133 ロロナ、お酒準備中
稲荷神社まで戻ってきて、わたしは一人で銀狐に会いに行った。
たぬきちを稲荷神社に連れて入るのもどうなのかと思ったので、おりんとチアは宿を確保しに行ってもらっている。
「大蛇を見てきましたよ。倒しますから任せてください」
「……あれを倒せるってのかい?」
「大蛇が飲むお酒を見つけたので、集めたお酒をそれに作り変えます。わたしたちだけじゃ無理ですけど、酔わせてから、みんなで倒します」
一瞬きょとんとした銀狐が、くつくつと笑った。
「おやまあ、昨日の今日でまさか大蛇に効く酒を見つけてくるとはね」
「どうせ誰かが倒さないといけないんでしょう? あのまま放っとけば被害が大きいでしょうし、この神社だって危ないじゃないですか。それなら、わたしがやりますよ」
「……昔、今のあんたと似たようなセリフを言ったやつがいたよ」
わたしのご先祖のことかな。
たまたま活躍した冒険者や戦士みたいな人が褒美に加護をもらったのかと思ってたけど、ちょっと違ったみたいだ。
「加護をもらったご先祖って、大蛇退治をする前から知っていたんですか?」
「神社に捨てられていてね。あれは半分私が育てたようなもんさ」
ご先祖もわたしと同じで捨て子だったらしい。
それも、この神社で育てられたのか。
「神社なんぞ壊れようがかまわないって言ったのに、腕自慢を集めて回ってね。今回ほどの化け物じゃなかったが、それでも人間を一飲みするような相手だったよ」
懐かしそうに銀狐が目を細める。
わたしはストレージにつながるカバンから、一冊の古い日記を取り出した。
「これ、ご先祖の日記です。わたしも含めてまともに読める者は一族にはいないようなので、よかったら……」
一番読めたのはわたしだけど、それでも単語をいくらか拾えただけで、半分も理解できなかった。
「あいつがこんなものをねえ」
パラパラと銀狐が床に置かれた日記を器用に肉球でめくる。
最後のページで動きが止まった。
稲荷に加護を返して欲しい、くらいしか私には解読できなかったところだ。
「なにか書いてあったんですか?」
「なに、あんたが気にするようなことじゃない。……つまらないことさ」
銀狐はそう言ったが、とても言葉通りの反応には見えなかった。
日記をのぞき込んで頭を下げた体勢のまま、顔を上げずにじっと動かない。
その目に涙が浮かんでいたような気がした。
何を書いてあったのかはわからないけど、日記の内容を銀狐が知ることができたのは、銀狐にとってもご先祖にとってもきっとよかったのだろう。
ご先祖も、直接日記を渡されるとは思っていなかっただろうけど。
今はそっとしておいてあげた方がよさそうかな。
頭を下げて、音を立てないようそのまま私はその場をあとにする。
「……馬鹿息子め」
ぽつりともれた、白狐の嬉しさと寂しさの混じった小さなつぶやきが、部屋からかすかに聞こえた。
宿に泊まった次の日、大蛇の見張りをしていたラウが現れた。
「話はつけてきた。酒の保管所に案内するから頼むぞ」
「うん。任せといて」
積みあがった大量の酒樽を見上げて腕を組む。
まともに一つずつやっていたらどれだけ日があっても足りないな。
まずは数トンサイズの巨大な容器を複数作って人海戦術で種類が違うものも含めてそれにお酒を流し込んでもらう。
力仕事なのでチアも活躍していた。
集まっているお酒も色々なので、種類ごとに味を調整していると終わりが見えそうにない。
酒造の人には悪いし乱暴な方法だけど、まあどのみち飲むのは大蛇だしな。
それから五日間、わたしはひたすら蒸留酒を作る作業に没頭する羽目になった。
予定通りたぬきちにも味見を手伝わせた結果、千鳥足で歩き回るたぬきが誕生していた。
とりあえず、当分お酒が見たくないという程度には頑張った。
「終わった~! これだけあれば絶対に足りるでしょ」
「おつかれさまです。とりあえず宿で寝たいですね」
「ねむーい」
別に付き合わなくてもいいのに、おりんとチアも付き合ってくれた。
手伝いの人たちも交代しながら絶えずいてくれた関係で、保管所で作業の待ち時間中に寝たり、力尽きるまでやってそのまま眠ったりという感じだったので、生活時間がずれている。
今は朝方だ。
たぬきちは横で丸くなって眠っている。
「よくやってくれた! 大蛇の方は移動範囲が広がってきているがまだ大丈夫だ。間に合ったぞ」
攻撃班のメンバー選定や依頼、大蛇の様子の確認や領主などへの報告などなかなか忙しいらしいが、ラウもたびたび様子を見にきてくれていた。
「他の者は今日出発する。決行は明後日の朝の予定だ」
「明後日か……大丈夫?」
気まぐれに大蛇が動き出せば、あの大きさだ。
突然、長距離を移動してもまったくおかしくはない。
「そうは言っても、俺たちだけじゃないからな。これが限界だ。大丈夫だと思うしかない。まだ出発するまで少し時間がある。今のうちに他のメンバーとも会っておくか?」
「ん-、じゃあ寝る前にあいさつだけさせてもらおうかな」
朝だけど、徹夜明けだ。眠い。
集まっていたのはラウを入れて六人だった。
そのうちの一人は、とてつもなく巨大な斧をかついでいる。
たしかにその戦斧なら、大蛇を切り裂く力さえあれば、あの首も骨まで切断してしまえそうだ。
なんであれを持てるんだろ……常時身体強化しているのかな?
