146 ロロナリエ
「それで、場所など何か考えているのか?」
「うん。それで集まってもらったんだし」
もう少し話には時間がかかりそうだ。
おりんの頭を撫でると、尻尾で返事をしてきた。
「王都南にある、平原越えた先の湿地を開拓していい?」
「そこに目を付けたか……やるな。誰かから開発計画を聞いたのか?」
「ごめん、知らない。単に王都から近いからちょうどいいかなーって」
正直に言うと、宰相が舌打ちした。
「一応説明してやると、あの辺りは魔物も多くまだ手をつけられていないが、いずれ農地として開発予定の場所だ」
それなら話が早いな。
開発代としてわたしの村にすればいい。
「それで、今いる魔物を根絶やしにする許可と、開発許可をもらおうと思ってたんだけど。わたしが箱を作ってから、そこに人を呼んだ方がいいだろうし」
すごさを見せつけて、崇め奉ってもらわないとね。
日国で開拓して村を作れば、土着神として普通に信仰してもらえるんだろうけど、こっちだとそれくらいはしないといけないかな。
ギルマスがあきれたような声を出した。
「根絶やしって、お前どれだけ広いかわかってるのか?」
「その辺はなんとかできるあてがあるから、だいじょぶ。で、素材的にいなくなると困る魔物とか、動植物がいるか聞こうと思ってギルマスも来てもらったの」
魔物についてはおりんとストラミネア頼みの予定だ。
もっとも、ストラミネアは力を使い切っているので今しばらく戦闘は厳しいだろう。
「そういうのはないな。そもそも足場が悪くて戦いにくい場所だから、あそこで狩りするやつなんていねえよ。だから、ないというか、未調査ってのが本当のところだけどよ」
調査が入ってないなら、何かしら珍しいものがある可能性もある。問答無用で更地にするのは避けたほうがいいかな。
多少調査しながらの方がいいかもしれない。
「じゃあ、わたしが勝手に開発してもいいわけだね」
「現地でお前が手をつけるのはかまわんが、それより表向きの筋書きを考えておかんとな」
「うん、わたしが崇めてもらえるようにね」
「身も蓋もないことを……」
「ありがたみのねえ神だな」
まあ、舞台裏なんてこんなもんだよね。
頭を寄せ集めて考えている途中で、ギルマスが尋ねてきた。
「お前、聖女……御使いなんかやって顔を売ったら、自由効かなくなるだろ。冒険者はどうすんだ?」
「わたし、姿を……ってか、年を変えれるようになったからそれでなんとかするつもり」
「姿を変える?」
「見せた方が早いかな。空いてる部屋ある?」
この前なった十五才くらいに姿を変え、ストレージの適当な服を着て部屋に戻った。
ちなみに胸は普通サイズだ。
アリアンナ姫を除いて、おじさんしかいない部屋に戻ってお披露目だ。よく考えたら、アリアンナ姫以外はあんまりお披露目のしがいがないメンバーである。
「うそっ、すごい!!」
「なんでもありだな、お前……」
アリアンナ姫より背も高くなっている。
「アリアよりお姉ちゃんだよ」
すごいを連発しているアリアンナ姫をなでてみる。
わー、かわいい。
こちらが大きくなっただけで、印象がだいぶ変わる。
「ロロ、大人になったらこんななんだね」
「イメージの影響もあるからそのまんまでもないみたいだけどね。……トニオ司祭、無言で祈るのはやめてください」
「ほう、なかなかおもしろい技を身につけたな。エルヴィン、これならさっきの案でいけるじゃろ」
なんか没になった案があったのかな。
おもしろいで済ませるあたりは国王らしい。
「どんなの?」
「日国から来た聖女が、大陸の貧しい者たちの食料事情に心を痛める。それから農地の開発計画を聞いて飛び出し、暴走して本当に一人でやってしまうという筋書きだな」
「わしが考えたんじゃぞ。調べれば孤児院出とすぐにわかるから却下されたが」
「なんか……それだとわたし、アホの子じゃん。あと、御使い」
しれっと聖女にしようとするなっての。
押し切ろうとしてない?
「こういうのは突飛な方が案外みんな疑わないもんじゃ」
「いいじゃないか。収穫の一部を施療院などにまわせば、他の場所でもお前に祈る者たちを作れるだろ」
「賛成」
「いいんじゃないでしょうか」
まさかの賛成多数で可決された。アリアンナ姫まで賛成している。
今日からわたしは暴走特急のアホ御使いです。
「まあ、後先考えずに行動するところはありますしね」
おりんがこっそり話しかけてくる。
おりんはネコ姿なので、がんばって笑いをこらえている。完全に他人事扱いだ。
さすがにそこまでひどくないからな。
「聖……御使いはお前と別人になるから、名前がいるな。呼ばれても反応しやすいものがいいが、何かあるか?」
「え? 名前……名前……」
転生前のアバンディア魔法侯関連は使わない方がいいから……。
ロロナをいじる? うーん……。
「ロロナ……ロロナ……? ああ、そっか。リエ・ミソデミヤで」
前世の名があった。
「ロロナリエ・ミソディミアか?」
「リエだけだよ。あとミソデミヤ、ね」
「よその国名とかぶる。それに、我々が呼び違えても誤魔化しがきくから、ロロナリエにしておいてくれ」
適当すぎない?
