127 天狐に会う
「こちら、ささやかですが」
「あの、別にもてなしとかは……」
「いえいえ、お通りになる際にお見苦しくないようにしているだけですから……」
巫女さんが呼んできた中で、一番立場が上らしき者に案内された。
神社の本堂や奥の院的なところや、道の掃除でもしているのかな。別に気にしないんだけど。
今は、大きな建物内の一室に通されてお茶と山盛り積まれたお菓子を出されている。
少し前にせんべいも食べていたのに、チアは早速お菓子を食べ始めている。
食べすぎじゃない? お昼ごはん入らなくなるぞ。
「よろしければ、黒稲荷様や金穂稲荷様のお話を聞かせていただけませんか」
黒狐と金狐の二人について、聞かれたことに差しさわりのない範囲で答えていく。
仕事柄、いろんな人と話をするのだろう。聞き上手な人だった。
しゃべりすぎないように気をつけないと。
カジュアルな雰囲気で話しているが、後ろでは別の者が必死にメモを取っている。記録として残す気満々だ。
ここで金狐ちゃんはツンデレとか言ってしまうと、むこう千年ツンデレ稲荷として語り継がれてしまいそうだ。
では、そろそろ……と席を立とうとすると、頭を床にこすりつける勢いでお願いされた。
「天柱稲荷様にお目通りされましたら、また少しだけでもお話をお聞かせくださいますよう、お願いいたします」
「あ、はい」
まあ、そうなるよね。
それからようやく山の奥の方へ案内してもらった。
「わー、変なの」
山の道には、大量の鳥居が並んでいて、くぐりながら奥へ進んでいく。
なんか前世でも見たことあるぞ、これ。
「神域と現世を分けるものと言われております。門のようなものとお考えいただければ」
「ねえねえ、ここってロロちゃんが行ってみたいって言ってた、門がたくさんある神殿?」
「え? ……ああ、そうか!」
――それは、一つくぐる毎に異界に近付く門の連なる神殿。
異界というのが神域を示すならたしかに間違いではない。
門や神殿って響きと異界につながっているという話から、石造りの地下遺跡みたいなイメージがあったせいで、言われるまで気づかなかった。
「なにか仕掛けでもあるんでしょうか……これだけあると圧巻ですね」
「まさか、こんなところで見るとは……」
「いっぱいあってすごいねー」
鳥居だらけの神社って、知ってるものだった的な感じが否めなくて、素直に感動しにくい。
こちらにもあったという意味ではすごいんだけど。
一度鳥居群が途切れた。
少し進むと、登り道にまた大量の鳥居が並んでいた。
色が違うものなども混ざっていて、妙な気配がする。
「伝承どおりでしたら、通れる者は選ばれた者のみです。我々はついていけないかもしれません」
そういって、前へ促される。
今度は、神主さんと入れ代わって先に立って歩き出した。
「霧が出てきましたね」
「うん、結構濃いね」
振り返ってみると、もう霧しか見えない。神主さんたちの姿はなくなっていた。
「普通の霧じゃなさそうだね。向こうはここまでってことかな。ストラミネア、はぐれてない?」
「はい、ここにいます」
露骨に結界の類だな。
幸い、こちらは全員はぐれてないようだ。
うーん、この色の違う鳥居かな……。
いや、普通のに見せかけてこちらの鳥居も……。
鳥居の下にしゃがみ込む。
「ロロ様、何してるんです?」
「この鳥居、根本になんか掘ってある……ちょっと写させて。あと、上の方にある文様も気になるし」
「そういうのは用事が終わってからにしたらどうですか?」
「だって、もうここに来れないかもしれないじゃん。金狐ちゃんと黒狐姉様の手紙があるからかもだし……あ、こっちの鳥居は違う刻印がある」
「ええ……」
しばらく鳥居を調べてから、気が済んだところで出発する。
「よし、じゃあ行こうか。手をつないどこ。ストラミネアも念のために精霊核わたしが持っとくから渡して」
「はーい」
「承知しました」
しゃがんでいたわたしの背中におぶさっていたチアが立ち上がった。
三人で手をつないで進む。
さっきの神主さんたちみたいにはぐれたりしたら困るからね。
鳥居をくぐりながら道を登っていくと、霧が晴れて緑が急に濃くなった。
こんなに木が茂ってたっけ。急に山の雰囲気が変わってきたな。
色の違う鳥居の横を通り過ぎた瞬間、耳鳴りがして景色が変わった。
前触れもなく、突然巨大な洞窟の中を歩いていた。
鳥居だけは変わらず並んでいる。
「あれぇ?」
「別の空間に飛んだ!?」
壁の表面には青い鉱石が顔をのぞかせている。
気になるけど、さすがに採取はマズイかな。
「ここ、本物?」
「……だと思うけど、あんまり触らない方がいいかも。とりあえず進もう」
また耳鳴りがして、今度は霧の深い凍った水面の上に変わる。
やっぱり鳥居だけはそのままだ。
「凍ってる!」
「すべって歩きにくいですね」
「寒いから早く抜けよ」
気付くと今度は夕焼け空が見えていて、雲の中にある朱塗りの木造の橋の上にいた。
立ち止まっていいのかわからないけれど、ついつい足を止める。
「すごい、雲より上にいるよ。赤くてきれーい」
「燃えてるみたいですね」
