135 今度こそ大蛇を倒す
「よくやったぞ、嬢ちゃん!」
「もうダメかと思ったぜ!」
ラウが撫でているつもりか、チアの頭をつかんでぐわんぐわん揺らした。
「すまなかったのである! 大蛇が大きくて、目測が狂ったのである」
フライングをかました戦斧使いのコジロウが攻撃班のみんなに頭を下げる。
もう大蛇の傷口に再生の兆候はない。
そう思って、もう終わったとみんな油断していた。
すでに内部で再生が起こっていたとも知らないで。
ぞわりとした気配とともに、大蛇の体が脈動した。
最初に戦斧使いのコジロウが落とした切断面から、元の首の内側から脱皮するようにしてずるりと巨大な頭が生えた。
舌をチロチロと出しながら、高く持ち上げた頭で辺りにいる人間たちを睥睨するように見回した。
「なに!?」
「ぬおおおお!?」
コジロウが戦斧を叩きつけたが、骨まで届かずに途中で止まった。
普通の攻撃では切断できないようだ。
他の切断された首からもぞろりと頭が生え始めた。
燃やした首は少しばかり再生が遅いらしくてまだだけど、時間の問題だろう。
「ヤバいぞ! 全員、撤退だ!!」
ラウが叫んだ。
その場にいた数十人が一斉に大蛇から離れようと動き出す。
撤退時に足止めするはずだった者たちも、倒したと思って集まっていたせいで、配置がバラバラになっていて連携が取れていない。
「おりん、自分で動ける?」
「なんとか大丈夫です」
その足取りは少しばかり頼りない。
無理をして全身に黒炎をまとって、高出力の攻撃を二回も放ったからな……。
「ストラミネア、おりんをお願い! 余裕があったら他の人も!」
逃げるにしても、その時間も稼がないといけない。
こうなったらもう破れかぶれだ。
ストレージから残りのお酒を全開で引き出す。
蒸留酒が巨大な噴水になってストレージにつながっているカバンから噴き出した。
大蛇の巨体の更に上から雨になってお酒が降り注ぐと、大蛇の目のほとんどがこちらを向いた。
大量にお酒を出しているけど、これだけじゃ間に合わないな。
片手に魔石をつかむと、ちょうどたぬきちを捕まえたところだったチアの手を、革製の籠手ごしにつかんだ。
へい、タクシー!
「チア! お酒の池まで全速力!」
「りょーかい!!」
次々と生えてくる新しい首を横目に、空中を走るチアに引っ張られながら大量のお酒をカバンから噴き出してまき散らしていく。
魔道具の靴を全開で走れるのはバランス感覚が非常に優れているチアだけだ。自分で移動するよりも、この方が速い。
チアが高く飛び上がる。
さっきまでわたしたちのいた場所を口を開いた大蛇が通過していった。
空中を引きずり回されながら、なんとか術式を魔石に描いていく。
お酒の池はもうすぐそこだ。
「ロロちゃん!」
チアがたぬきちとわたしを投げた。
投げられて回転する視界の中で、大蛇の吐いた水のブレスがチアを直撃し、発動した護身用の結界具がブレスを受け止める。
すぐにガラスの割れるような音とともに結界は破壊されるが、その間にチアはいつものオーバーサイズの両手剣を逆手に握って構え、刀身で体を隠していた。
ブレスを剣で受けたチアが、そのまま視界の外まで一瞬で吹き飛んでいく。
わたしは空中で犬かきをしていたたぬきちと一緒にお酒の池に着水した。
「チア!?」
「だいじょぶー!!」
あまり大丈夫そうな勢いじゃなかったけど、遠くからいつもどおりの声で返事が返ってきた。
わたしは、完成した術式を発動させる。
大蛇の頭の一つがこちらに迫ってくる。その口が大きく開いた。
お酒を飲まないって話を聞いた時から考えていたやつだ。
安全策が失敗したなら、こいつでどうだ。
池に貯められた大量の酒からアルコールを取り出して、それを水流に変える。
「そら、一気飲みだよ!」
こちらに迫ってくる大蛇の開いた口いっぱいにこれ以上ない勢いで流し込む。
大蛇の攻撃が逸れて、その首を大きくくねらせた。
アルコールでノドを焼いたかな。
更に次に近くにいた別の大蛇の口に滝のような勢いで流しこんだ。
その横にあった別の頭がこちらを向き、その口を開く。
ブレスを吐く気みたいだったけど、その前に水流の方向を変えてそちらにもアルコールを流し込んだ。
いやあ、なんだか楽しくなってきちゃったな。
「あははははははは!!」
うん、ほんのちょっとだけ酔っているかもしれない。
隣ではたぬきちがふらふらしている。
お酒を飲ませて膨らんだ大蛇の首は、三本とも地面に横たわって動かなくなっている。
他の首も動きがおかしい。
大蛇の首はたくさんあるけど、全部つながっているので本体は一つだ。
「わたしのお酒が飲めないノカ!!」
遠くで変な動きをしている首めがけて滝のようにぶっかける。
ちょうど開いた口にアルコールが吸い込まれていった。
「すとらーいく!」
だんだん何をやっていたのかわからなくなってきたけど、ほとんど動かなくなった大蛇にひたすらアルコールを飲ませ続ける。
