152 尻尾付きの聖女
馬車で揺られて一度王城に向かう。
わたしたち使用人組は入ってすぐの部屋に押し込まれ、黒狐の化けたロロナリエだけが国王と面会する予定になっている。
馬車内で入れ替わろうかと言ってみたが、銀狐たちに止められてしまった。
「心配性だね、大丈夫だよ」
「私らがいるんだ。任せとけ」
「私は代わって欲しい……」
黒狐本人は困っている感じでしょんぼり顔だ。
見た目はロロナリエなので、実質自分のしょんぼり顔を見せられている。
まあ黒狐の方は王城を訪ねて国王に会ってきたという事実を作っておくためのもので、顔を合わせるのも事情を知っている人だけだ。
特に心配する必要はない。
そして、今回はそれで正解だった。
「あそぼー」
「エル様」
「エライア様」
目ざとくわたしたちが来ているのを見つけたちび姫が遊びにやってきたのだ。
お世話係のメイドさんを連れて現れたエライア姫は、おりんの髪が赤くなっているのを見て不思議そうな顔をした。
「おりん、あかいねぇ。あったかいから?」
「うーん、ちょっとちがいますかね」
お花かなにかかな。
結局、エライア姫は黒狐が戻ってくるまでずっと遊んでいた。
中庭に移動して、おままごとにだるまさんがころんだ。
それから、子供向けということで、すべり台を中庭に作る。
結局、屋根付きの複合遊具的なすべり台を中庭に作ってしまったが、まあ広さは余っているからいいだろう。
最初はすべり台を怖がっておりんに抱っこしてもらってすべっていたエライア姫だけど、すぐに慣れて無限ループしていた。
住んでいる屋敷へは黒狐と合流した後、王家の馬車と騎士団の護衛付きで仰々しく戻る。
歩いた方が早いな、とみんなで思いながらおとなしく馬車に揺られて帰った。
屋敷に入るために馬車から出るところで、興味津々な様子の隣家の使用人ジニーが目に入った。
わたしたち三人に加えて黒狐の化けたロロナリエが王家の馬車から現れたのを見て、なにか面白いことが起きていると好奇心に満ちた顔でこちらを見ている。
これはあとでまた説明がいるな。
家で、ちょっと疲れてる様子の黒狐にお茶を淹れる。
「黒狐姉さま、国王との面会、結構長かったですね」
「うん。ロロナや私たち稲荷神について聞かれてた」
「そうでしたか」
「ロロナが寄生する魔物を退治した話や、大蛇を酔い潰して酒で焼き殺した話もした。国王は面白がっていた」
「あの人はそういう冒険譚とかが好きですからね」
「サイショウという人は頭を抱えてた」
「なんででしょう。不思議ですねえ」
「他国まで行って暴れてる知り合いがいるからじゃないですかにゃ」
明日はまたお披露目を兼ねた歓迎のパーティーが開かれる予定になっている。
「そうだ。明日のことなんですけど、ちょっと困ったことになって」
「なに?」
「明日もお城に行くことをチアがしゃべっちゃって、姫様と遊ぶことになっちゃったんですよね。ある程度のところで入れ替われるとは思うんですけど……最初の辺りは黒狐姉様にお願いしないといけないんです」
「黒狐には明日も御使い役をやらせないといけなくなったわけだね。なに、私たちがいるんだ。うまくやらせとくよ」
銀狐が少し困った顔をしている黒狐の頭を叩いた。
天狐も余裕の笑みを浮かべている。
「おう、任せな。もしもの時は全員の記憶を消しちまえばいいだろ」
「天狐様、乱暴……」
黒狐が呆れ気味に宙に浮かぶ天狐を見上げた。
翌日、再び王家の馬車がやってきて、昨日と同じ隊長が迎えに来た。
わたしたちはそのまま王城の端の部屋で待機………が本来の予定なのだが、今日もエライア姫の遊び相手である。
昨日もあれだけすべったのによく飽きないな。さすが四才児。
この二日だけで数十回同じすべり台をすべっている。
そろそろ、ご飯ですよとエライア姫が回収されたところで会場に向かった。
魔法で黒狐にだけ聞こえるように声を飛ばすと、話を切り上げた黒狐が一度会場から逃げてきた。
