15 ロロナと竜王の杖
「ストラミネア、追いかけてこないよう、わたしは魔物避けの結界のチェックをストラミネアに頼まれてやってるってことにしといて。バレたら、バレたでいいから」
伝え忘れていたことを最後に言って、階段を上がって外に出た。
村長の姿は見えない。
今のうちに出発だ。
魔道具の靴の効果で、空中をすべるように疾走する。
獣人たちに見つかると困るので、木より上には出れないけれど、それでも足場などを気にしなくて良いので格段に速い。
いやあ、気持ちいいねえ。
とか言ってる場合じゃないんだけど。
不思議なことに、ダンジョンから這い出た魔物たちは、ダンジョン周りをうろうろしているだけて、どこにも行こうとはしない。
そこに並ぶ名前は、それぞれが単独で村や町、国さえも壊滅させうる桁外れの力を持つ、歩く災害たちだ。
洞窟から少しずつ離れてはいるが、中にはまた洞窟まで戻ってきたりする魔物もいる。
おかげで間に合いそうなんだけど、どういうことだろう。
ダンジョンからは、本来、炭焼小屋の洞窟にいる魔物と思われるゴブリン系などが、時折現れたり消えたりを繰り返している。
なんか、魔物同士で戦ってる? それとも罠でも仕掛けていたのかな。
そして、ついに恐れていた事態が起きた。
ワイバーン二匹が群れの中から飛び出したのだ。
ワイバーン二体だけならジェノベゼの町まで大きな被害が出るということは無さそうだけど、初心者向けのダンジョンだったはずなので、避難してる人たちが危険だ。
あとはゴブリンライダーも、三体ほど避難する人たちに向かっているようだ。
遅れてジェノベゼへと向かっている最後尾の三人に、ついにゴブリンライダーとワイバーンが追いついた。
ところが、そこで予想外の動きを見せた。
ゴブリンライダーの反応が消えて、ワイバーンは一つの動きが止まり、もう一つの反応が消えた。
三人の反応はそのままだ。
つまり、三人でゴブリンライダー三体とワイバーン二体を倒したことになる。
かなり腕のたつ者がいるようだ。
これならもうしばらくは大丈夫かもしれない。
安心材料にほっとしながら、森を抜けて平地に出る。障害物が無いから、更に速度を上げた。
ほとんど魔道具の力で移動しているとはいえ、さすがに疲れてきた。
地図上では、もうかなり近くなっているんだけど。
そこで、また地図に動きがあった。
動き出したのは、ツーヘッドグリフォン。町を容易く瓦礫の山に変える天災級の魔物だ。
間に合うか。
地図ではもう近くだ。しかし、まだ見えない。
突然、丘の向こうに竜巻が現れた。
間違いなくツーヘッドグリフォンの仕業だ。
急がなければ。
術式を描く時間が惜しい。
走りながら、慌ててストレージの中にある武器を探した。
取り出したのは黒鉄の魔剣と雷竜の杖。
手持ちの中でも、魔石で運用可能な数少ない武器たちだ。
丘を越えて、開けた視界に入ってきたのは、ツーヘッドグリフォンと馬車に隠れるようにして戦う人の姿だった。
魔剣を振るうと、地面を影が走っていく。
ツーヘッドグリフォンは、冒険者たちを追い詰めて油断している。
魔力で硬化された岩石の黒い刃が、その足元から生えて突き刺さった。
竜巻が消えた。
叫ぶツーヘッドグリフォンの眼前に飛び込んで杖の力を解き放った。
雷撃が暴れ狂い、視界を白く染めあげる。
後に残されたのは、黒焦げになった魔獣だったもの。
ツーヘッドグリフォンの起こしていた風に乗って、鼻につく焼け焦げた臭いが辺りに広がった。
二つの魔道具は、どちらも全開で放ったので魔石が砕け散ってしまった。
とりあえず、黒焦げになったツーヘッドグリフォンをマジックバッグで収納しながら、三人に声をかけた。
「けが人はいない?」
「あ……ああ、おかげさまでね」
見ると、三人とも六十前後くらいの年齢だった。
この三人でワイバーンを倒したらしい。
三百年生きていた元・爺が言うのもなんだけど、この年齢でたいした人たちだ。
「それで、あんたは誰だい。嬢ちゃん?」
「ロロナ……ロロでいいよ。魔物の群れが見えて、倒しに来たの」
「……そ、そうかい。私はヴィヴィパラ……私もヴィヴィでいい。こっちの二人はキセロとタイラーだ」
ヴィヴィと名乗った魔術師が、ドワーフの血でも入っていそうな風貌の斧使いと、ちょい悪オヤジみたいな渋めの剣士を紹介してくれた。
「なんともすごい武器を持っとるのう、嬢ちゃん」
「まあ、古代の遺産とか、そういう感じのものだから……」
作ったのは二、三百年前とかだから、古代遺産扱いでもいいだろう。
話し掛けてくるタイラーの後ろで、キセロと呼ばれた剣士がヴィヴィに肩をすくめた。
わけがわからん、と言いたいらしい。だろうね。
「それで、ロロ。あんたは、私らと一緒にジェノベゼまで行くってことでいいのかい?」
「その前に何があったのか教えて欲しいんだけど」
「ああ、それもそうだね」
「それならわしが説明するとしよう。馬車で移動しながらでもええかのう」
ダンジョンからは離れてしまうけど、風精霊の靴の移動能力を考えれば、あとでダンジョンに向かうことになっても問題になるほどの距離ではない。
