134 大蛇を倒す
作戦開始日の早朝、ストレージから酒を大量に投入していく。
昨日のうちにラウに案内してもらった開けた場所に魔術で土木工事して巨大池を用意してある。
最初に大蛇を見たところよりはかなり町に寄っている。
結構移動しているな。
まずは製造した在庫の半分ほどを投入する。
正直これで十分なんじゃないかな。
大蛇が大きいからって集めすぎじゃないの。
池には遠くから追加投入できるように水路を遠くまで伸ばしている。
「なんだかんだ、色々と魔石を使っちゃってるなあ。日国に来てから使いっぱなしで結構在庫がきつい」
「お酒の味にこだわりすぎなんですよ」
「いや、まあ……それはそれ、これはこれだから。ちゃんと飲んでもらわないといけないし」
やり始めるとついつい凝ってしまった。
たぬきちは喜んでいた。
強力な魔物の魔石について、ラウにも聞いてみたがあまり色よい返事はなかった。
欲しいのがそもそもドラゴンクラスだしな。
「うむ! うまいのである!」
「お前が飲むなよ!!」
投入された酒を斧使いの大男が升ですくって飲んでいた。
どこに持ってたんだよ。
この人、最初から飲む気だったでしょ。
「これだけあるのだ、大丈夫であろう! さあ、貴殿も! 景気づけである!」
「……それもそうか」
ミイラ取りがミイラになった。
止めに入っていた剣士が戦斧使いから升を受け取ったところで、後ろからラウに後頭部を叩かれた。
「それもそうか、じゃねえ。俺だって我慢してんだよ!」
「じゃあ、さくっと大蛇退治をして宴会だね」
「おうよ。終わらせてから気兼ねなく飲むぞ」
話している横で、たぬきちがこっそりとお酒を舐めている。
それを見た斧使いの男がたぬきちに親指を立てていた。
そのまま森に隠れてしばらく待機だ。
あいさつした攻撃班以外にも数十人が武装して待機している。
作戦が失敗した時のために控えている人たちだ。
一応大蛇にもある程度通用するメンバーが集められているらしい。
今日はたぬきを連れたチアもこの人たちと一緒に行動してもらうことになる。
日が高くなってきたところで、ようやく大蛇が現れた。
さて、飲んでくれるかな。
そのまま一直線にお酒に向かうと次々と首が酒の池にのびた。
前回は舌で舐めとっていったが、今回は量が多いからか、普通に口を入れて飲んでいる。
「なかなかいい飲みっぷりであるな!」
「昨日も見たが本当に大きいな……」
地声の大きい者も一名いるが、一応全員ひそひそ声だ。
お酒の残量に注意を払いながら、息を潜めてひたすら待つ。
「しかしラウ殿、首が多いぞ! 十二もあるではないか! 落とすには我らだけでは足りぬと思うがどうするのだ!?」
「お前、話を聞いていなかったのかよ……。俺たち六人で六つ、二つを稲荷の遣いとその連れが、残った四つの首は稲荷の遣いが連れてきた風の精霊殿だ」
「ほう! そのような助力があったのか!」
池から首の一つが持ち上がり、ゆっくりとくねくね変な動きをしたあと、そのまま地面に横たわって動かなくなった。
目も閉じてしまっている。
誰かが大きく息を吐いた。
寝たな。
体はつながっているわけだし、全部寝るのも時間の問題だろう。
お酒の追加はなくてよさそうだ。
しばらくすると、大蛇の全ての頭が地面に投げ出された。
ここまでは作戦通り順調にきた。
ここから、一気に首を斬り落として殺しきる。
失敗すれば、大蛇の魔力が尽きるまでの地獄の消耗戦……ではなく一応撤退して仕切り直しになる予定だ。
控えている部隊も総力戦のためではなく、全力を出し切って動けなくなる首を斬る者たちの救出用だ。
ただ、撤退しても次がある保証はない。
うまく引き離せればいいけど、大蛇に追撃されてそのまま消耗戦になるかもしれないし、町まではもうそれほど距離がないのだ。
「……行くぞ」
いよいよだ。
今までと違い、ラウの声は硬かった。
実物の大蛇を前に全員やや緊張気味だ。
「うむ、さっさと首をはねて酒盛りといこう! 待っている間に考えていたのだが、私はあの酒には刺身が合うと思う。貴殿らのおすすめはあるだろうか!」
「飲んだのはまだお前だけだから知らねえよ」
