132 好みの問題
チアは無事に大蛇から逃げ切ったようだ。
「あれ! 飲んでますよ!」
「へ?」
「本当か!!?」
おりんの声にお酒の方に目を向けると、巨大な頭の二つ、三つが舌を伸ばしてあっという間に酒を舐めとっていく。
「ホントだ! ……たぬき味でも付いてたのかな」
「付くか、そんなもの。……あれは、やはり稲荷神の特別な酒なのか?」
「ううん、普通のお酒」
興奮している見張りの男は、目を輝かせながら口元を釣り上げている。
酒が効くのなら完全に動きを止めてしまえる。
倒せる目が出てきたかな。
見たところ、全部を飲んでるってわけじゃないようだ。飲んでるのは仕掛けたもののほんの一部だけだな。
……もしかして、好みの問題だった?
大蛇がねぐらに帰っていったあと、チアと合流して川原に戻って確認する。
無視されている酒がほとんどだが、なくなっている酒がいくつかあった。
そこらに残っているお酒に反応してるのか、さっきまでおとなしくしていたたぬきがチアの腕の中でモゾモゾしている。
「ダメたぬー」
「ああ、たぬきちに飲ませちゃってもいいよ」
大蛇のつついたお酒なんて、どうせもう飲む気にはならないし。
チアが放すと、たぬきがさっそくお酒に向かった。
「たぬきち?」
「たぬきだから、たぬきち」
今、付けました。
「ロロちゃんの名前の付け方って、いつもそのまんまだよね」
「わかりやすいし、かわいいじゃん。日国っぽくない?」
黒い犬ならクロ、三毛猫ならミケさんだ。
「まあ、ロロ様にセンスのある名前を期待しても仕方ないですもんね」
「あれ、おりんまで……。自分の名前ねだっといて、ひどくない?」
「だって、自分で自分の名前をつけるのもなんか寂しいじゃないですか」
「……そんな感じだったの?」
他に誰もいないし、仕方ないからくらいのノリだったの?
たぬきちは最初に飲んでいたお酒のところに行ったが、大蛇に飲まれてしまっていてショックを受けていた。
「大蛇が飲んだお酒は、これと……」
上を向いて鼻をヒクヒクしていたたぬきちが別の樽に向かう。
たぬきちが器用に樽によじ登った。
「こっちのも飲まれてるぞ」
たぬきちがまたショックを受けている。
更に別の器に向かうが、それも大蛇に飲まれていた。
「これもですね」
「きゅ~ん」
たぬきちがしょんぼりしている。
なんか、大蛇に飲まれているのはわたしが錬金魔術で手を入れたお酒ばっかりだな。
共通点は……。
「全部が蒸留酒だね。強い酒がいいのかな」
アルコールが多くてカロリー高いからかな。
「蒸留酒? なんだそれは?」
見張りの男は蒸留酒を知らなかったらしい。
天狐は知っていたけど、金狐も白狐も知らなかったっけ。
「……んー、お酒から余計なものを抜いて取り出した強いお酒? 日国ではまだ一般的じゃないっぽいよ」
「なんだ、やはり特別な酒なんじゃねえか。そうなると量を集めるのは厳しいか?」
「わたしが魔術で普通のお酒から作れるから大丈夫。魔術でやらなくても、酒を沸かして湯気を集めればできるんだろうけど」
「本当か!?」
「ただ、蒸留酒なら全部飲んでるってわけでもないんだよね」
お試しで作って微妙だった失敗作はきっちりそのままにされている。
単にアルコール度数が高いものを飲んだというわけでもないのか。
まさかの、味の違いがわかる大蛇らしい。
「たぬきちも蒸留酒飲みたいの? はい、これなら残ってるよ」
舐めたたぬきちが、ぷいっと横を向く。
おおう……。失敗作はだめですか、そうですか。
蒸留酒に変えるのに必要な魔力量は少ないから、大量に変換するのはそれほど問題ない。
できたあと大蛇のお眼鏡にかなわなかったなんてのは困るので、わたしがやった方が間違いはないだろう。
今まで蒸留酒造りなんて、この国の人たちは経験がないわけだし。
なにより、蒸留からやるとしても、普通に行うならそのあと熟成期間がいる。
「ねえ、見張りさん。参考に聞きたいんだけど……眠らせたとして、あのでかくて頑丈そうな大蛇の首を破壊できる人っているものなの?」
最低でも石造りの家を真っ二つにできるとか、家を吹き飛ばせるとか、それくらいの能力を要求される。
もう腕力がどうとかいう次元の話ではない。
可能な人材が揃わないなら眠らせても意味がないもんね。
それなら時間をかけてでも十分な魔石を集めて、確実に魔法で倒した方がまだマシだ。
「多くはないが、いる。首の数だけと言われると厳しいな。大蛇を倒すために腕利きが集められているが、それでも確実にできると俺が断言できるのは五、六人ってところだ」
「結構いるじゃん。それなら、あとはわたしとストラミネアでいけそうかな」
魔石は心許ないが、それでもわたしも首の一本や二本はなんとかできる。
さすがにおりんやチアは今回は出番がなさそうかな。
そう思っていたら、おりんが手を挙げた。
「私も数に入れてもらっていいですよ」
「え? いけるの?」
おりんは精霊核が傷ついていてまともに魔力が練れないのだ。
あの大蛇相手にどうこうできるとは思えないけど。
「大蛇を眠らせるのなら準備時間をしっかり取れそうなので……そのあとはまともに動けなくなるので、しばらくはただのかわいい猫メイドさんになりますけど」
「……なるほどね」
奥の手的なやつを使うわけね。
「ロロ様、なるほどじゃなくて、もうちょっと何か言ってくださいよ」
どうやらツッコミ待ちだったらしい。
「かわいいし、猫だし、メイドじゃん。さてと、集まっていたお酒を作り変えるのはいいけど、町でどう説明したものかな」
「それは俺に任せとけ」
見張りの男が親指で自分を指した。
「今日中に交代の者が来るから、俺は今晩にも領主のところへ報告に行く。その場で事情を説明をして、お前さんに酒を造ってもらえるよう手配しよう」
「見張りさんは領主に雇われてたんだね」
「名前はラウだ。雇い主はもう少し上さ。これでも、さっき言った大蛇の首を落とせる人間のうち、一人は俺だ」
それなりに腕に覚えがあるのだろうとは思っていたけど、討伐のために招集された中でもトップクラスの戦闘能力を持つ人だったようだ。
この山奥から今晩中に領主の所までたどり着けるようだしね。
身体強化で走るのか、わたしたちみたいになにかしら奥の手があるのか知らないけど。
領主にも話をつけれるそうなので、ここはお任せしてしまおう。
「そりゃ失礼。じゃあ、ここにいても仕方ないし、先に町に戻らせてもらおうかな」
なぜかさっきからチアにくっついていたたぬきちは、今はそのまま抱っこされている。
チアに助けられたからか、懐いてるみたいだ。
「それ、連れてくの? まあ、置いといて大蛇に食べられるのもかわいそうだもんね」
せっかく助けたわけだしな。
これで食べられてしまうと寝覚めが悪い。
一時的に保護しておいた方がいいか。
「大蛇と好みが似てるみたいですから、ロロ様の作ったお酒の判定に使えるかもしれませんね」
意味がわかっているのかわかっていないのか、チアに抱えられたたぬきが尻尾を振った。