了承して、馬車の荷台に乗り込んだ。
「他のダンジョンとつながった……」
「まぁ、おそらくはダンジョンじゃろう。証拠はないんじゃがな」
「それで、炭焼小屋の洞窟から魔物が離れない理由は分かる?」
炭焼き小屋の洞窟の上空では、相変わらずワイバーンが飛びまわっている。
「いや、それがさっぱりじゃ。こちらに向かって来たワイバーンもツーヘッドグリフォンも、洞窟の方を気にしている風でな。嬢ちゃんは、心当たりはあるか?」
「ううん。でも、少しずつ洞窟から離れ始めてるね」
一番知りたい部分の情報は無かったようだ。
「そうなのかい!?」
こちらに向かってきたら一大事だと、ヴィヴィが慌てる。
「うん、まあ……」
「それで、どんなモンスターがいるんじゃ」
「とにかくすごいのがいっぱい」
「具体的にどんなモンスターがいるのか、対策のためにもジェノベゼのギルドに報告がしたいんだが分かるか?」
ああ、そういう意味か。
「討伐ランクで言えば……」
と、そこにストラミネアの声が聞こえた。
『ダンジョン内の調査に成功しました。地図を表示します。ダンジョン内には入り口付近に魔物が集まっています。最奥では、二体の魔物と思われるものが戦闘中です。一体はレッドドラゴン、もう一体は呪われているせいで正体不明です』
レッドドラゴン。
竜種の中でも、好戦的な暴れん坊だ。火炎系のブレスを吐く。ダンジョンのボスモンスターだろう。
転生前のわたしでも、それなりに準備をして行きたい相手だ。
今のわたしがのこのこ行ったら、焼き肉にされてしまう。
しかし、呪われてるってなんだ。状況がさっぱり分からない。
最奥付近にいた巨人の魔物、ブロンズジャイアントがそこに乱入していく。
少したつと、ブロンズジャイアントの反応が消えた。
強いな、正体不明。
ふとそこで思いつく。
魔物暴走。それが起こるのは魔物の大量発生か、魔物がいっせいに何かから逃げ出す時が多い。
もしかして、逃げてる?
ダンジョン内のモンスターでも、形勢不利で退却を試みることはある。逃げ出してもおかしくはない……のか?
もし、逃げ出そうとするのをダンジョンコアが止めようとしているとしたら、入り口付近でとどまっている説明もつく。
でも、あれだけの魔物たちが逃げ出す呪われた魔物って、どんなバケモノだ?
それとも、呪いのせい……?
エンガチョとか、そんな感じ?
「…………?」
キセロの言葉に返事をしないままのわたしを、訝しげに三人が見ている。
これ以上はもう情報は無さそうだ。
方針を決めよう。
どうも雰囲気的には、ダンジョン内に押しとどめようとする力より、モンスターが逃げ出そうとする力の方が強そうだ。
ダンジョン周りに集まっている今なら、できるだけモンスターが出てくるまで待って、まとめて吹き飛ばせるかもしれない。
切り札中の切り札である、奥の手を切る。
魔法使いだった転生前の自分でさえ、それはできなかったことだ。
転生した今だからこそ打てるであろう一手。
ただ、レッドドラゴンと呪われた魔物の決着次第では、魔物の動きに変化があるかもしれない。
どっちが勝つとどうなるのかは予測ができない。
ダンジョンに戻る方ならいいけれど、じわじわダンジョンから離れているところをみると、モンスターが一気に暴走を始める可能性のが高そうだ。
決着まで時間がどれほどあるか分からない。
次の瞬間に、絶望的な魔物の群れがこちらに走り出しても、おかしくはない。
「よし、これからまとめて全部倒しちゃうから、モンスターの名前は省略するね」
「え?」「は?」「どうしてそうなった?」
「急いで準備するから、邪魔しないでね」
言い切って、マジックバッグからそれを取り出した。
三人が息を呑むのが、分かった。
しかし、手に入れた瞬間に使う羽目になるとはなあ……
取り出したのは、ドラゴンの魔石を十二個使って作られている、竜王のドラゴンブレスを召喚するための杖だ。
それでも竜王のドラゴンブレスの全てを引き出すことはできなかった。
魔法侯時代の自分が、死んでいなくなったあとのために国の切り札として作っていたんだけど、結局自分が引退した頃の帝国に預けるのは不安があり、ストレージに放り込んでおいたものだ。
ただ、これを使っても魔物の群れを全滅させるのは無理だろう。
単体なら余裕なんだけど、結構な数だし、いくらか散らばっている。
だてに、向こうも最高ランクの魔物とされているわけではないのだ。
元々は、この杖自体は使わず、ドラゴンの魔石で結界を張りつつ個別に撃破していくつもりだった。
しかし、杖に刻まれた術式を思い起こした時に、竜王について、一つの可能性に感付いた。
これから、杖を改造する。
転生して、前世の記憶がある今だからこそできることだ。
「あの大きさの魔石……ドラゴンかのう」
「おい、国の至宝レベルじゃないか、あれ」
「まさか、そんなもんじゃないよ。ありゃ、神々の遺産クラスだね」
後ろの話し声が耳に入ったが、作業に没頭し始めたわたしの頭にまでは届いてこなかった。