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155  稲荷の目的

 あいさつ待ちをしていた残りの人たちと、最後に順にあいさつを受ける。


 娘と外見も名前も似ているが、年齢的には別人というわたしにどう反応するか困っていた父も、無難にあいさつをしてきた。

 この場ではどうせ何も言えない。こちらも笑顔で返す。

 横にいるのは第一夫人だな。


「おい、今の女に笑っとけ」


 不意にかけられた天狐の言葉に、反射的に第一夫人のラボワに目をやる。

 笑いかけはできなかったが、あいさつを終えて背中を向けていた第一夫人が不思議そうな顔で周りを見回し、目が合うと頭を下げた。

 なぜだか上機嫌そうだ。


「天狐様?」

「またあとで教える」


 意味も目的もわからないが、天狐が第一夫人に何かをしたようだ。


「土いじりの聖女か。祈るよりもしっぽ付きにはお似合いだな」


 最初の時みたいにわざと聞こえるように話す者はいないが、ちょいちょい陰口が聞こえてくる。


 最初から積極的に声をかけてきた者たちは農村地帯の田舎領主が多く、それほど気にしていない様子だった。

 もしくは、利益を優先してその程度は飲み込める者たちか。


 今更だが、王都暮らしでプライドが高そうな貴族たちに特に嫌な顔をされているようだ。

 都市部の方が、獣人はより蛮族扱いされる傾向にあるからな。


 きりがない。

 あきらめて放っておくしかなさそうだ。


「お前の歪な文字のペンやへっぴり腰の剣よりは、よほどクワを振れる方が役に立ちそうだがね」


 ヒゲの紳士が声の聞こえてきた方で笑っている。

 見たことのある顔だと思ったら、ドッペルゲンガー騒ぎの時に会ったアルドメトス騎士団長の叔父だった。

 目が合うと立派な付けヒゲをなでながらウィンクしてきた。


 依頼を解決して、獣人への評価を見直してくれたらしい。

 聖女ロロナリエが活躍すれば、獣人の扱いももう少しよくなるのかな。


 帰る時には黒狐の化けたわたしとチア、おりんと一目の多いところで合流して少しでもロロとは別人ですよ、と印象付けておいた。




 家に帰ると、黒狐はまっすぐにソファに向かい、そのまま寝転がる。

 疲れたらしい。


「久々にああいう場に出ると肩こるね。とりあえず、隣の明かりが消えたらジニーを呼び出して話をしておかないとかな」


 子爵夫婦が帰るのを出迎えるためにまだ使用人たちも起きているようだ。

 しばらくのんびりして時間をつぶす。


 明かりが消えたのを見計らって窓を叩いてジニーを起こすと、家に招いて聖女ロロナリエと、王妃と話した化粧について説明した。


「聖女と使用人の一人二役ねぇ」

「まあ、色々あってそういうことになったわけ。わたしは聖女として堅苦しい日常を送るような根性はないからね」


 肩をすくめると、ジニーが身を乗り出してきた。


「そっちはいいんだけど、それより奥様にした化粧がそんな騒ぎになったって本当? 奥様からは、もう遅いからまた明日ってことで詳しく聞いてないんだよね」

「そうなんだよ。ある程度広めておかないと希少価値が高すぎてジニーが変に狙われて危ないかもって王妃様にアドバイスされちゃった。基本的にはわたしがやるけど、ジニーも教えるの手伝ってね」


 自分のした化粧が一台センセーションを巻き起こしたと聞いて両手で拳を握って喜んでいたジニーだが、だんだんと不安そうな顔に変わってきた。


「……教えてもらってまだ半年よ。自分なりに結構練習しているつもりだけどさ……さすがに人に教えるなんて自信ないわよ」

「ジニーはセンスあるから大丈夫、大丈夫。それに最初は教える相手も化粧師ばっかりだからね。基本だけ教えれば、向こうもコツをつかむの早いと思うよ。ジニーには悪いけど、すぐに追い越されてわたしたちより上手になるかもしれないよ」


