149 地脈の番人
ベヒモスは瘴気も傷もなくなったがまだ動かないままだ。気絶しているのだろう。
そばに来たケリュネイアが感謝を示すようにこちらに頭を下げる。
そしてゆっくりと歩き出したケリュネイアが、少し歩いてからこちらを振り返った。
「ついて来いってこと?」
ケリュネイアが前に立って歩き出した。
「どこに行くのかな?」
「うーん、感覚的には……多分だけど」
ケリュネイアが立ち止まる。
案内された場所には、一見何もないただ乾いた地面が広がっていた。
ただ、見えないだけで大量のマナが湧きだしている。
「やっぱり。この場所がこの地脈の中心だね。でも、なんで?」
ケリュネイアがわたしにほとんど触れるくらいの距離まで顔を近付けた。
それからわたしの手に触れ、顔をこすりつけた。
「管理者をゆずるって言われてるんじゃないですか?」
「え? いらない、いらない。わたしずっとここにいられないし」
肯定するケリュネイアにぶんぶん首を振る。
ケリュネイアは管理者と言ってもこの魔物たちが平和に暮らす盆地を維持するために他の者の手に渡らないようにしていただけで番人的な存在だろう。
マナを操れるわたしの方が不測の事態への対応はもちろん、有効活用できるのは間違いないんだけど……。
今回たまたまわたしたちが居合わせなかったら、そのままベヒモスに地脈を占領されていたというのもあるのかな。
「マナを扱えるようになったロロ様には非常に利用価値が高いと思われますが」
「ストラミネア、そうは言うけどこれ以上やっかいごとかかえるのも……」
村とちがってたまに顔出して放置ってわけにもいかないだろうし……基本的にケリュネイアに任せておいてつまみ食いするくらいならいいんだろうか。
「ん? これなんか変だな」
「どうかしました?」
「マナに瘴気が混ざってる……どこか遠く、他の地脈で何かあったとかかな」
今回ベヒモスが正気を失っていたのもこの瘴気によるものかな。
こんな魔力が豊富な環境なのに、不思議だ。
どこから流れてきているのかはわからないし、とりあえずこの場だけでも対処しとこう。
ここのマナを利用して瘴気を魔力に還元し続けるようにマナを使った魔法――ソフィアトルテに言わせると幻想魔法――を設置しておく。
思いついたから即実行というわけにはいかず、かなりの時間をかけてようやく術式を描きあげた。
「あー、やっとできた。ん、これで大丈夫かな。ついでに、盆地が荒れちゃったから自然変換だけじゃなく魔力に変換するようにしとこうか」
方向付けもなく、ただマナが湧いているだけよりは辺りの魔物たちにいいだろう。
他への影響も読めないので一応ある程度にとどめておく。
こちらは慣れ親しんだ魔力に関するものなので難しくはない。
それほど時間をかけずに完成させた。
「魔力濃度が異常に高いのですが……ダンジョン村でもお作りになりたいのですか?」
「あら、マナからの変換効率が思ったよりよかったかな……」
あんまり魔力豊富すぎると、ドラゴンなんかに目をつけられたりでもしたら困る。
「なおすからちょっと待ってて」
「ダンジョンいってみたーい」
「作らなくても他にありますよ」
もう少し控えめに調節しておいた。
最後に、本来の目的である湿地へと流れ込む魔力を止める。
これで湿地に魔物が多い原因はなくなった。
一度倒しきってしてしまえば、もう魔物も集まってこないだろう。
平原の方などはそのままなので、王都の冒険者が魔物の狩場に困るということもない。
盆地に供給される魔力量はかなり増えたわけだし、少しくらいマナをもらってもいいかな。
「じゃあ、わたしは困ったことがあったら今みたいにフォローはするけど、監視とか管理はあなたがお願いね」
感謝を示して下げているケリュネイアの頭が目の前にあるので、なんとなく撫でる。
「それと効率を良くした分、余剰分のマナから少し使わせてもらっていい?」
巨大な鹿は、地脈の方を振り返ってからわたしの手を口でぐりぐり押してきた。
「なに?」
「ロロ様に任せるから好きにしろってことじゃないですか?」
ケリュネイアがうなずいた。
うーん、引き継いだつもりはないんだけどな……。
ケリュネイアに、ふと思いついて追加で頼んでみる。
「それと、もしできるなら、湿地の魔物とか生き物をこっちに連れてきたりとかできるかな。一部とかだけでも助かるんだけど」
地脈の番人としてここらを治めていたわけだし、何かしらそういう力がないかと思ったのだ。
肯定したケリュネイアに一晩待つことを約束して、この場で休憩に入る。
多少なり減らしてもらえると助かるね。
手間もあるけど、一地域の生き物を全滅させるというのはちょっと気がとがめていたところもある。
この辺は前世の感覚のせいだな。
「ストラミネア。精霊核を外すよ」
「承知しました」
天狐に言われていたとおりに、地脈のマナを使いストラミネアの枷を外す。
