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140  ロロナ、おりんと火精霊を封印する

 黒猫の新しい体を荒唐無稽な術式に落とし込む。

 でたらめで法則性もなく、それなのにマナが踊る。


 次の日のお昼過ぎ、無事におりんの新しい体の術式を作り終えた。


「これでおりんの体の方は大丈夫だね」

「やりましたね! ……あとは封印のやり直しですね」

「そこが問題だよね。タイミングが色々悪かったから」


 この天狐の住まいなどからわかるように、彼女らは結界の類は扱えるようなので、今回知り合った稲荷神たちの助力が得られれば安心だったんだけど……。


 田植えの時期になって天狐をはじめ、豊穣神である稲荷神はみんな散らばっているし、どこにいるのかわからないのだ。


 青がかった白い毛の狐が器用に扉を開けて部屋に入ってきた。


「お告げという形で人払いをさせておいた。元より人の寄り付かんはげ山だ。場所についてはこれで問題なかろう」

「ありがと。黒狐姉様の方は?」

「会ってきたが、力をほとんど使い果たしていたようで、まだ回復していない。あれではしばらく役に立たんな」


 山の神である黒狐に関しては、居場所はわかるのだけど、この前の寄生系の魔物の対処でほとんど力を使い果たしていた。


 空狐はおりんの精霊核を体から抜いて、壊れた核のせいで妙な不測の事態が起きたりしないよう、処理をするのを引き受けてくれている。

 そのままにして、またおりんの中の火精霊の一部が入り込んだりしても困るからね。


 空狐はマナを扱えるが、できることはそれほど多くない。

 それ以上は手伝ってくれないが、それだけでもこちらとしては助かる。


 結局、再封印に関してはわたしたちだけで対処することになってしまったな。


 わたしは屋敷に詰めていたので、その日は数日ぶりに三人で一緒に眠った。


「ロロちゃん、おりんちゃん、明日も三人で一緒に寝ようね」

「おっけー」

「もちろんです」




 次の日、まずは手持ちの多くない魔石を使って結界を張り巡らせていく。


 大蛇(おろち)の魔石が今回の主力だ。これを使って熱を軽減し、火精霊を抑える水属性結界を構築する。

 もし結界が破壊されてしまえば、解放された火精霊は上空へ散らしてしまうことになり、それは失敗を意味する。


 ストラミネアがわたしの前で魔力を練り上げていく。


 ストラミネアはストラミネアで結界を張りつつ、それでも漏れ伝わってくるだろう熱を上空に逃がす役だ。

 結界が破壊された時に、火精霊からわたしとチアを守るために吹き散らせる役でもある。


「調子はどう?」

「まだ四割程度でしょうか。単独では抑えられそうにありませんね」

「嫌な役をさせるね」

「不要であることを願います……。私は結界を注視していますので、結界よりも先にロロ様たちが耐えられそうにない場合は、予定通り『魔法』でおりんを可能なだけでも閉じ込めてください。それと、それさえできない程に余裕がなければ……」

「結界を、解除する」

「……はい」


 声が硬い。

 それはおりんのことをあきらめるということを意味する。

 それで残った部分を再封印しても、ほとんど別人といっていい存在になってしまうだろう。


「チア、いけそう? こわくない?」

「だいじょぶ。がんばるよー。おりんちゃんのこと、絶対に助けようね」

「うん。でも、危なくなったら自分の身を最優先に考えて逃げるんだよ」

「それだとロロちゃんは?」

「わたしはもう神様みたいなもんだよ。死にやしないし、体が吹っ飛んだって消えはしないから大丈夫。そもそもチアとは年季が違うの。ギリギリを見極めるくらい朝飯前だから」