「どうですか?」
「疲れた……」
目立つのは得意じゃないらしい黒狐がホッとした顔になった。
物陰で入れ替わり、わたしはロロナリエに姿を変えた。
銀狐は黒狐の頭の上に乗って頭を肉球でぺしぺししている。
「情けないねぇ、あんたは」
「銀狐ちゃん、優しくない」
疲れている黒狐の代わりに天狐が説明してくれた。
「始まってまだそんなに経ってないぜ。お前が南の湿地を切り開いているって話をして、それから何人かこの国の大物とあいさつしたって程度だ」
「そうなんですね」
進行はわりとゆっくりだったようだ。
「王妃ってのも事情を知ってんだろ? あいつにしばらく捕まってたからな」
「……王妃様に?」
「ああ、今日来ているドレスの話やら、日国の服装やら聞かれまくったからな」
ああ、そういえばあの人服飾マニアだったな……。
今日のロロナリエは少し和服的なデザインの入っているドレススタイルだ。
「ドレスはお前が作ったって言ったから、またなんか聞かれるかもな」
「えっ!? 言っちゃったんですか」
「っても、知ってたみたいだったぞ」
やはり疑われてはいたようだ。
製作もデザインも蜘蛛神なんだけどな。
作業的にはわたしだけど。
「じゃあ会場に戻りますね。今まであいさつした人がわからないので、どちらか来てもらえますか」
「おう、銀狐は黒狐を頼む。わたしはロロナに付いとくぜ。こっちの方がおもしろそうだからな」
「天狐様……?」
おもしろいかなあ……。
会場の黒狐がいた辺りに戻ると、黒狐と話している途中だった人がすぐに声をかけてきた。
服装的に大地神教のお偉いさんかな。
「大丈夫ですかな?」
「すみません。こういった場はあまり慣れていないもので。もう大丈夫です」
「こいつはラトリックっつったかな。アウラ様を祀ってる宗教の代表だとよ。大司教とか言ったか」
横から天狐が説明してくれる。
やはり大地神教徒のトップか。
「でも、こいつが一番加護を受けてるってわけでもないんだよな。あいつの方が余程アウラ様との道が強い。なかなかいないぜ、あそこまでのやつは」
天狐の指す方を見るとトニオ司祭がいた。
なるほどね。
「まあ、コネとか生まれとか政治力とか色々あるんでしょうね」
それから、大司教が自分たちがこの国をどれだけ支えているかや、春と秋の祈りがどれだけこの国に実りをもたらしているかここぞとばかりにしゃべり始める。
否定するわけにもいかず、すごいですねーを連発しておく。
「ずいぶんと自負の強いことで」
「聖女をよほど取り込みたいのでしょうな。大地神教の連中は勢力の拡大に熱心なことだ」
「尻尾付きに自分が尻尾を振っておるわ」
おーい、そこらの連中、聞こえてるぞ。
わたしの耳のよさを甘く見るなよ。
それともわざと聞こえるように言ってるのか?
「最近尻尾付きが城をうろついているといううわさも聞いたが……本当かもしれんな。嘆かわしいことだ」
「うむ。わしも一度見かけましたな」
「どおりで。まったく城が畜生臭くてかないませんな」
この大司教のじいちゃんは別に好きではないけど、それはそれとしてわたしはケンカは買う主義だ。
転生してからこの辺を飲み込むのは苦手になった気がする。
転生前の頃だと、いちいち気に止めなかった気がするんだけどな。
「そうなのですね。わたしなどですと、もう少しできるんですよ」
手のひらに麦を握りこむ。
芽吹いて一気に成長しきって穂が実った。
床に落ちた実からそのままもう一度更に芽吹かせて実らせ、それが落ちて散らばった。
「ほう……さすがは聖女殿」
「おっと、散らかしてしまいましたね」
視線の集まる中で、にこりと笑う。
「他にも心悪しき者たちの土地を、神罰として枯らし尽くすことなんかもできるんですけどね」
豊穣神の御使いにはあるまじき発言な気もするが、わたしは元々聖女らしい振る舞いをする気なんてない。
ボソボソ言っていた連中の方にちらりと視線を送ってやると、あわてて人ごみに隠れていった。