいように利用されているんじゃないのか? クレアは他人に縛られるような生き方は嫌だと言っていただろう」
ああ、そこを気にしてくれていたのか。
聖女だの御使いだのが権力者に利用されるというのは、ありがちなシチュエーションではある。
「そこは大丈夫。むしろ今回はわたしのツケを払うのに国王たちに協力してもらってる感じだから」
チアやおりんが死にかけたことは言わずに、御使いとしての力を授かる条件として引き受けたもので、村を作るのがその一つだと説明する。
「それでお母さん、おじいちゃん、おばあちゃんと会う日を決めときたいんだけど。あとマリッサ、その時にわたしに仕えるはずだったパントスって人とも会うってことでいいのかな」
「ええ。先に予定を聞いておきましたから、この場で決めてしまいましょう」
わたしも魔術師長を訪ねることになっていたり、化粧教室をすることになっていたりするので、いつでも暇というわけでもない。
予定の合う日を確認して数日後に会うことが決まった。