 ジニーがおばちゃんみたいな仕草でパタパタと手を振る。


「それは私的には歓迎ね。そんなすごい人たちとつながりが作れたらラッキーじゃん。なんなら教えるんじゃなくて私の方が弟子入りしたいくらい」


 ジニーは純粋に化粧自体がおもしろいらしく、わたしの教えたナチュラルメイク――この国で言う新しい化粧ができる人が増えるのは全然嫌じゃないみたいだ。


 化粧に興味を持っているとは思っていたけど、やはり感触的に本気で学びたがっている感じだ。


「使用人やめるの?」

「今のところその気はないけど、もし本当に化粧師で生計たてれるならそれもありかもね」

「ちょくちょくジニーを借りるかもしれないから、希少すぎるのも問題ってところも含めて明日バーレイ子爵夫妻に話しとくよ」

「うん、サンキュ。よろしくね」


 ジニーを帰らせて、ようやくこれでゆっくり眠れる。

 明日はこのまま昼まで寝ちゃおうかな。


「そういえば天狐、今日のあれ何だったの? 笑っとけってやつ」


 父の第一夫人に笑いかけておけというような指示を出していたのを思い出して、半分寝ぼけた頭で天狐に尋ねる。


「今言おうと思ってたところだ。おまえが黒狐とロロナリエ役を代わる前に一人だけ後日会う約束をした相手がいてな。そいつはあの時の女の父親だ。だからそのことを伝えてぜひご一緒にって言っといたのさ」


 父の第一夫人の実家にあいさつを?


「変な約束しないでくださいよ。そんなに相手が強引だったんですか?」


 ソファで伸びていた黒狐が座り直してこちらに視線を向けた。天狐、銀狐も真剣な顔をしている。


「いや、こちらから申し込んだ。このために来たからな」

「あんたは別に来なくともかまわないよ。黒狐が化けて行くからね」

「……理由はなんです?」


 今までとは雰囲気の違う三人にこちらも居住いを正す。


「わかってんだろ。あいつはお前を始末しようとした」

「別にそこまで恨んでもいないんですけど……てか、なんで知っているんですか」


 両親にはごまかして言ってないが、わたしは第一夫人の実家の伯爵家に生まれてすぐ殺されかけている。

 雪の降る森の中に捨てられたのだ。

 理由は第一夫人に子供ができていないのに生まれたからか、獣人であることから第二夫人になるわたしの母が不貞をしていたと判断されてしまう状況で、スキャンダルを完全に消し去っておきたかったからかだろうと思っている。


「黒狐が後先考えずにでかい加護をお前に授けて、パスが太くなったせいでお前の過去を一部見たろ。だから私らも知ってんだよ」

「ロロ、悪いがもうあんた一人の問題じゃないのさ」

「銀狐おばあ様、でも……」


 銀色の狐が黒狐の横で首を振り、目を細めた。


「いいかい、この国の事情を知らずに放置していた私にも責任はあるがね、加護を授かっていたあんたを殺そうとしたんだよ。おまけに加護によって外見が違うというのが原因の一つにある。自覚がなかったとしても、銀狐(わたし)に対して敵対宣言をしたわけさ。捨て置けないのはわかるね?」

「稲荷神に弓を引いた。罰が必要」

「喧嘩を売ってきたからには、ただで済ますわけにはいかねえわな」


 天狐たちの目的ってこれだったのか……。

 まさかそんなことを考えていたとは。


「いや、しかしですね」

「ぜひやりましょう。ストラミネアも呼んできましょうか」

「おりん、ちょっと黙ってて」


 ここでやる気をみせなくていいから。


「悪いが猫娘、今回は私らが仕切るんで遠慮してくれ。それでロロ、お前はどうする?」

「そりゃ行きますよ」


 放っておいたら何をするかわからないし、元々わたしのことだからね。


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