なんだか視界がだんだんせばまってきた気がする。
少し眠いなあと思いながら、わたしはまばたきをした。
「ん? なんか頭が痛い……」
「おはようございます、ロロ様」
「あー、おりん……? って、ここどこ!? 大蛇は!?」
慌てて起き上がると、こちらをのぞきこんでいたおりんと頭がぶつかりそうになった。
「終わりましたよ。大丈夫ですから、まずは水を飲んで下さい」
「……倒したの? どうやって!?」
受け取った水を一気に飲み干す。
「……ロロ様、覚えていないんですね」
なぜかおりんはあきれ顔だ。
「大蛇にアルコールを飲ませて強制的に酔わせてたとこまでは覚えてるよ」
「ああ、大蛇が完全に動なくなって、それでも無理矢理大蛇にお酒を流し込んでいた辺りですかね」
いや、それは知らない。
「へ……? まあ、うん……それで? 首を一気に落として殺したの?」
動きは無事に止めたようだし、首を落としきったのか。
おりんは無理だったろうし、もう一度同じ技を使う余力のない人もいたんじゃないかな。戦力が足りない気もするけど。
「いえ、ロロ様が首を切って生え代わるとお酒の効果が抜けてしまうかもしれないと言い出して……」
「ああね」
たしかに、一理ある。
酔っていたにしてはなかなかえらいぞ、わたし。
「で、蒸し焼きにしました」
「は?」
「水属性だし、高温には弱いだろうとストラミネアの作った空気の壁で閉じ込めて高温で焼きました。大蛇は酔って動けなかったみたいでそのまま焼かれてましたよ」
「いや、焼くには大きすぎるでしょ……」
並のサイズじゃないんだけど。
燃やすって、キャンプファイヤーレベルじゃないよね。それもう火計じゃん。
「ロロ様が音頭をとって、なんとかやりきりました。大変だったんですよ」
「そうなんだ……」
大変だったと言われても、まったく覚えていない。
焼き殺すというのは、再生の阻害にもなるし、水属性のヒュドラを倒す方法としてはわりと古典的なものではあるんだけど……。
「炎を使える者を全員動員して、ラウさんなんか貧血で倒れかけてましたよ」
「それでも火力足りると思えないんだけど」
「お酒がものすごくあったじゃないですか。ロロ様があれを燃料として大量に投入していましたよ」
「あー……」
お酒に関しては巨大な大蛇ということで集めていたんだろうけど、どういう見立てだったのかすごい量が余っていたもんな。
そのアルコールを分離して燃料に使ったのか……。
「あと、手持ちの魔石もすべて使い切っていたはずです」
「げっ」
「ご機嫌で歌を歌ったり、上手に焼けましたーって連呼しながら燃やしてましたよ」
「誰か止めてよ……」
別の意味で頭が痛くなってきたんだけど。
「ところで、チアは?」
「ケガは神官の方に治してもらってますし、もうたぬきちちゃんと一緒に他の部屋でやってる宴会にいってますよ」
「ケガしてたの!? だいじょばないじゃん。ブレスで吹き飛ばされていたけど、空中にうまく逃げてたと思ったのに」
「ブレスを受けた時に柄を握っていた手指の骨が折れていました。興奮していたせいか、本人もしばらく気付いていなかったみたいで……」
「ああ、手か……」
もし叩きつけられていたなら、大ケガか命に関わるレベルだもんな。うまく逃げたは逃げてたのか。
いつもののんびりした声だったけど、あれでアドレナリン大増量中だったらしい。
さすがに痛みに慣れてしまったから……とかはないだろう。多分。
「普通なら指が吹き飛ぶか、ぐしゃぐしゃに潰れてるところらしいですよ。骨折だけだったのをラウさんたちが驚いていました」
籠手も鍛冶神と蜘蛛神様の一品だからな。
二人はいい仕事をしてくれていたらしい。
「おりんはなんともない?」
「技の後遺症なのか、少し熱っぽいですけどそれくらいですね」
「そう。じゃあちょっとだけラウたちの方に顔出してこようかな。おりんも行く?」
「そうですね」
おりんと共に宴会場をのぞく。
宴会に参加しているのは、攻撃班だけでなく、討伐に参加していた待機班を含めて数十人以上だ。
早速みんなが集まってきて取り囲まれる。
まあ一応最大功労者だもんね。
みんな待ってるよね。
「おお、起きたのか。ジョウリュウ酒をお願いしたい!」
「酒の残りはあるか?」
「きゅ~ん!!」
……主役はお酒だったようだ。
「まあ、あれだけ酒につかれば酔いもするだろな。差し入れも多いし、しっかり食っていけ。支払いはコジロウ持ちだ」
「うむ。わたしのミスで迷惑をかけたのである! しっかり食べていくのである!」
「お金大丈夫なんですか?」
「なに、大蛇退治の報酬が出るから、大丈夫であろう!」
料理も豪華そうなものが次々運ばれてきているし、各所の連絡で散った者もあとから来るそうだ。
数十人の宴会は今晩だけでは終わりそうにない雰囲気だった。