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158  稲荷神のシナリオ

 二人を除いて場にいる全員が自由を取り戻した。

 ラボワと彼女専属の使用人ついてはそのままにしておくらしい。

 自由にしたら逃げ出そうとするか、取っ組み合いでも始めそうだもんな。


 同時に勢いよくドアが開いて、この場にいなかった使用人や騎士がなだれこんできた。


「伯爵様、ご無事ですか!? 突然ドアが開かなくなってしまったのですが!!」

「……うむ。まあ見ての通りだ……」


 ホッと息をつく部下たちを横目に、バクスター伯爵が天狐に尋ねる。


「天柱稲荷殿、屋敷中の者も同じように動けなくしていたのではなかったのか?」

「邪魔が入らねえように結界を張っていただけさ」

「なるほど……。そちらの手のひらの上だったということか」

「まあな。実際、私は半分本気だったけどよ。さて、それでどうケジメをつけるつもりだ?」


 凄んでみせる天狐に入ってきた騎士たちがよくわからない顔のまま警戒体勢をとる。


「やめよ」


 伯爵が手を振った。


「神子殿に手を下したのだ。そこの二人は死罪、私は当主という立場上、死罪ではなく突然の病死という辺りで手を打って頂ければ幸いでしょうかな」

「ふん、妥当すぎてつまんねえな。ロロナリエ、あとはお前に任す。適当にまとめとけ」


 天狐に丸投げされて黒狐が怪訝な顔をしたが、銀狐がわたしの方に首を振ったのを見て納得顔になった。


「それでは、一番の当事者に意見を聞いてみるといたしましょうか。ロロ、どう思います?」


 完全に蚊帳の外だったわたしに、黒狐が水を向ける。

 どう止めたものかなあと思っていたので、結果的に助かる。


「当事者……まさか!?」


 バクスター伯爵が派手に驚いた。


 主人の娘に自分の心の安息のために、家の名誉に傷をつけないためにと訴えられ、伯爵の元に行くのもラボワに止められてしまい、騎士は判断に窮した。

 そして迷いを抱えたままの騎士は、王都の外で野宿していた商人の夫婦を見つけて、一つの賭けに出た。


「あなたの騎士は、王都の外で野宿していた商人夫婦を見つけて、わざと跡をつけさせた。あなたの娘へのせめてもの抵抗の結果が今生きているその子」

「ふっ……ふはは。そうか、生きていたか。あやつめ、やりおったな! はっははははは! 我がもとを去ったのはそのためであったか!」


 伯爵は、おかしくてたまらないというように笑い声をあげる。

 刺さっていた棘が抜けたようだと言った伯爵は、なんだかさっきからせいせいとした顔をしている。


「結果的にわたしはまだ生きていますし、あなたたちが死んだからってうれしくもありません。ロロナリエ様もご存じのように、もしわたしが捨てられていなかったとしたら、この前のスタンピードで何もできないまま王都で死んでいたところですしね」

「なに!? 一年前のスタンピードにも関わっていたのか」


 そういえば、あれからもう一年経つのか。


 それはともかく、どうせこの屋敷の者にはこの場であったことについて口止めがいる。

 多少知られてもたいした問題にはならないだろう。


「わたしが自由に動き回れたおかげで結果的にスタンピードを解決できたという面もあるんですよね。まあ、だからって感謝する気もないですけど」

「だろうな。そこの二人を見るに殺そうとしたのは間違いなく事実だろう。助かったのも結局は偶然だ。愚かな行為の責は負わねばなるまい」


 うーん、しつこいな。

 死にたがりかな。


 生きるか死ぬかの瀬戸際なのにラボワたちはさっきからずっと静かなままだ。

 怒鳴って黙らせただけかと思っていたけど、あまりにも不自然なので天狐が何かしらの手段で強制的に黙らせているのだろう。


「もう一度言いますけど、わたしはあなたたちの首なんてもらっても何一つうれしくありません。殺されかけたって実感もないですしね」

「ええっと、ロロ……あなたの言い分もわかる……わかりますが、先に言っていたとおり自分が加護を与えていた者を手酷く扱われた銀狐……宇迦銀灰稲荷様の立場もあります。罰しないわけにはいかない……のですよ」


 ……読まされているというか、読み上げているという感じがすごい。

 黒狐は多分天狐か銀狐にカンペを出されているな。


「とはいえ、神が命を奪ったというのは私もいかがかと思います。そこで伯爵様、大地神教の神殿はあなたの領にもありますよね」

「それはもちろんありますが……」

「では、そこに大地神の遣いである豊穣神として宇迦銀灰稲荷様を一緒に祀ることはできますか? すべての神殿などと無茶はいいません。領内の中心となる神殿だけで結構です。それも含めての罰とし、処分を軽くするのはいかがでしょうか」

「それならば、なんとかできると思いますが……。ロロナリエ様、心遣い感謝いたします」


 周囲の者たちから、ほっとしたような空気が流れた。


 怒りを鎮めるために祀るのはよくあること……だけど、とっさに思いついたんじゃなさそうだ。

 なるほどね。最初からこういう魂胆だったんだな。これをとっかかりに大陸進出でも狙っているんだろうか?