「おお、そういえば、そうであったな!」
戦斧使いが快活に笑い、攻撃メンバーの口元に笑いが浮かんだ。
大男は素なのか狙ってやっているのかわからないけど、なかなかのものだ。全員に少し余裕が戻った。
自分の好きなツマミをお互いに言い合いながら森を抜けていく。
森から出る前に、大蛇への匂い対策で全員が酒をかぶる。
漏れなくお酒くさくなったところで出発だ。
もちろん、チアを含めた控え部隊にもかぶってもらう。
チアに抱っこされていたたぬきちもお酒まみれだ。たぬきちは、早速自分の体のお酒を舐めとっていた。
それから、一人気にしていない戦斧使いを除いた全員が足音を抑えて、慎重に大蛇に近づく。
チアを含めた首切り班以外の者たちも、邪魔にならない位置に陣取った。
「ちょうど首のバラけ具合もいい。予定通りにいくぞ」
「近くによるとますますでっかいね。まあ、おかげで的を外す心配はいらないけど」
家を丸呑みにできる巨大な大蛇の頭を見上げる。
首が痛くなりそう。
これを今から倒すわけだ。
みんな大丈夫かな。
「稲荷の遣い殿の言うとおりであるな! 大蛇はまったく起きる気配もないし、そう硬くならずに試斬とでも思って気楽にやるのである!」
いまだに緊張している様子の若い剣士の背中を、戦斧使いがバシバシ叩く。
「わたしはちょっと準備に時間がかかります。みなさんくつろいでいてください」
「大蛇を横にくつろいでいろとは、おりん殿はなかなか豪気であるな!」
戦斧使いは朗らかに言うと、散歩するような足取りで担当する大蛇の首に向かって歩いていった。
全員が担当する首の前に移動する。
わたしは大蛇の頭の一つ、その顔の正面に立った。
わたしの立っている場所はやや高い位置にある。
おかげで後ろを振り返ると他の人たちの様子が見える。
おりんの手のひらの上にある黒い炎が少しずつ大きくなっていく。
他の者は腕を組んで精神統一している者や、大蛇に近づいて鱗を観察する者など思い思いに過ごしている。
なんだかんだ、全員がこの国が誇る歴戦の勇士なのだ。
最初は緊張も見えたが、みんな平常心を取り戻している。
ただ、さっき斧使いに背中を叩かれていた一番若い剣士だけは、いまだに落ち着かない様子でうろうろしている。
大丈夫かな。
腕は確かだって話だけど……。
おりんの黒い炎が大きくなってきた。
そろそろかな。
ストラミネアが空に合図の文字を浮かべた。
大声をだすわけにもいかないし、全員がかなりの距離に散らばっているので旗振りなどでも難しい。
攻撃に集中させてあげたいのだが、合図係りも仕方ないのでストラミネアだ。
全員が配置につき、必要な者は準備に入る。
血刀術を使うラウたちの剣が赤く染まっていく。
糸刀術とかいうものを使う剣士たちも魔力の糸を帯状に織り上げてを刀にすでに巻きつけているようだ。
戦斧使いの男はのん気に鼻をほじっている。
余裕だなあ。
リラックスしすぎていて、それはそれで不安になるぞ。
わたしは攻撃用の魔法の術式を描きだすとそれを保持して待つ。
水属性の相手なのもあり、神話にでてくる有名な火精霊の力を喚ぶ魔法だ。
全員の手があがると上空に数字が浮かび。予定通りカウントダウンが始まった。
最初に動いたのは戦斧使いの男だった。
「むうん! とう!」
ジャンプして、巨大な戦斧をかついだまま大蛇のはるか上に飛びあがる。
身体強化は使っているのだろうが、それを差し引いてもとんでもない脚力だ。
戦斧使いが魔力糸をのばして、大蛇の首にくっつけた。
そのまま魔力糸で体を引っ張って、大蛇に向かってコマみたいに回転しながらすごい速さで落ちていく。
あれだけ勢いをつけて自分を引っ張れるなんて、かなり頑丈な魔力糸だな。
おっと、わたしも自分の仕事をしないと。
残り三秒の時点で、圧縮した炎を巨大な大蛇の鼻の穴から体の内へ飛ばす。
「コジロウ流こま落とし! って、早すぎたのでああぁぁる!!」
「へ?」
カウントダウンの文字が二に変わったところで、戦斧使いが大蛇に回転しながら突っ込んだ。
巨大な戦斧は一撃で大蛇の体を半ばまでえぐり、回転して放った次の二撃目で完全に切断した。
あんたがミスるんかいっ!?
