153 錬金肥料
「大司教様、他にもあいさつしたいものがおりますので、その辺にしておかれては」
「ふむ、そうだな」
トニオ司祭が大司教に声をかける。
それから何人かの貴族とあいさつを受けたあと、魔術師長が白々しくあいさつに来た。
型通りのあいさつをしていると、さっきの大司教のおじいさんが横から口を出してきた。
「こちらの方はアウラ様の力を魔法で引き出そうとしておるそうですよ。研究熱心なのもよろしいですが、成果は出ていないようですし、老婆心ながら魔物を殺す術の探求が本業だと思いますがね」
いつか仕事が取られてしまうかもしれませんな、と冗談じみた口調で話す大司教の目は笑っていない。
自分たちが祈り崇める対象の力を魔法で喚び出し、操る魔法使いは、彼らには不敬で礼儀知らずな存在に映る。
魔法使いは魔法使いで、神という存在を紐解こうとせずただ祈るばかりの彼らを愚かだと馬鹿にする。
両者の深い溝は、大昔から変わっていないようだ。
「それは素晴らしい研究ですね」
大司教の皮肉には、あえて気付かない振りをする。
天狐たちへ借りを返すためにも魔術師には色々働いてもらいたいので、ここは分け隔てないアピールをしておこう。
「魔術や魔法には明るくないのですが、それでもよろしければ協力させてくださいね」
魔術師長が思い切り咳き込んだ。
「大丈夫ですか?」
「君はまたしゃあしゃあと……精霊仕込みの魔法使いがよく言う」
魔術師長が周りに聞こえないよう小声で言った。
「いや、失礼。そうですね。新しい視点で見ていただくのも何か発見があるかもしれません」
「魔術師の方々には多くの貢献を期待しておりますので、またよろしくお願いします」
「貢献……それはどのような?」
尿素の白い結晶をストレージから取り出した。
「大気……風の中から、祈りによって作ったものです。まだ明確な作り方は完成していませんが、最終的には同じものを錬金魔術で量産していただければと思っています。日国には魔術師がいませんから」
窒素だけでなく、可能ならリン酸やカリウムまでの三要素……さらに理想を言えば、人間で言うビタミンやミネラル的な微量元素もある程度カバーしたい。
「これは……何に使うものなのですか?」
「肥料です。窒素系の化学……いえ、錬金肥料とでもいいましょうか。効果は保証しますよ」
地球では百年、二百年と使われているものだからね。
「肥料……」
「今も神官様方が回れない地では、それぞれ工夫をしていらっしゃるかと思うのですけれど……」
見回すと、幾人かが反応する。
一人が期待顔で尋ねてきた。
「これがあれば土地を休ませたり、家畜の下のものを使ったりしないでいいということですか?」
「収穫量は間違いなく増やせるでしょうが、土地の状態を改善するものではありませんからそこまでは難しいと思います」
今使っている肥料についていろいろと聞き出す。
有機肥料について聞き取りをしていたはずが、質問に答えているうちにだんだんと講義になってしまっていた。
領地を持っていてある程度熱心な貴族はわりと興味深そうに聞いている。
現在は休耕地は家畜の放牧をしているところが多く、排泄物がそのまま肥料になり、地力の回復をうながすシステムのようだ。
「耕すのも魔術師をうまく動かせればもっと効率よくいくのでは……? 一人いれば牛馬よりもよほど役に立ちませんか?」
「村の者たちだけではそこまで手が回らないですが、しかし雇う手間賃を考えると……」
「丁寧にすきこめば雑草は減るし収穫量は増えますが、元が取れるかと言えば……」
聖女の歓迎を兼ねた夜会のはずが、現場の田舎領主たちとの情報交換会みたいになってきたな。
天狐も横でふーん、なるほどなぁなどと言いながら聞いている。
近寄ってきた大司教がわざとらしく咳払いをした。
「どうやら、魔術師の方々にずいぶんとご期待されていらっしゃるようですな。魔術師と言えば戦うことしか頭にないか、冷蔵庫作りに精を出している者ばかりかと思いますから、どれだけご期待にそうやらと心配するばかりですな」
どうも聖女とか御使いとかという扱いのせいで、宗教関係者サイドの人間だと認識されているようだ。
あと、魔術師が基本的に嫌いなんだろう。さっきから話題にあがると毎回嫌そうな顔をしている。
大地神教のお偉いさんだし、機嫌を損ねてもあとあと面倒かな?
春と秋に大地神アウラに祈って回るのは続けてもらわないと困るし、他にも神官たちの手を借りたい場面も出てくるかもしれない。
大地神への祈りで休耕が不要になり、春の収穫から秋の種まきの間で夏野菜まで育てていることを考えると、土壌微生物の活性化が主で、更に植えられたもの自体にもある程度の直接的な作用もあるんじゃないかとわたしは当たりをつけている。
有機肥料も十分浸透していないことを考えると地力を上げる非常に貴重な手段なのだ。
「神官の方々に大切な役割を果たしていただいているというのにただ感謝することしかできないと、王都に住む方々も嘆いていらっしゃるようでしたので、できることを見つけてあげませんとと思いまして」
「ほう、ほう。たしかに。私どもばかり果たす役割が大きすぎては、他の者たちに気を使わせてしまいますからな」
心の中で舌を出す。
なんか、結構ちょろいなこのおじいさん。
「そうですなあ。我々も微力ながら国を支えるために協力しなくては」
神妙な顔をした一人の貴族が棒読み口調で同意してきた。よく見ると目が笑っている。
目が合うとわかっていますよとばかりに片眉をあげてみせてきた。
「そういうわけなので、先ほどの肥料の生産が始まりましたらぜひとも聖女様には我が領内にてお試しくださいますよう」
「ありがとうございます。それでは、国中の者にもう食べきれないと言わせるまで手伝っていただきましょうか」
肥料目当てに一番に手を挙げてきた貴族とにやりと笑いあう。
「笑い方に聖女らしさが足りねーぞ」
横にいる天狐から演技指導が入った。
聖女のつもりはないからね。