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13  スタンピードと風の探索者(1)

 炭焼小屋の洞窟の周りには、いわゆるダンジョン村がある。

 ジェノベゼからは徒歩だと一日、乗合馬車でも半日以上はかかるからだ。


 ヴィヴィパラは、炭焼小屋の洞窟のダンジョン村で宿屋兼飯屋を営んでいる元・冒険者だ。

 宿を始めて二十五年。冒険者もとうに引退し、もう年齢は六十をこえた。

 駆け出し冒険者ばかりのダンジョンなので、当然ながら安宿である。


 起きてきた連中を、さっさと朝飯を食って出ていけ、片付けられんだろう、とせかしていると、血相を変えた髭もじゃの爺が飛び込んできた。


 この爺の名前はタイラー。

 昔組んでいたパーティー『風の探索者(ウィンド・シーカー)』のメンバーの一人で、今はダンジョンの番人をしている。主な仕事は、ダンジョンに潜る冒険者の名前を記帳して、全員帰ってきているか確認をすることだ。

 

「おいっ、ヴィヴィ! 大変じゃ大変じゃ!」

「朝から騒がしいね。仕事はどうしたんだい」

「それどころじゃないわ! いいか、お前らもだ。よく聞けよ」


 泊まっていた冒険者たちもタイラーに注意を向ける。


「洞窟が崩落して、他のダンジョンに繋がった。そして、そこからランクAのモンスターが炭焼き小屋の洞窟に入り込んだのが確認された。わかるか、すぐに避難じゃ! ジェノベゼまで逃げるぞ!」


 魔物のランクは、討伐依頼が出された時にどのランクの依頼とされるかという分類だ。

 環境や個体、数などでも変動するし、あくまで目安程度のものだ。


「え、でも魔物はダンジョンからは出てこないんじゃ……」


 若い冒険者が、戸惑いながら口を挟んだ。


「そうかもしれんが、そうじゃないかもしれん……こんなことは、今まで聞いたこともないからな。少なくとも、そのモンスターは炭焼小屋の洞窟には登ってきおった。もし外に出てきたらお終いじゃぞ。ギルドも避難の方針じゃ。それでも残りたいなら好きにせい!」


 一気に喋りきったタイラーが、ぜいぜいと息を荒げる。


「あんたたち、聞いたならボサっとしてないで早く行きな! ジェノベゼまで逃げろと大声あげながらだ!」


 本当に非常事態なのだと気づいたひよっこどもが、慌ててガタガタと音を立てて椅子から立ち上がった。


「それで、モンスターってのは何だい?」


 動き出した冒険者たちが、再び動きを止める。


「……グリフォンじゃ」


 舌打ちが、静まった宿に響いた。




 声をかけて回るのは若い冒険者に任せて、タイラーと共に、冒険者ギルドの出張所を目指す。


「よりによってグリフォンとはね。飛んでこられちゃ、逃げたところで追いつかれるまであっという間じゃないか。それで、洞窟の入り口は塞いできたんだろうね」

「もちろんじゃ。門を閉めて埋めてきたわい」


 炭焼き小屋の洞窟には、こういう時のために鉄製の門があり、土と石の積まれた(やぐら)が設置されている。

 櫓は破壊して積んである土塊で入り口を埋めるためのものだ。


「一応聞くけど、幻術や誤報って線はないのかい? 今まで報告はないけど、ゴブリン呪術師(シャーマン)が出たって可能性もあるんじゃないかね」

「報告してきた中にはCランクのアーノルドとフィリフォリアがおったから誤報の線は薄かろう。話によると、グリフォンはボス部屋のゴブリン王と戦い始めたらしい。わざわざそんな幻を見せてこんじゃろう」

「なるほどね。ダンジョンの縄張り争いだけで終わってくれればいいんだけどね」

 