そこからの数秒間はとても長く感じた。
戦斧で首を切断された大蛇の体がびくんと震えて、その巨大な目を見開いた。
残り一秒。まだ合図の音は鳴っていない。
反射的に魔法を大蛇の中で発動させた。
爆炎を上げて大蛇の首が内側から破壊される。
よし、こちらは仕留めた。
向こうでストラミネアが四本の首を切断しているのを横目に見ながら、他の者たちの方へ振り向く。
真っ黒な炎をまとったおりんが大蛇のウロコを融解させて内部に手を突き入れている。
大蛇の首の反対まで貫通した黒い炎は、おりんが手を振り上げるとそのまま大蛇の首を切断して燃え上がった。
他の面々も、合図を待たずに戦斧使いのフライングに反応して首を落としている。
そこでカウントがゼロになり、本来攻撃をするタイミングを知らせる合図の音が鳴り響いた。
唯一、大蛇と目を合わせて固まっていた若い剣士が、合図の音に反応して動き出す。
大蛇が同時に身じろぎした。
「しまった!!」
ウロコを浅く切り裂きながら、刀から派手に炎が噴きあがる。
炎の刃が大蛇の首を半ばほど切り裂いたが、動きだしていたせいで傷は浅い。
あれじゃ、骨まで達していない。
まずい!
大蛇の首が更に動いて、それだけでもう半分切り裂かれた場所は手の届かない空中に持ち上がった。
次の魔石を取りだそうとカバンをさぐる。
視界の外にいるストラミネアも次の一撃のために準備に入っているだろう。
残った首の隣を担当していたおりんも、もう一度攻撃する余力があったのか、その首の根本に向かって動き出している。
他の者たちも、可能な者は最後の首をなんとかしようとニ撃目の準備に入っている。
どうしようもなく薄い可能性に期待しながら、動ける者が最後の頭を最速で落としにかかる。
それでも、この場の全員がすでに理解していた。
間に合わない!
ヒュドラの類の再生力はそもそもがケタ外れだ。
そして今目の前にいる相手は、竜にも匹敵する魔力を宿す強大な大蛇だ。
もう次の瞬間には大蛇の首の傷がふさがり始め、その次の瞬間には冗談みたいに跡も残さず治ってしまっているだろう。
誰かの一撃が大蛇の最後の頭を破壊して殺し切った時には、一度失ったすべての頭が新しく生え変わってこちらをにらみつけているに違いない。
――無理だ!
攻撃準備を続けながらも、退却する方向へ頭を切り替える。
そこで、視界の外からまったく意識していなかった存在が空を舞って飛び込んできた。
通りすがりざまに、その小さな体格に見合わない大きな両手剣で大蛇の傷口に更に追加の一撃を見舞う。
「チア!?」
チアの放った斬撃は大蛇の首の骨とともに、その内部の決定的な器官を切断した。
大蛇の最後の頭がぐらりと揺れる。
やった!!
遅れて、ストラミネアの傷めがけて放った風の刃が、ダメ押しとばかりに最後の大蛇の首を完全に切断した。
それと同時に根本の方でもおりんが大蛇の首を焼き斬った。
「他の首は!?」
「再生していない! やったぞ!!」
「倒したのである!」
「勝ったぞ!!」
勢いを殺しながら着地したチアのところに行ってそのまま抱きしめる。
「チア、すごいじゃない!」
「えへへー」
「よく、すぐに反応できたね」
首を落とせていないことがわかった瞬間に全速力で飛び出したのか、それよりも前に戦斧使いがタイミングを外した時点で誰かしら失敗する可能性を予見してフォローのために飛び出したのか。
どちらにしても、とっさによく判断したものだ。
「うん。ロロちゃんが呼んでくれたもんね」
「え? 呼んでないけど」
飛び込んでくる瞬間まで、チアのことは大蛇を仕留めるための戦力としてカウントしておらず、頭になかった。
呼んだりなんかするわけがない。
「あれぇ?」
チアが首を傾げる。
ん? どういうことだろう。
誰かの声でも聞き違えたのかな?
倒したという言葉に、周りに待機していた者たちも集まってきた。
それと一緒にたぬきちも走ってやってくる。
「ねぇたぬきち、チアのこと誰か呼んでた?」
もう名前を覚えたらしい。
呼ばれて、一瞬ビクッとしたたぬきちがこちらを見る。
「きゅ~ん」
焦ったようなそぶりで返事(?)をしたたぬきちは、そのまま大蛇の飲みかけのお酒に向かっていった。