「おお! おぬしが稲荷の遣いであるな! 酒を飲まぬ大蛇も飲むという極上の酒を造るとか! 今回はよろしく頼むぞ!!」
声でかっ!
戦斧使いの大男が、その体格から想像する以上の大音声を放った。
眠い時にやめて欲しい。
他の人たちはみんな腰に片刃の剣を下げている。
魔法使いなんかには見えないし、どうやって大蛇の首を斬り落とすんだろう。
「よろしくお願いします。……その人は大体わかるけど、他の人はどうやって大蛇を斬るの? 昔ながらの血刀術なの?」
「……古臭いものみたいに言うなよ。血刀術と糸刀術、あとは法術だな」
「この私も魔力糸と、加護の力である!」
「お前はほぼ腕力だろ」
糸刀術ってのは聞き覚えがないな。
頭が半分寝ている。
「血刀術ってなあに?」
たぬきちを抱っこしたチアが半分眼を閉じたまま尋ねる。
たぬきちは抱っこされたまま眠っている。お酒も入っているせいだろう。
「自分の体を斬って血を流しながら戦うっていう、頭のおかしい……」
「うわあ」
寝ぼけた頭で答えるとラウが横から声をあげた。
「おい! 魔力を込めた血を剣にまとわせる術だ! 例えば、俺だとその血を炎に変えたりできるんだよ」
ラウが剣を抜いた。
刀身には一続きの彫りこみが入っている。
「きれーい」
「ここに自分の血を流し込む」
「いたそー」
チアの眉毛がハの字になった。
うん、普通に引くよね。
「しっかり魔力を圧縮すれば、それほど量は使わないぞ。今回に限れば最大限注ぎこんでボン、だけどな」
ラウが自信ありげに笑いながら手を握ってから開いた。
自傷行為を楽しそうに語るなよ……。
魔術の概念がなかったこの国で、魔力を利用して戦うために編み出した方法がこの血刀術らしい。
魔力を込めた血を体の外に放出して、それを炎や氷に変えて攻撃しようとか、発想が乱暴すぎると思う。
「糸刀術ってのは初めて聞いたけど」
「血刀術と基本は同じさ。代わりに剣に魔力の糸をまとわせる」
ああ、魔術がこの国に入ってきてからできた技術かな。
魔力糸を操糸で巻きつけるわけか。
なんというか、戦闘方法がすべて剣術ベースなのかな。
魔力の使い方がガラパゴス的な進化をしている気がする。
「そっちの方が痛くないからいいんじゃない」
「実際、今はそちらが主流だ。でも、血なら放っとけば出るから意識を割かなくていいだろ?」
さも合理的だと言わんばかりな口振りだが、血を失ってる時点で合理的じゃない気がする。
ちょっと身を削りすぎじゃないの。
チアが一つあくびをした。
「なんか、チアにもできそう」
「やめて」
「体格が小さいと、それだけ失血のダメージが大きい。しっかり食べてでかくなることだな。それから、魔力を炎に変えるためには流派ごとに秘匿されている上位存在との契約が……」
「アドバイスもやめて」