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139  マナとわがまま

 天狐によると、魔法使いのマナの使い方は、本来、稲荷神とは別物らしい。

 マナを扱うには、魔法使いとして能力、世界の知識、マナへの理解が必要だとソフィアトルテは言っていた。

 今のわたしなら可能性はある……と思う。


 おりんの体を今のままで、火の精霊を宿せる依代にできれば満点だ。

 逆に、依代として安定させるためにおりんの体を元の状態からかけ離れたものにしたり、火の精霊をすべて宿しきれる依代にできなかったら、おりんから記憶や人格が失われてしまう。


「変質させるというか、新しい体を作る感じになるよねえ……」


 わたし自身の力ではできなかった時のために、魔法でおりんの体を精霊の依代として作り変える場合の準備も並行して進めていく。

 ストレージをあさり、いくつか手持ちの魔道具も解体して、少しでも素材を揃えた。


 合間合間で、どこかでうまくマナが噛み合ってくれる瞬間はないかといろいろなタイミングで試してみるが、成果はない。

 やはりマナは魔力とは根本的に性質が違うようだ。


 魔法の術式も作り上げていく。

 召び出す部分とは別のおりんを精霊の依代に変える部分がメインだ。

 というか、まだ力を借りる相手については迷っている。内容的に特殊なので、適任なのが誰なのかよくわからないのだ。


 そんな感じなので、喚び出してお任せでは不安が残る。

 精度を上げるためにできるだけ本体に影響の少なそうな精霊核の精製過程を積み上げていく。


 完璧に、理想通りな状態に……なんてできるかな……。

 何かが失われたとして、それがおりんの決定的な部分だったらと思うと不安が頭をもたげる。


 そのまま三日が過ぎて、こもっていた屋敷の部屋にラウのところへお使いにいっていたストラミネアが現れた。

 ストラミネアは、大蛇(おろち)の魔石と追加で大小いくらかの魔石を持って戻ってきたいた。


「戻りました」

「うん、ありがと」

「……せめてもう少しおりんの異常に早く気付けたら、ロロ様の転生魔法を改変しておりんの記憶を保存しておけたのでしょうか」

「あれは数年がかりで作ったものだし、もう壊してもらっちゃったからね。二、三日早くても変わらなかったと思うよ」


 ストラミネアが後悔めいたことを言うのは珍しい。

 それだけおりんのことを心配しているんだろう。


「そうですか……では失礼します」


 わたしの邪魔にならないようにと思ったのか、ストラミネアはすぐに姿を消した。

 それから、すぐに入れ替わりでおりんが現れた。


「ロロ様、いかがですか?」

「おりん、寝てなくて大丈夫?」

「今はわりと気分がいいんです」


 なんとなく、無理して元気なフリをしている気がする。

 でもおりんが心配をかけたくないのなら、今はそのまま話を合わせておこう。

 じっとしていたら治るってものでもないし。


「わたしがマナでおりんをなんとかするって方は、今のところ進展なしだね。わたしができなかった時、魔法を使う方の準備は整ったところ」


 空狐の見立てでは、五日くらいで今おりんの中にある精霊核は限界だろうという話だったので、残り時間はあと二日程度だ。


 当日の動きについての打ち合わせや、火の精霊を抑える結界の準備もいる。

 時間に余裕はない。


「明後日に準備や打ち合わせしてからってことになるだろうから、明日までかな。もう一日あるから、なんとかやってみるよ」


 ここまで三日間、マナについては新しい発見はゼロだ。

 すでに思いつく一通りのことは試してみたのだけど、まったく何一つつかめていないままなのだ。


 明日の夕方くらいまで、もう少しわたし自身がおりんをマナで精霊の器に変えるための悪あがきができるけど……。

 言ってはみたものの、実際なんとかなりそうな可能性は低い。


「ロロ様、ずっとこもりっぱなしでしたし、少し外に出ませんか? 思いつくものも思いつかなくなりますよ」

「ん、そうだね」


 おりんに誘われて屋敷の外に出た。

 そのまま滞在しているので、外に出ても天狐の結界内だけど、空はあるし歩き回れる程度の広さがある。


「月が見えるんだね」

「ええ、きれいですね」

「久しぶりに少し踊りません? 体、動かしていないですよね?」

「いいよ」


 わたしは大きく伸びをした。

 残念なことに、どうせ今は試すほどのアイデアもない。


 わたしは得意でもないけど、男性のダンスは問題なくできる。

 女性のダンスはできないので、おりんに教えてもらっている。

 おりんは子守メイドの延長でダンスを教えたりしていたので、男女どちらでも踊れる。


「だいぶ上手になってきましたね」

「先生がいいからかな。……おりんは、落ち着いてるね」

「怖くないといえばウソになりますけど、じたばたしても仕方ないですし、もしうまくいかなかったとしてもロロ様がなんとかしてくれるんでしょう?」

「うん。その時は、どれだけ時間がかかってもおりんの記憶を絶対に拾い集めるよ」

「それなら、おばあちゃんになるまでにお願いしますね」


