138 おりんの異変
それから更に二日間、空狐にマナの変化などについて軽く教えてもらった。
「このように成長を促すだけでなく、癒しの力を与えることもできる。まあわたしが教えてやれるのは、これくらいまでだな。できることも、さほど変わらん」
「もっと万能なのかと思ってた」
「扱う我々が万能ではないからな」
空狐が肩をすくめた。
感覚をつかめば根源の力であるマナの正体にもう少し迫れるかと思ったが、これについてはあまりわからないままだったな。
いろんな説があるが、どれも実証できたものはない世界だ。
少しして、チアとキササゲが戻ってきた。
キササゲの方は用事があるとかで、戻って来るなりせわしなく出発していった。
「では、わしはこれでの。なかなか筋がいいので、ぎりぎりまで付き合ってしもうたわ。また会おう」
「ありがとうございました」
「老師、ありがとー」
結局チアたちが何をやっていたのか、具体的な話はあんまり聞いてなかったな。
「チアたちは何してたの?」
「寒いところで昼寝したり、暑いところで散歩したりしてた」
「そ、そう……。何かつかめた?」
「前は無意識だったんだけど、老師のおかげで意識してもっと早く慣れたりできるようになったよ。それと……他の人にもちょっとだけできるようになったんだよ」
チアがえっへんといばる。
「他の人にも?」
「手をつないでね、ロロちゃんも暑さが平気にできるみたいな感じ」
「え? すごくない?」
「二人分やろうとしたら、普段より効果落ちちゃって、てんでダメだったし、説明もよくわかんなかったけどね」
チアが胸を張る。そこはいばらなくていいよ。
チアは理論派ではなく感覚派なので、難しい話は苦手なタイプだ。
「そこが一番気になるところなんだけど……」
「気候がどうこうって言ってた」
「気功であろう」
半眼の空狐が横から訂正した。
「それより、おりんちゃんは? まだ体調戻らないの?」
「そうなんだよね。魔石は残ってるし、ちょっと視てみようかな」
空狐の授業では、あれ以上魔石は使っていないのでラウからもらったものがまだある。
「ふむ。半精霊の娘か。少々気になるな。私もついていこう」
チアと空狐と三人で家にいるおりんのところに向かった。
「おりん、大丈夫?」
「どうもだるいですにゃー」
ネコ姿のおりんを撫でる。
「うわ、熱っ。大丈夫!?」
かなりの高熱だった。
「まあ、半分火精霊ですし。楽でもないですけど、今くらいならまだまだ大丈夫です」
「そう……?」
「お水かける?」
「やめてあげて」
魔法で魔神の目の力を呼び出し、おりんの様子を見る。
「マズい」
「……何がですか?」
「精霊核がまともに働いてない。火精霊が暴走しかけてる」
おりんの火精霊を宿している精霊核が半壊している。
抑えきれずに火精霊が、おりんを侵食してきている。
「大蛇の首一本落とすだけのところが、全力の状態を二本目まで維持しちゃいましたからね。そのせいでしょうか」
「多分ね。ここまでヒドいと思わなかった。とりあえずでもなんでも、急いで補修しとかないと」
横でじっとおりんを見ていた空狐が、ストレージをあさるわたしの肩をつかんだ。
「待て。おそらく、それだけでは難しい」
「え?」
「精霊と本体が混ざり合い始めている。その精霊を封印している核を直しても、もう抑え込めまい。根本的な解決をせねば、ほとんど意味がないだろう。このままでは火精霊に飲まれるぞ」
「飲まれる?」
「ああ、おりんと言ったか……この者、かなり長く生きているな? 火精霊が力をつけすぎている。このまま精霊の核が崩壊すれば、精霊の一部になって消えてしまうだろうな」
物理的な話ではなく、精霊は精神体なので飲まれるというのはおりんの人格や記憶の話になる。
どちらにしても、放置すればおりんがいなくなってしまうのは一緒だ。
「人をおばあちゃんみたいに言わないでください。まだぴちぴちです」
「どうどう」
そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。
……熱のせいかな。
「根本的って……何か手が?」
「今の体内にあるものを直しても無理なのだから、新しい器を作ればよい」
「新しい精霊核? おりんと精霊が変に混ざり始めてるから無理って話なんじゃないの?」
「本体も火精霊もまとめて、上から封をしてしまえばいい。そうすれば火精霊も安定化する。あとはそのまま時間が経てば、ゆっくり融合し火精霊を支配下に……いや完全に己の一部とできるはずだ」
「それだと、核に一緒に閉じ込められちゃうじゃん」
「器と言ったであろう。封印する核と同じ性質を体そのものに持たせるか、そういった依代を用意すればよい。もちろん数百年かそこら融合するまでの間、閉じ込められて動けなくてもいいのなら、核のようなものでもよかろうがな」
つまり、体を丸ごと動ける精霊核にして、おりんごと火精霊を閉じ込めてしまえということね。
「そんなことできるんですか?」
「大蛇の魔石が来ればなんとかなる……かなあ。魔法になるね。どの神の力を借りて行うか……」
大地神?
火の大精霊?
はたまた、ソフィアトルテ?
「器が完全でなければ、記憶や人格が失われる可能性もあるぞ。先にも言ったが、マナは万能でも、それを操る神は必ずしも万能ではない」
空狐に厳しい事実を突き付けられた。
空狐の言葉を聞いて、もう一度改めて考え直す。
「完全なおりんの体……」
今のおりんとまったく同じままで、精霊を一緒に宿せる器になって、精霊を抑えて安定化させることもできる……。
理想的な、完全な体……。
そんなものを作れる神様……?
一番完成度が高くなるのは、成功率が高いのは誰だ。
「一つ心当たりがある」
空狐の心当たり?
天狐……は違うよね。誰だろう。
「あのようなものを当然のように修理できるというのだ。火精霊を宿している核を作ったのはお前であっているな?」
「そうだよ」
「その者と、付き合いは長いのか? よく知っているようだが」
おりんとの付き合いなら、ざっと二百年だ。
「長いけど……もしかして」
「天狐様より修行のために託されたマナがまだある。私はお前がやるのが一番精度が高いと思う」
精霊を宿す核は、わたしが作ったものだ。
一番詳しいのはわたしだ。
そして、今この世界でおりんのことを一番知っているのもわたしだ。
もしわたしが力を借りられる神様側だったとしたら、たしかに一番確実性が高い。
「三日前にマナを初めて扱ったんだけど……」
「そして一日でやってみせた。壊れかけているが、今の精霊の核はまだ五、六日程度ならこのままで耐えうるだろう。一日でマナの扱いを覚えたお前だ。可能性はある。無理ならば、その時は他の神の力を借りればよい」
まあ、できなくても次の手はある。
ダメで元々だ。
「ロロ様……」
「うん。できるだけやってみるよ」
「ロロちゃん、がんばってね」
「なに言ってんの。チアも助けてよ」
「え?」
「封印しなおすのに、一度、今の精霊核は除かないといけないの。相手は火精霊だから、めちゃくちゃ熱いよ。不完全でもなんでも、わたしを暑さに適応させれるんでしょ」
間違いなく、火精霊は一時的に暴走状態に入るだろう。
もちろん結界は張るし、ストラミネアにも手伝ってもらうけど、ストラミネアも大蛇退治でかなり魔力を使っている。万全とはいいがたい。
「うん……そっか、チアも練習しとく。頑張るね!」
ブックマークをいつの間にやら500もいただいておりました。
拙い作品ですがお楽しみ頂けておりましたら幸いです。
この場を借りてお読みいただいた方々、ブックマーク、ご評価いただいた方々にお礼申し上げます。