151 聖女、王都に到着する
このまま王都に滞在してもいいけど、マナを手に入れてできることが増えたので、思いつきもあり一度日国に行くことを決めた。
無事に日国の旅が終わったことを伝えるだけなので手紙なんかでもよかったんだけど、チアにゴネられたというのもあり、その前に夜中に母を訪ねることになった。
「セレナママー」
「お母さん」
「おかえり、チアちゃん。クレアも」
チアと一緒にまとめて抱きしめられる。
そのまま母にくっついてチアが日国のことを話し始めた。
あちこちに飛ぶチアの話を、母が頭を撫でながら聞いている。
お茶を用意してくれた使用人のマリッサが、話が途切れたタイミングで母に横から声をかけた。
「セレナ様」
「そうね。クレアがよければ私の両親……クレアのおじい様とおばあ様もクレアと会わせてあげたいんだけど」
「もちろんいいよ。こっそりとになるけど」
「ええ、わかっているわ」
母がうなずく。
控えていたマリッサが言い聞かせるようにゆっくりとわたしに話かけた。
「クレア様、セレナ様のご実家で養子に入るということも可能かと思います。もし考えが変わられたときのために、一応心にお留めになられておいてください」
「ありがと。でも、それはないかな。私の立場ももうすぐわかることになると思うから、理由もわかると思うよ」
御使いのロロナリエがこの国に現れる日はもう遠くない。
「……そうですか。それと、もう一つお願いがございます。私の甥になるパントスという者が、セレナ様の生家で働いております」
「うん」
「私たちは代々セレナ様の生家にお仕えしております。もしクレア様がその……このようなことにならなければ、クレア様にお仕えすることになるはずだった者です。もしクレア様がご健勝であることを知れば、側でお支えしたいと言うと思うのですが、いかがでしょうか」
「それは……」
「給金のことなら気にしなくていいわよ。お父様が出してくださると思うわ」
母が気を回してくれたが、お金にはまったく困っていない。
湿地を開拓して国王に売りつける算段になっているし、日国でも大蛇退治でお金を受け取ることになる。
そもそも転生前の財産もかなりの量があるのだ。
「ロロ様、いずれ本屋敷を使うにあたり管理できる者がいるのは助かるとは思いますが……」
御使いとして住むことになるのだから宰相にも屋敷をどうにかしろと言われたばかりだ。
派遣してもらうよりは、御使いとの同一人物バレや、両親との関係バレを考えると安全な気はする。
「ううん、お金は問題ないよ。こっちで出せる。それより、お母さんの実家に仕える延長のつもりで来られると困るかな」
「クレア様……?」
「また今度説明するよ。まだ話せないから」
父に色々驚くことがあると思うけど、よろしくと最後に伝言を頼んでおいた。
◇ ◇ ◇
次の日、日国へ転移して黒狐を訪ねる。
「頼み? いいよ」
「黒狐姉様……まだ内容言ってません」
暇なんだろうけど、それでいいのか……。
王国でのお披露目があることと、姿を変えて御使いをやることなどを説明する。
「それで、別人だってわかりやすく示すのに、念のために黒狐姉様に替え玉をお願いできませんか?」
今のわたしと御使いのわたし、ロロとロロナリエが二人とも同じ場にいれば、同一人物疑惑も出にくいだろう。
耳の目立つ獣人なので、替え玉は普通なら難しいからね。
これについては実体のある黒狐か金狐じゃないと頼めない。暇そうなのは黒狐の方だ。
あと子供っぽい金狐は、見たことのない町に行くとになると、はしゃいでしまわないか心配という面もある。
「いろんな人に囲まれそう。私、話すの苦手だから御使い役とかは……」
「そちらはわたしがやりますから、今のわたしの役です。基本的には黙ってそばにいるだけですから」
「うん、それなら……。ただ、ここを離れるし、大陸に行くのに一応天狐様に報告しておきたい」
「そうですね。でも、つかまるかな……」
田植えの時期で天狐はまだ走り回ってるはずだ。
「ロロにマナをとられたから、そんなに使えるマナは残ってない。もう終わってるかも。もし天狐様がいなければ、空狐ちゃんに伝言を頼んで」
