154 化粧とドレス
わたしの歓迎お披露目会は、今のところ田舎貴族の男性たちとの農業トークばかりになっている。
こりゃいけないな、と食事や飲み物を理由に少し距離をおいて一人になった。
すると、遠慮していた女性陣にもようやく話かけられ始めた。
仲良くなっておけば、自領に優先的に肥料を回してもらえるというエサがぶら下がっているせいもあるのかもしれない。
「ロロナリエ様は祈られるだけでなく、実際に土を耕されたりもされるのですね」
「元々、わたしはこちらで言う修道院育ちのような感じですので、わりと何でもやりますよ」
「始める前に少しお話させてもらったのだけど、料理もするし、化粧も上手だし、服も作ったりと、あなた本当に何でもするのよね」
いつの間にか王妃が横にいた。
化粧を披露したことなんてあったっけ。
秋のお祭りの時にドレスのリメイクとセットで騎士団長の奥さんにしたことはあったけど。
その辺から聞いたのかな。
「そういえば、この国ではあまり化粧してる方は見ませんね。この辺りの国では化粧は盛んだとお聞きしていたので驚きました」
わたしの記憶では、この国を含めて帝国から見て西方にあたる地域では全般的にバッチリメイクのイメージだった。
初めて見た時にわりとびっくりしたので記憶にある。
化粧する文化がないわけではないはずだ。
「昔はそうだったのですけど、あまりにも行き過ぎてしまって……。それからは、何もせずに自然にしよう、という意見が主流になって、特別な時以外にはほとんど化粧はしないんですのよ」
「うむ。我々の親の時代など、元の顔がわからんほど塗りたくっていたものでしたからな」
年配の貴族夫婦が教えてくれた。
どうやら加熱しすぎた結果、極端から極端に走ったということのようだ。
「それもなんだかもったいないですね。自然な雰囲気の化粧ならどうなんでしょう」
「自然な……? あまりイメージがわかないのですが、それは意味があるものなのですか?」
年配の男性貴族が首をひねる。
そこに三十半ばくらいの穏やかな雰囲気の女性が割って入ってきた。
きれいなナチュラルメイクをしている。かなりレベルが高い。
「もちろんありますわよ。自然風なだけで、やるとやらないでは全く変わりますわ。実際にやっている私が保証いたします」
なんだ、もうあるんじゃないか。
そう思っていると、その女性がこちらに向きなおった。
「それでいて殿方から揶揄されるような派手なものでもない……。ロロナリエ様の化粧のやり方は今のこの国の世相に合うものですわ。あのような素晴らしい技術をお教え頂いて感謝にたえません」
「え?」
教えた記憶はないんだけど……というか、誰だ、この人。
「おいおい、急に言われて困ってるじゃないか……。ロロナリエ様、失礼いたしました。私は、ロロナリエ様がご滞在されている隣の屋敷に住んでおります、子爵のダイ・バーレイと申します」
バーレイ家……?
ジニーの仕えているご主人夫婦だ!
ジニーにはお祭りのときに化粧をしてあげて、デート相手を驚かす作戦で大成功をおさめた。
それ以来興味を持ったらしく、冬の間にやり方を教えてあげていた。
わたしたちは貴族街に女の子三人暮らしだが、変なうわさがたたないのはジニーのおかげで、ギブアンドテイクである。
「ジニー……さんのご主人夫婦でしたか。うちの子たちと仲良くしていただいているようで」
「こちらこそ、あの子にあんな才能があったなんて驚いておりますわ。ジニーの話ではミソディミア家の化粧師は場面に合わせた化粧のやり方まで完璧に習得しているとか……素晴らしい技術をお持ちですのね」
「いずれ必要と思い、手ほどきしたことがありまして……なので、化粧師というではないんですけれど」
「国王様が言っていた、昔何度かお忍びでこの国に来ていたという時の話ですな」
うん、そういうことになっているのだ。
でないと、使用人を孤児院から雇っていたりするのも不自然になっちゃうからね。
そこからは、わたしではなくジニーに化粧をしてもらっているバーレイ子爵婦人に女性陣が群がっていた。
元の顔がわからないわたしと違って、子爵婦人は顔が知られているのでビフォーアフターがわかりやすいからだろう。
みんながほめたたえ、バーレイ家の化粧師をパーティー前に借りれるかと、ジニーの取り合いまで始まっている。
「すごいわねぇ」
子爵婦人へ集まった女性陣の輪から脱出したわたしに王妃が話しかけてきた。
「王妃様はお化粧にはあまり興味はないんですか?」
「もちろんあるけど、わたしはロロちゃんを借りられるから別にいいわ。……ロロナリエ様、今度うちの子たちに教えるようお願いしといてもらえますわよね」
「ああ、はい」
わたしがやれってことですね。
「女性ならともかく、疎い男性なら気付かないほどじゃないかしら。それでいて若々しく、雰囲気も明るく見える。たいしたものよねぇ……」
王妃が視線を宙に向けた。
何やら考え込んでいる。
「今のお願いは取り消すわ。効率よく化粧師を育てる仕組みを作った方がいいわね。バーレイ子爵はそれほど立場が強いわけじゃないから」
「……どういう意味です?」
突然、何を言い出すんだ。
「ジニーとか言ったかしら。強引な手を使ってくる相手でも、ロロちゃんなら自分で対処できるでしょうけど、その子はどうなの?」
このままだとジニーが狙われると言いたいらしい。
ジニーは何の心得もないただのメイドさんだ。狙われたら本人にはどうしようもできないだろう。
「そこまでのものですか?」
「そこまでのものよ。見てみなさいよ、あれ」