 後半はともかく、前半はうそだ。

 多分、普通に死ぬ。

 なんとかできるだけのマナもないし。


「ねえ、ロロちゃんが助けてってチアに言ったの、今回が初めてだよね」

「そうだっけ? わざわざ言わなくてもチアはいつも助けてくれるもんね」


 今でもチアにはいつも助けられてるけどね。

 いつも一緒にいるせいで、改めて言う機会が少ないだけじゃないかな。

 大蛇(おろち)と戦う時も運んでもらったりしたし、普通に助けてもらっている。


 母に会うときに背中を押してくれたのも、その時に無理していたのにいち早く気付いていたのもチアだったっけ。


 付き合いが長いのはもちろん転生前からになるおりんだけど、物心つく前からずっとそばにいて、ロロナのことを一番わかっているのはチアだ。

 わたしはきっと、チアがいなければもっとたくさん寂しい思いをしていたはずだ。


 なつっこいチアは、王都に住んでからも冒険者や子供たちの知り合いをたくさん作って、わたしやおりんじゃ聞けないような話を聞いてきてくれたりしている。


「晩御飯は何がいいかな」

「チアはミートソースパスタがいいな」


 チアがわたしの後ろで背中に手を当てた。


「おっけー。こっちはいいよ」

「よし、では始めるぞ」


 空狐が合図して、精霊核をおりんの体から手品のように取り出して口にくわえると、そのまま一目散に距離をとり遠くへ駆けていく。

 空狐はこのまま天狐の結界内まで持ち帰り、精霊核を処理してくれる手はずになっている。


 すべての結界を起動するのと同時に、おりんに宿っていた火精霊が爆発的な熱を放出した。


 予想をはるかに超える熱量に、結界が次々と蒸発して消し飛ぶ。魔石の割れる音が連続して響いた。

 大蛇の魔石で作った結界が軋みをあげる。


 あぶなっ。

 一瞬で多重に張った結界が全滅して、一緒に消し炭になるところだった。

 思ったより時間をかけられそうにない。


 ストラミネアがなんとか結界を維持しながら、熱を上空に巻き上げている。


 体に感じる光と熱に、息を止める。

 顔をかばった腕が熱い。痛い。


 チアが後ろから腰に抱き着くようにしてくっついてきた。

 チアが耐性のレベルを更にあげてくれたらしい。

 熱さの感覚は大きく減じた。


 はげ山じゃなかったら、周りは灰の山になり、大火事が起こっているだろう。

 チアがいなかったらこちらも黒焦げだ。


「おりん! 早く起きて!」


 火精霊が結界内で暴れ回っている。


 おりんはまったく制御できていないようだ。

 目の焦点が合っていない。

 輪郭がぼやけて、崩れ始めている。


「おりん、おりーん!」


 一気に解放されたせいか、火精霊に飲まれかけている。

 おりんのこちらを見る目は虚ろなままだ。


 自力で我を取り戻すのは難しいか………?


 おりんの火力が高すぎる。

 目覚めるまでゆっくり待っている時間はない。

 限界まで時間がない。


「早く起きないと、晩御飯をカリカリにするよ!」


 結界の軋みが更にひどくなる。

 水属性に親和性の高い大蛇の魔石のおかげでまだぎりぎり保っている。


 ほんのわずかな残りのマナで、急いで一つの術式を編む。

 こんなこともあろうかとってやつだ。


 その間にもおりんの体の輪郭が失われていく。

 ストラミネアとチアのおかげで、熱にはギリギリでまだ耐えられている。


 準備していたのに、それでも普通の魔術の術式なんかよりもよほど時間がかかる。

 一秒、一秒が長い。


 その間にもおりんが崩壊していく。


 完成した!


 ただおりんの意識があるという、それだけの現実を描きだした。


「こらああああ! さっさと起きろ、この馬鹿弟子が!! リンカ、わたしより先にいなくなるなんて許さないからな!!」


 叫んだはずが、焼けたのどでかすれて普通に呼ぶ程度の声しかでなかった。


 それでも、おりんの肩がピクリと揺れた。


 大蛇の水属性結界にはひび割れが走り、今にも砕け散りそうだ。

 漏れた熱が更に辺りの温度を上げていく。


 このままだと結界が壊れるまでに、こちらが炭になりそうだ。


 おりんと目が合った。

 目の焦点が合い、おりんが頭を振る。


 急速に形を取り戻していくおりんが、こちらを見てうなずいた。


 意識を取り戻したおりんが火精霊を制御し始めて、周囲の熱が急速に和らいでいく。


 でも、だめだ。もう間に合わない。

 結界がもう限界だ。


 おりんが安定したのを見てとったストラミネアが賭けに出る。

 全力で風の結界を張ってすべての熱を閉じ込めてぎりぎり抑え込んだ。


 気付けば、視界に入る自分の腕はひどい火傷を負っている。

 全身が引きつって身体を動かし辛い。

 チアもそろそろ限界かもしれない。

 わたしの後ろにいるので、本人はまだ大丈夫なはずだけど。


 なんとかおりんの体を作り変える術式を編み上げると、そこにマナを流し込んだ。


 魔力では起動しない術式が、マナに応えて発動する。

 いつものおりんの姿をはっきりと思い描く。 


「行くよ!」


 声に出したつもりだったけど、もうわずかなかすれ声しか出なかった。


 精霊体のおりんに重ねるように、おりんの黒猫の体を作り出す。

 黒猫の体の中に、おりんが消えていった。


「やった!!」



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