「わかりました。じゃあ行ってきますね」
天柱稲荷神社まで行くと、天狐、空狐とともに、なぜか銀狐もいた。
「よう。思ったより早かったな」
「あ、はい。またすぐ戻るつもりですけど……。なんで銀狐おばあ様までここに?」
「春のお役目はもう終わったんでね」
そう言いながら、わたしがここを発つときに置いていったお酒を飲んでいる。お酒目当てかな。
もう終わっているのはわたしが大半マナを奪ったせいだろうけど、それについては触れてこなかった。
こちらに来ていた理由を説明すると、銀狐が興味を示した。根掘り葉掘り、段取りや内容などを尋ねてきた。
「それだと、もし事情を知らない者が黒狐の化けたあんたに話しかけられるとボロが出るだろ。御使い役を黒狐にしたり、場面で使い分けた方がいいんじゃないかね」
「でも黒狐姉様、そういうの苦手そうなので」
「……そうだね、そういうことなら私が付いていってあげようかね。私が黒狐のフォローをしよう。どうせしばらくは暇だからね」
「へえ、おもしろそうじゃねーか。私も付いてってやるぞ」
「天狐様はまだ仕事がおありでしょう」
「別にいいじゃねーか。最低限はやってるぞ」
最低限以上にやってください。
天狐は明らかに物見遊山だ。
どうせ普通の者たちには見えないので特に問題はないけど。
そんなわけで、再び王都に戻ったわたしの横にはロロナリエに化けた黒狐に、天狐と銀狐がいた。
御使いのロロナリエの姿はまだ人に見せられない。
元々のヒト姿の黒狐と二人で城に向かった。
王城の通された部屋で、国王たちが来るまでの間に黒狐にはロロナリエに姿を変えてもらっておく。
しばらくすると面白そうな顔をした国王、赤い顔をした宰相、それから頭を抱えているギルマスが現れた。
「おう、そちらから来たのか」
「お前は湿原で何をしたんだ!? 何かをしたなら、したと言わんか!」
「空まで火柱が上がったとか、湿原の魔力樹が消えたとか、ギルドへも報告や不安がる者からの問い合わせがきている。巨大な魔獣が出たという話もあって現場は混乱気味だ。多分お前らだろうと抑えてはいるが、そろそろ限界だぞ」
国王が話してるのをさえぎって、宰相がロロナリエに化けた黒狐に指を突きつけ、ギルマスが情けない顔で詰め寄る。
「二人とも、わたしはこっち」
「うん? 今度はなんだ!? 分裂でもしたのか!?」
やけくそ気味な声で宰相が答える。
スライムかな。
できたら便利そうではある。
「そっちはわたしの姉弟子で、日国の山を治めている神様の黒狐……黒稲荷様」
困った顔をしていた黒狐がうんうん、とうなずく。
「くろいなり……? 神!? こやつ……この方がか?」
「そう。わたしと一緒にいたら、ロロとロロナリエが別人だってわかりやすいかなって」
「そんな理由で神を呼んだのか!? その、黒いなり……様はそれでよいのですか?」
「ロロナは私の妹分だから。それに、私たちにもこの国で目的がある」
「そうだったの?」
「そうだったの」
黒狐言い方だと、黒狐だけでなく天狐と銀狐も含めての言い方だった。
豊穣神として遠くの国々の視察をとかだろうか。
「あ、それで山と湿原の方なんだけどね……」
ケリュネイアやベヒモス、地脈の管理を引き継いだこと、それから湿原でやったことなんかを伝える。
「……大体わかった。やれやれ……ギルドに行ってくる」
「前に来たときに言わんかっ!!」
話を聞いたギルマスがしかめっ面で出ていった。
宰相のどなり声も慣れたもので、耳をぺたんと閉じてやり過ごす。
「へぇ……お前、早々と大陸に帰っていったと思ったら地脈を押さえてたのか。やるじゃねえか」
天狐が感心したような顔をしているが、偶然だ。
ちなみに、当然ながら天狐の姿も声もは国王たちには認識できていない。
「そのうち出会うだろうとは思っていたが、お前もケリュネイアと会ったか」
「うん。ギルマスはともかく、国王たちも知ってたんだね」
「あそこの立ち入りを禁じたのはわしじゃぞ。昔、盆地の奥まで入り込んで調べてみたり、まあ色々ちょっかいもだしてみたんじゃよ。……もう少しで死ぬとこじゃったわ」
「なにやってんの……」
「若かったからのう」
国王もあそこに行ったのか。