ギラギラした目の女性陣に囲まれているバーレイ子爵夫人を王妃が指す。
すごい熱気だ。
バーレイ子爵夫人もジニーの身の危険までは考えていなさそうだな。
ただ自分がきれいになったことを自慢しているだけだ。
その横では、自分の妻に頼まれて、貫禄のある貴族がバーレイ子爵に何かを頼んでいる。
内容はわからないが、冷や汗をかいているバーレイ子爵を見るにいい話ではなさそうである。
たしかに、思ったより状況はまずそうだ。
わたしとジニー以外に現代風の化粧ができる人間がいないままだと、ジニーを誘拐・監禁して自分のためだけに化粧をさせようなどと考える輩が現れてもおかしくない。美は女性を狂わせるのだ。
見よう見まねで真似をしようにも、ジニーは特別にセンスがいい。あのレベルまでは当分達しないだろう。
おまけに、使っている化粧品もわたしが作ったものなので、入手経路が存在しない。
「ちなみに、今は化粧師のギルドは?」
「互助会程度のものはあるかもしれないけど、正式なギルドはないわね」
「化粧品の供給とかもありますし、あった方がよさそうですかね。材料を考えると錬金術師の協力も欲しいです」
「わかったわ。現役の者と元化粧師を中心に新しく立ち上げさせましょう。確認だけど、あなたとジニーって子以外にあの化粧を教えられる人はいる?」
「今のところいません。明日バーレイ家を訪ねてジニーにも話をしておいた方がよさそうですね」
余計な仕事を増やしてしまったな。
思い切り、自分で自分の首を絞めている。
ジニーが本気で化粧師を目指すなら、材料の調達やトラブル対策を考えるとギルドに所属し、そのバックに王妃がつくのが理想的ではある。
本人の性格を考えると王妃のお抱えは嫌がりそうだしな。
そういう意味では結果オーライかもしれない。
「あ、待ってください。ギルドは急がないので、最初は大貴族のお抱え化粧師辺りを中心に集めてもらっていいですか?」
「もしかして化粧品の値段的な問題かしら?」
さすが王妃、話が早い。
「はい。あれ、めちゃくちゃ高いんですよ」
「希少な材料が多いの?」
「多分……わたしも何でできているのか知らないですけど」
「知らない? どこかの秘伝ってことかしら?」
「こういうのが欲しいってお願いして作ってもらったんで。しかも合作なんで、少量でもコストがものすごくかかるんですよね」
「作ってもらった……というと、日国の化粧師かしら?」
「いえ、大地神アウラと植物神、水の大精霊の合作で、道具は鍛冶神です」
珍しく王妃様がコケそうになった。
「ロロちゃん、化粧品を作るのに神様を喚んだの!?」
「ええ、まあ……」
今までもあっちこっちで喚んでいるので、今更である。
慣れとは怖いのだ。
「大地神教徒には絶対に聞かせられないわね……。まあ、事情はわかったわ」
「じゃあ、よろしくお願いします」
王妃が、ふっと私の顔から視線を下に向けた。
「そういえば、そのドレス新作よね」
「今日のために作ってもらいましたから。日国テイストを入れたドレスですよ」
蜘蛛神に新しく作ってもらった。結構お気に入りだ。
チアとおりんも褒めてくれたし。
「あなたの服飾関係がどういう仕組みになってるのかは、聞いてみてもいいことなのかしら? さっきの化粧品の話から大体想像できちゃうけど」
「別にかまわないですよ」
今は神様になってしまったわけで、ただの獣人の孤児だった時と違って、困る理由もない。
何を出しても許される感じはある。
「今のあなただから言うけど、最初にあった時に空中から糸を出して下着作ってたわよね」
「どうやって見たんですか……?」
「水差しに反射して映っていたのよね。気付いていたのは私とアリアンナだけよ」
「ああ、なるほど……」
それでアリアンナがわたしのことを特別視していたのか。
何かしらの能力者だと判断していたのだろう。
「じゃあもう隠さないですけど、作ってもらってるのは蜘蛛神です。あの時もその場で力を借りて作ったんです」
「蜘蛛、ね。あの不思議な糸や、作品に蜘蛛の印が入れられていたのはそういうこと……」
「納得してもらえました?」
「ええ。教えてもらえたってことは、これからは私も遠慮なくお願いして作ってもらってもいいってことなのかしら」
蜘蛛と聞いて嫌がるかと思ったけど、王妃様はまったく気にしていない。
新作ドレスのためなら、王妃様にはその程度些事なのだろう。
「いいですよ。素材と、ドレス一着につきこれくらいのサイズの魔石、あとはある程度の希望を教えてもらえれば、お茶を一杯飲み終わるまでには作れます」
魔石の大きさを指で示す。
王妃様があきれたようにため息をついた。
「その十倍は請求して、製作期間も常識的なものになさい。でないとこの国の服飾師が全員失職しちゃうわ。私が作ってもらったら、話が広がってお願いしてくる者が出てくるかもしれないけど……まあ、今の話なら平気そうね」
下着程度ならともかく、王妃のドレスとなるとどこの誰が作っただの、どこから手に入れただのは注目の的だろうからね。
隠しておくとなると難しいだろう。
「わたしにとってはたいした手間でもないので、いくら依頼されても大丈夫です」
「むしろ、あなたに依頼が集まりすぎないように釘を刺しておかないといけないかしらね。表向きはあなただけが仲介できるお抱えの職人集団がいるってところでいいのかしら……。さてと、そろそろ聖女様を独り占めしていると文句を言われそうだから少し離れておくわ」
まだあいさつをしていない貴族たちが声をかけるチャンスをうかがっている。
その中には父の姿も見えた。