幻想術式に、精霊核の持たない風の精霊の姿を描き出した。
かなり警戒していたが、まったく暴走などはなくあっさりとストラミネアは核から解放された。
「妙な感覚ですね。どこまでも自分が広がりそうで、しっかり制御していないと薄まって消えてしまいそうでもあります」
「わかるにゃ。わたしも再封印までの間、一度精霊核がなくなった時はそんな感覚があったにゃ」
「可能なら、慣れるまで活動を抑えたいところですが……?」
そういう理由なら仕方ない。
特にストラミネアの出番がある予定もないし、日国には連れて行かない方がいいか。
「じゃあ、あとで湿地の方の見張りでもしてもらうかな。とりあえず、今日はここにこのまま泊まるよ」
「ここでですか? もう少し水場の近くの方がいいんじゃないですか?」
「ここで、マナを少し充電させてもらうから」
言いながらストレージの家を設置する。
「ああ、なるほど……。もう村を作らなくてもここの管理者になった方が早いんじゃないですか?」
「まあマナの供給だけみればそうなんだけど、迷惑かけた時に約束させられてるしね」
この地脈から分けてもらえる許可を得て、マナを確保できてしまった今、わざわざ初心者一年生の豊穣神として、そっち方面でがんばる必要はないといえばない。
ソフィアトルテにも指摘されたけど、元々魔法使いから神になったわけだしね。
まあ、今更豊穣神の方はやーめた、と言うわけにもいかない。
「せっかくだし、外で肉でも焼こっか」
「わーい」
夕ごはんはバーベキューになった。
翌日、家の外に出るとケリュネイアとともに虎くらいのサイズになったベヒモスが並んでいた。
もう大丈夫だと顔を見せにきたのかな。
怪獣サイズの昨日と比べると、ここまで小さくなれるのかとびっくりする。
なかなか見つからないわけだ。
「元に戻れた感じかな?」
正気に帰ったらしく、落ち着いていて目には理性的な光があった。
おとなしく座っているベヒモスをチアが遠慮なく触りにいく。
「毛が硬ーい」
そりゃそうだ。
どう見ても柔らかいタイプじゃないでしょ。
一度焼かれたせいか、おりんについてはやや警戒気味だが、チアのことはまったく気にしていないようだ。
サイズ的にも子猫がじゃれているくらいの感覚なのか、無視したまま動かない。
チアが背中によじ上っていく。
「ロロちゃん、これから湿地まで行くんだよね! 昨日くらい大きくなって、乗ってったら速そう!」
「見つかると騒ぎになるからだーめ。チアは乗ってみたいだけでしょ」
「ぶー」
ベヒモスの背中に乗ってお子様が飛び跳ねている。
「さて、湿地までいくよ。チア、降りといで」
「は~い」
山をのんびり下りていると、おりんが思い出したようにたずねてきた。
「ロロ様のマナを取り込む方はどうでした?」
「うぇへへへへ。聞きたい? 聞きたい?」
たずねてきたおりんが思い切り引いた。
「なんですか、その顔……急に聞きたくなくなりましたにゃ」
「かわいくなーい」
「醜悪ですね」
おい、言いすぎだろ。
「いやあ、もうすごすぎてね。マナの量としてはそれほどでもないだろうけど、魔力換算したらすごいよ。やっぱこれだけ魔力への変換効率がいいのってわたしだからだと思うんだよね。過去一番強いかもよ、わたし」
「へえ、そうなんですか。よかったじゃないですか」
おりんのリアクションが薄い。
自分も強くなったばっかだからかな。
それともあんまりピンときてないのか。
「ロロ様、向こうからオオカミの群れが来ています」
「ちょうどいいね。まあちょっと見せてあげようじゃない」
ストラミネアの言葉に、腕まくりをする。
えっと、まずは魔力に変換する幻想術式から……。
こちらに気付いてオオカミが近づいてくる。
動かないのを見て易い相手と思ったのか躊躇がない。
あれ、早くない?
術式が完成する頃には思い切りオオカミに接近されていた。
「まだですか?」
「もうちょい!」
「時間切れだよー」
チアが先頭のオオカミを順に斬り倒し、おりんがまとめて焼き払った。
「あー!」
「遅すぎますよ。魔力に変換した状態でずっといればいいんじゃないですか?」
「それは無理。わたしの体、元々魔力ないでしょ。魔力を保持する能力もないもん」
「ロロちゃんはチアが守るから大丈夫だよ!」
「はいはい、ありがと。……うれしそうだね」
わたしは泣きそうですけど。
抱きついてきたチアを適当にあしらう。
魔石があれば魔術はまた使えるようになるけど、自前の魔力だと扱いやすさがちがうんだよね。
変換を早くできるようになるしかないのかな……。
「自分の体を魔力を保持できるように作り変えるみたいなことはできないんですか?」
「うーん、自分の体をか……どうだろうねぇ」
なんか改造人間みたいだな……。
今は後回しにして、まずは湿地の整備だ。
山の麓が近付いてきた。