国王は笑ってるけど、宰相は渋い顔をしている。
あの魔物だらけの中で何をやったんだか。
黒狐の紹介を終えたわたしは、細かいすり合わせをしてから城を出た。
その次の日、王都から海へと続く方角、西にある町へ行く。
乗合馬車でもいいけど、黒狐に最後交代するので、一緒に乗っている人に入れ替わるって怪しまれないように歩きだ。
アリバイ作りという意味では、本当はそれこそ船からスタートがいいんだろうけど、そこまでやってると時間がかかりすぎるので隣町からだ。
ローブを羽織ったあまり印象に残らないようなかっこうで、のんびりと歩いていく。
ここまで目撃されなかったのが不審に思われないようにしていないとね。
うん、いい天気だ。
乗合馬車の御者に、乗っていかないかとたまに声をかけられたりしながら黙々と歩く。
夜は宿泊場所になっている広場で他の大勢の人たちと眠り、また歩き続けた。
二日目の夜、闇に紛れて一度王都まで戻り、家でチアとおりんと一緒にいる黒狐を連れて宿泊場所に戻って交代する。
朝ごはんを済ませて、今日は冒険者用ではない、袴エプロン姿で家を出た。
おりんとチアを連れて西門の外で待機する。
少しして、華美な鎧をまとった一団が国王家の豪華な馬車を引き連れて現れた。
貴族とその子弟で構成されている第一騎士団だ。
王都の守護者であり、貴族ばかりとあって若い女性が熱い視線を送っていたりもする。
国王家の馬車もあって、予定通り人目を引いてくれているね。
隊を率いる者が、黙ってわたしの横に並び、整列して待機する。
エリート意識の高い集団なので獣人であるわたしの横に並ぶのも嫌だろうけど、率いている者はあまりそういうことで不服を唱えないようなものを選ばせたと宰相が言っていた。
「よう、ロロちゃんたちじゃねえか。最近見なかったけど、かわいい服着てどうした?」
「お、戻ってたんだな」
「やっほー」
王都からでかけていく見知った冒険者たちに声をかけられた。
適当に手を振って返す。
「……なんで横に騎士団がいるんだ。何かあったのか?」
冒険者の一人が声を潜めて、横に視線を走らせる。
「大丈夫、大丈夫。普通に仕事だよ。うちのご主人のお迎え」
「どこかの家で働いてたのか?」
「そういや、そんなうわさ聞いたことあったな」
兼業の冒険者は自体は別に珍しくない。
わざわざ冒険者を副業に選ぶ女性は珍しいだろうけど。
うわさに関しては隣に住んでいる使用人のジニーが流してくれたやつだな。
愛人疑惑を打ち消すために流してもらった、精霊使いの日国かぶれの女主人に雇われてるというやつだ。
精霊使いでなくて御使いだし、少し違うけど、ある意味似たような感じにはなってしまった。
「ロロちゃん、来たよ」
「あ、ホントだ。じゃあまたね」
チアの言葉を聞いて、待ちくたびれていたのか騎士たちの何人かが身じろぎした。
「ロロナリエ様っ!」
自分で自分を様付けで呼ぶのはなかなか変な感じだな。
乗合馬車や人が行き交う中、黒狐の化けたロロナリエのそばにいく。
見えないけど、銀狐と天狐もいるのですぐにわかった。
「お待ちしていました」
後ろには騎士団が続き、たくさんの人たちが何事かと足を止めている。
フードを取ってキツネ耳を出した黒狐が、順にわたしとおりんとチア、三人の頭を撫でた。
「あなたたちね。ご苦労さま」
演技は苦手だと言っていた黒狐が、柔らかく、あたたかな日だまりのような笑顔を浮かべる。
銀狐たちの演技指導のおかげというより、わたしたちに会えてホッとしているせいだろう。
でも結果的に聖女とか御使いとか、それっぽさがでている。
黒狐の横にいる天狐がにやりと笑って目配せした。
同時に暖かな風が吹いて、そこらに生えている草花がいっせいに花を咲かせた。
……天狐の演出かな。
周りにいた人たちがざわめく中、騎士団を率いていた隊長が、黒狐の前で敬礼した。
「豊穣神の御使い、聖女ロロナリエ・ミソディミア様! 国王の命により、お迎えにあがりました!」
は?
聖女はやめろって言ったのにいいい!
宰相……ケリュネイアやベヒモスの報告をしてなかったことを根に持っていたな。
意趣返しのつもりだろう。
宰相の意地の悪い笑顔が見えた気がした。