別人にしようってのに近すぎるような。
アリアンナ姫も同じことを思ったようだ。
「それだとロロナと近くないですか?」
「偶然ですませればいいじゃろ。年齢も違うわけじゃしな」
いいのかな……?
国王はこの辺り雑だからな。
まあ孤児院出身なわけだから、調べられてもなんにも出てこないけどさ。
両親についても、獣人のわたしの親が人族の貴族だなんてわかるはずもないし。
「ロロナどころか、こいつの名前はロロだと思ってる人間の方が多いぜ。少なくとも冒険者連中は間違いない」
「まあ、それはそう」
ロロナって知ってるのは冒険者関係だとギルマスと受付嬢くらいだと思う。
ミソデミヤの方はどうも発音しにくいらしく、何度やってもミソディミアになるので途中であきらめた。
まあ自分が呼ばれてるとはわかるのでいいことにしよう。
それから、御使いの扱いについていくつか話を詰めておいた。
「じゃあ、一通り決まったし明日にでも現地に行ってくるね」
「作ったあとの村の扱いはどうするつもりだね?」
椅子から立ち上がったところで、魔術師長が確認してきた。
欲しいならあげますよ。
「元々直轄地でしょ? 国のでいいじゃん」
「それだと、わしが取り上げたみたいになるじゃろ」
「じゃあ、買い取って。お金は周辺の道づくりに、あとは孤児院と施療院の寄付にでも回すから」
「ふむ。お前を敬う者も増えるじゃろうし、まあよかろう」
一部は服代にしてやろうと頭の端で考える。
おりんの髪の色が変わったので、似合う服の色なんかも変わったんだよね。
城を出たところで、ストラミネアに声をかけられた。
おりんは物陰でヒトの姿に変わっている。
「ご両親のところに第一夫人が来ています。それから、チランジア様は屋台で買い食いしてからこちらに向かってます」
「あの子は……まあいいけど」
チアと合流すると、横に見知った顔がいた。
「カティア、久しぶり」
「よう、お前ら戻ってきてたんだな。おりんはどうした? 紅藻の染料でもかぶったのか?」
おりんの頭を、カティアがぽんぽん叩く。
「染めたんじゃなくて、これが地毛にゃ」
「なんだ、お前黒に染めてたのか?」
「そんなところにゃ。まあ、魔力を取り戻した関係で色々あったのにゃ」
「魔力を取り戻した?」
「呪いで使えなくなっていた魔力を取り戻したにゃ。前より魔力上限も増えたし、精霊使いとしてもレベルアップしたにゃ。今の私くらいの炎術師は探してもまあ見つかるもんじゃないにゃ」
それを聞いたカティアがいたたまれないような顔になった。
「あー、そういうのは大人になったあとでめちゃめちゃ恥ずかしいから、ほどほどにしとけよ。まあ、十四才の病気は誰でも通るもんかもしれないけどよ……」
「ちがうにゃ! ホントにゃ!」
「そうかそうか、精霊使いとか炎術師とかカッコよさそうだもんな。なんかそれっぽい魔道具でも作ってもらったのか?」
「だから、ちがうって言ってるのにゃ!」
おりんの顔は真っ赤になっている。
ムキになって説明するおりんだが、カティアはまったく信じてない。
ここはフォローしておこう。
「カティア、おりんは元々炎術師だし、傷のせいで魔力が練れなくなってたのも、また魔術が使えるようになったのもホント」
「……マジか?」
「うん。おりんはそんな感じだし、チアも修行していろんなものへの耐性が増したりとかしたよ」
「そうだよー」
チアがブイサインする。
「へえ、お前も何か変わったのか?」
「わたしは強力な魔法を使えるようになって、でも使うためのエネルギーはまったくなくて使えないね。それから魔術を使おうにも魔石も一つもないし、加護がなくなったりして身体能力も普通の人間並みに落ちたかな」
「……弱くなってんじゃねえか」
「……あれ?」
そういえばそうだな。
今は多分ゴブリンにも勝てない。
「まあ、強くなったおりんが守ってくれるからね」
「それでいいのか、おまえ……」
「そのうち戻るから、いいのいいの」
それまでは守られるお姫様気分でいるとしよう。