 茶化して、おりんが少し笑う。

 それから声が真面目なトーンに変わった。


「精霊核から解放された火精霊は、一時的に制御不能になるでしょう。そのあと、制御を取り戻せるのか私もわかりません」

「うん」

「危険だったら、精霊を散らして下さい」

「…………うん」


 おりんと精霊は混ざってしまっているので、それは記憶を失うことを意味する。


 おりんが柔らかく微笑んだ。


「私、ロロ様のこと忘れませんから」

「……うん」

「指の一本でも残っていたら、絶対に覚えています。だから、無理はしないでください」


 孤児院を出たら、やりたいことをやって、一人で生きて、死ぬ。そんな生き方をしようと思っていた。まるで余生みたいだな。


 それが変わったのはおりんに出会ってからだった。

 再会して、当然のようにおりんがそばにいてくれた時から、わたしの旅は一人じゃなくなった。


 ソフィアトルテと出会うきっかけになったカティアは、おりんの友人だったっけ。

 いなかった頃の記憶が思い出せないくらいに、転生する前から、おりんはずっとわたしの一番近くにいた。


「わたしはむしろ、髪の毛一本だっておりんのこと失くしたくないんだけど」

「……欲張りですね」

「わがままなのが秘訣だって、先輩(ソフィアトルテ)が言ってたからね」


 口にしたその言葉は不思議なほどストンとわたしの中に落ちてきた。


 わがままでもいい。

 誰に言えばいいのかもわからない。


 呪われて苦しんだおりんに、どうかこれ以上辛い思いをさせないで。


 何一つ、失わせないで。


 こんなところで終わらせたりしないで。


 たくさん幸せになって。


 ずっとそばにいて。


 自分勝手で都合のいい、心からの願い。


 ――尻尾が跳ねた。


 ううん、尻尾の中でマナが跳ねた。


「へっ!?」

「もう、どれだけわたしのこと好きなんです……か!?」


 びっくりして転びそうになっておりんに抱きつく。


「ロロ様……?」


 必死にやっても、もったりとしか動かなかったマナが、水銀のようにするりと動き出した。軽やかに跳ね回り、踊るように反応する。

 わたしの願いに共鳴するように、聞こえない温かな音がわたしの内側に鳴り響いた。


 応えた……?


 わたしの願いがマナに混じり合って溶けていく。

 それはそのまま、マナの一部になった。


「あ……!」


 それならわたしたちがマナと呼んでいたものは……。


 優しい真実に触れて、涙があふれた。


 マナは願いだ。


 この世界は願いでできている。


 カティアと一緒にいったサウレ盆地を思い出す。

 マナのあふれる地脈で魔物が魔物らしく穏やかに暮らす場所だった。

 あれはきっと、魔物たちの願いがあの場所を作ったんだろう。


 突然抱きついて泣き始めたわたしを、おりんが優しく抱きしめる。


「大丈夫ですよ。どこにもいったりしませんから。泣かないでください」

「ちがうよ。そうじゃないの」


 私の中でマナが跳ねて、何かを形作ろうとしている。

 これは術式……?


 でも、普通の術式じゃない。


 昔どこかで、似たようなものを見たような……。


 あれだ。

 魔神に魔法の術式を作らせることはできるか実験したときだ。


 膨大な時間とお金をかけて実行した結果、まったく意味をなさない無意味なものができあがっただけだった。

 神には術式など不要なのだから、さもありなん。

 その実験は失敗に終わったと結論付けられた。


 できあがったのは、過程ではなく結果のみを描いた無意味な術式だった。

 火を起こす過程ではなく、直接焼き魚を描くような。

 建物の緻密な設計図ではなく、子供の描いた秘密基地の落書きのような。


 記憶の引き出しをあけて、理想的で完全で、限りなく複雑で意味のないその術式を描き出す。


 ああ、たしかに。

 こんなてんでバラバラになりそうな、でたらめなものをまともに術式として構成できるのは、わたしかソフィアトルテくらいしかいないだろうね。


 応えて。

 今、おりんとここで見たい。


 願いに反応して、マナが流れ込んだ。


 マナがこめられた術式が発動して、透き通った星空に虹がかかる。


 実験の際に、どんな術式にするかでもめて、とりあえず安全なものにしておけと言ったら、弟子たちが内容を決めたのだ。


「きれい……。ロロ様、この虹は……」

「『魔法』だよ。マナが応えてくれた。今なら、おりんの体を変える『魔法』も作れそう」

「ロロ様……」

「でもせっかくだから、今はもう少し踊ろうか?」

「はいっ!」


 オルゴール用の魔道具が音を奏でる。

 月の光を受けて淡く輝く虹の下で、わたしの踏み出した拙いステップにおりんがしっかりと合わせた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] さぞ、幻想的なんだろうなぁ お話ものんびり待っていた甲斐がありましたっ
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