 そこまで話したところで、冒険者ギルドの出張所に着いた。

 人は出払っていて、残っているのは責任者のダレオと、買い取りと解体を担当しているキセロだけだ。

 出張所の向こうの通りから避難を促す声が聞こえてくるので、すでに指示を出し終わったあとなのだろう。


「こんなところに来てる場合か。お前らもさっさと逃げろ」


 元パーティーメンバーの解体屋が、あきれた顔で言った。


「年寄りは最後と決まってるんだよ。ダレオ、私らは逃げ遅れを確認しながら行く。あんたは戦えないし、ジェノベゼに報告がいるだろう。先に行きな。ああ、それと荷馬車の一つでも残しといておくれ」


 飛び出していくダレオを見送りながら、キセロは横から文句を言おうとしたのか、口を開きかける。

 しかし、そこで一度頭を振った。

 切り替えたのだろう。口から出たのは、状況確認の言葉だった。


「……ギルドにいた冒険者は東回りで行かせた。宿や店の方は?」

「うちにいた連中が行ったはずだよ」

「そうか。じゃあ後は中通りだな。一度中通りまで戻って、確認しながらそのまま村の入り口まで抜けよう」


 ここはダンジョン村だ。幸いなことに、歩くのがままならないような老人などはいない。

 逃げ遅れるとしたら、深酒をして昼過ぎまで眠っているような連中くらいだ。


「分かった。そうと決まれば行くよ」


 そこでキセロは、ようやくタイラーの持つ戦斧に気付いたようだった。


「久々に見たな、それ。一回振ったら、ぎっくり腰になるんじゃないか?」

「失礼じゃのう。キセロこそ、解体包丁の方がお似合いじゃぞ?」


 タイラーも、キセロの腰にぶら下がった剣を見ながら応じる。


「いいから、さっさとしな!」


 のんきな男どもにイラつきを覚えた瞬間、気がつけば持っていた杖で出張所のドアを殴りつけていた。


「……お前は相変わらず杖の扱いが悪いな」

「……よく今まで壊さずに持っていたものじゃわい」


 鼻を一つ鳴らすと、二人を放っておいて出張所を出て歩きだす。

 後ろから、慌てて追いかけてくる足音が聞こえてきた。

 



 村の入り口までたどりつくと、頼んだとおり一台の乗合馬車が繋がれたまま残っていた。


「逃げ遅れはおらんかったし、幸い三人だけじゃ。少し早足で歩かせるとしよう」


 タイラーが御者台に乗る。馬を扱えるのは三人の中でタイラーだけだ。

 自分も荷台に登り、走り回って疲れた足を休める。


「このまま何事もなければいいんだがな」


 荷台の上で、キセロが水筒を出して口をつけた。


「そうだね。ダンジョン内の縄張り争いだけで済むなら運がいい。明日からあそこは高難易度ダンジョンだ。金を持ってる腕に自信がある連中が集まるだろうさ。むしろ当たりを引いたと言っていいだろうね」


 あえて、切り抜けた後の明るい未来を語ってやる。


「洞窟のゴブリンどもが、ダンジョンから追い出されたらどうする?」

「村は荒らされちまうね。それでも、騎士団でも来ればすぐに片がつく。高難易度ダンジョンになるなら、もう一度店をやれば十分元が取れるだろうさ。ぎりぎり当たりってところかね」

「じゃあ、高ランクモンスターのスタンピードが起きたら?」


 キセロがにやりと笑って問いかけてくる。


「もちろん、大当たりさ」


 違いない、と三人で笑い合う。


 春の穏やかな陽気の中、馬車はトコトコと進んでいく。




 歩けば朝から日暮れまで一日がかりになるジェノベゼだが、乗合馬車ならもう少し早い。

 今の馬車には三人きりだし、しばらく使い物にならなくなってもかまわないつもりでタイラーが走らせているので、移動速度は更に速い。


 それでも、先に逃げた者たちの背中は未だに見えない。

 なんとも逃げ足の早い連中である。冒険者らしくて大変結構だ。


「三本杉が見えたか。そろそろ半分じゃのう」


 御者台のタイラーがつぶやいた。


 それが合図だったかのように、炭焼小屋の洞窟の方からかすかに咆哮が聞こえてきた。

 遠くの空へ浮かび上がる小さな影が見え始めたが、当然そのシルエットは鳥などではない。

 

「大当たりだ」


 三人の声がそろった。


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