 そう思っていたら、銀狐から意外な言葉が出た。


「私は遠い地にある者だ。ここで祀られてもちょっと困るね」

「そう、ですか……。ではどうしましょう」


 実体のない銀狐だ。距離的な問題を解決する手段は何かしらありそうだけど……普通にウソかな。

 困ったように問う黒狐もなんだか白々しい。


「そうだね……。では、私の代わりにロロナリエを祀ってもらおうかね」

「へ?」

「ロロナリエ様を、ですか?」


 いやいやいや、ちょっと待って。

 びっくりして二人の方を見ていると、天狐がこっそりわたしにウィンクした。


 あー、こういうつもりだったのか……。


 わたしを害そうとしたことへの筋を通すと同時に、これをチャンスに成り立ての新米神であるわたしを祀る地域を作ってやろうと目論んでいたわけだ。


 気持ちはありがたいけど、先に言っておいて欲しい。


 ロロナリエが信仰対象になるのなら、ご利益を示すためにも肥料の生産が始まったらある程度優先的に回す必要があるかな……と頭の端で算段する。


「大地神の遣いである我らの遣いだから、お前もそこに祀られる存在であってもおかしくはない。ロロナリエが祀られて力を得るならそれは我々にとっても意味がある」

「信仰により、力を……? ふむ、そういう能力が……」


 そのままそこで話がまとまり、バクスター伯爵と娘のラボワ及び使用人の女は引き換えに一段軽い処遇となることに決まった。


 具体的には娘たちは山奥の修道院送り、当主のバクスター伯爵は自領で蟄居して代替わりとなる。

 うん、まあ落としどころとしては悪くないかな。


「こちらはそれで十分です」


 ラボワの方を見ると必死の形相で暴れている。

 多分、そんなのは嫌だとかわめいているのだろうけど、天狐が押さえているせいか声になっていない。

 体をもぞもぞさせながらんぐー、んぐーと喉の奥からわずかに声をあげているだけだ。


 結局のところ、このどうでもいい女の命も、伯爵の命も、わたしは背負いたくないのだ。

 どこか知らないところで勝手に生きて、勝手に死んでほしい。幸せになろうが、不幸になろうがわたしの知らないところでやってくれればいい。


「修道院に送られたあとのことも、蟄居したあとのことも感知しません。どこかで誰かと結婚するも、この国を離れるも、そのままそこで暮らすも好きにしてください。二度と会うことがなければ、こちらはそれでいいです」

「……いいのか?」

「わたしが行方知れずになってから、父は子供を作る気を失いました。自業自得ですし、それで帳消しになったとも思いませんが、彼女もそのせいで結婚して十年以上も子供ができず、陰で色々言われ、苦労したのも知っています」


 詳しく説明しないけど、正確には精神的なショックで一時的に作れなくなっていたというのが正しい。


 ともあれ、母との仲が知られている中での強引な結婚だったのもあり、家にうまく馴染めなかったことも、子供ができれば受け入れられると思っていたものの、その目論見も外れてしまったことまで知っている。

 当時の彼女はまだ考えの浅い子供だったのだ。今でも浅いかもしれないし、性格も悪いし嫌いだけど。


「……そうか」

「ロロナリエ様と後ろのお二人もそれでいいですよね」

「ん、それでいい」

「それでかまわないよ」

「お咎めなしじゃなけりゃ、私は正直どうでもいい。けじめの問題だからな。つーか、さっきロロナリエに任せたって言っただろ。聞いてくるな」


 雑な仕草で天狐が手を振る。

 今更だけど、天狐はもうちょっと神様らしくして欲しい。

 ただ、こんな適当な感じでもどことなく威厳が保たれているのは天狐らしい。


 あと、黒狐はまた素になってるぞ。

 もう少しだから頑張ってね。


「ロロナリエ様を始めとして、皆様の温情、感謝いたします。伯爵である父の長男にあたるセロケンです。父と妹の件、確かに私がお約束させていただきます」

「よきにはからえ」


 ……おっとっと。

 うーん……カンペないとダメダメだな、黒狐。


 ロロナリエの返答に少し戸惑ったような顔をしながら、セロケンがわたしに向き直る。


「……ええと、キミは家に帰るのかい?」

「いえ、わたしは今までのようにロロナリエ様の屋敷で暮らすつもりです」

「せめてもの詫びに何かできないかと思ったのだが……そうなると君の実家に配慮してもあまり君には意味はない、かな?」


 ああ、なるほど。

 わたしの実家への便宜というか、何かしらサービスしてくれるつもりだったのだろう。

 まあ、自分の家から送りこんだ娘が第二夫人の子供を始末しようとしていたのが判明してしまったわけだもんな。


「いえ、わたしは両親に表立って何かをできない身なので、配慮して頂ければありがたいです。それと、できれば十年前のことは不幸な事故で終わらせたままにしておいてください。悪意はどこにもない、ただの行き違いだけの事件だったと……。もう両親を昔のことでわずらわせたくないんです」

「……そうか」

「それと、もちろんここであったことはすべて他言無用でお願いします。わたしのことも、ロロナリエ様のことも、そこの二柱の稲荷神様のことも」

「……わかった。約束する。君の両親にはいいように説明しておこう」


 セロケンが約束して、バクスター伯爵もうなずく。

 こうして十年前の話は決着したのだった。


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