「絶景だねー」
一面に見える朱とオレンジに照らされている雲がゆっくりと流れていく。
橋の上から景色が変わり、山の上にある和風のお屋敷の前にいた。
「ここが目的地かな」
「おもしろかったねー。今のなんだったんだろ」
「空間のつなぎ目だと思うけど、帰りにも通るかもね」
ただの結界群かと思ったらまるで別物だった。
特別な空間へつないだ結果、入り口がああいう感じになったんだろう。
境目の世界はどこに通じているのか、ものすごく興味がひかれる。
探検してみたいけど、空間が不安定だったらそのまま神隠しにあってしまうという恐れがある。
「おじゃましまーす」
「失礼しまーす」
靴を脱いで入ると、奥から女性の声がした。
「おー、こっちだぞ。入ってこい」
友達の家か。
ツッコミたいけど我慢する。
「おう、よく来たな。私が天狐だ」
そこには文句のつけようがないくらいに真っ赤な色の髪と、数えないと何本かわからない数の尻尾を生やした稲荷神が、派手な着物を着崩していて、それがどこまでも似合っていた。
「初めてお目にかかります、天柱稲荷様。ごあいさつのためにおうかがいさせていただ……」
「天狐って名乗っただろうが。天柱稲荷なんて名前で呼ぶのは氏子の連中だけで腹いっぱいだ」
なかなかワイルド系だな。
おりんは既に少し引いているが、チアはこういう時もまったく物怖じしない。
「ここにくる道、おもしろかったー」
「おう、おもしれえだろ。あそこはその時々でどこにつながってるのかわかんねえからな。この前なんて、ひたすら墓場巡りで、スケルトンのおまけ付きさ。笑えるよな」
笑えませんけど。
笑うポイントどこにも見当たらないですけど。
そんなのにあたっていたら普通に引き返してたぞ。
「ええと、黒狐様と金狐様からの手紙です」
「おう……んー、黒狐のやつ、普段は変わりありませんしかよこさねえくせに、珍しいな。何枚書いてきてんだ」
手紙に目を落としながら、天狐が口を開く。
「お前、いきなり黒狐を訪ねるとか運がいいな。実体持ってるやつは、あいつと金狐しかいねえからな」
「やっぱり珍しいんですね」
黒狐、金狐と実体のある神が続いたから、日国の神はそんな感じなのかと思いかけていた。
ここが特殊な空間なせいで普通に見えるけど、その口ぶりからは天狐も実体はないようだ。
「実体があるとマナを扱う難易度が違うんだ。金狐は生まれが特殊なのもあるが、黒狐はあいつ、本物の天才だぞ。私並みだな」
「難易度が違う……?」
「体がある方が感じとりにくいんだよ。五感と関係ねーからな……お前、この手紙見たか?」
「見てないです」
あれ、今さらっと重大情報言わなかった?
天狐が手紙を横に放り出して、今度は金狐の手紙に目を通す。
こちらは一枚だけだ。
「お前に修行をつけてくれ、やらないなら黒狐がやるから許可をくれってよ。その先はお前が神になった時のメリットが長々と書かれてる」
師匠にあたる神様に修行のお願い?
黒狐、そこまでしてくれようとしてたの!?
「一度手助けしただけなのに、至れり尽くせりですね」
「うーん……身内認定すると甘いタイプなのかな……」
「ああ、いますね。そういう人」
おりん、なんでわたしをじっと見るの。
自覚はあるけど。
「お前に恩を売っとけば、異世界の農業知識が得られ、この国では珍しい魔術師にツテができる。それから上手い酒と料理に向こう百年困らないって書いてあるぞ」
最後の酒と料理に黒狐の本音を感じた。
わたしに知らせてなかったのは、期待を持たせると、駄目だった時に悪いと思ったのだろう。
「本当に知らなかったみたいだな。金狐の方は、黒狐を支持するって感じか……こいつ飯と酒のことしか書いてねーな。まあ、できないんだけどよ」
修行の話を聞かされたと思ったら、そのままあっさりと天狐に無理だと告げられる。
「そうなんですか」
「お前、私の修行を受けられないって話だぞ。もっと落ちこめよ」
「そう言われましても」
理不尽なことを言われた。
それだけの力があるんだろうけど、すごい自信家だな……。
それはともかく、わたしの目標は単に神になることじゃない。
あくまで魔法使いの道の先にあった神になる扉を開くというのが目標だ。
天狐の元でただ神にしてもらうというのは、違う気がしている。
「お前、魔法使いだろ? 私らとはマナの使い方が違うからな。お前は自力でやり方をつかむしかないんだよ」
なんかすごく軽い感じで大発見レベルの大事な話をされたんだけど。
「だからって、何もしてやれないわけでもねえんだけどな。やり方は違うが、ほんのさわりだけでも教えてやれば、それだけでまあ違うだろ」
「……いいんですか?」
ヒントをもらうって感じかな。
それくらいならいいんじゃないかな。
ありがたい申し出として受けさせてもらうことにする。
「私がいいと思えばいいんだよ。結局はお前の中で感覚がつながらないと意味ない話だしな……ってことで、とりあえず酒と肴だ」
「……はあ」
要求された通りにお酒と料理を並べると、一切の遠慮なく飲み始めた。
「へえ、なるほど。こりゃすげえ。黒狐が言うだけのことはある。お前の知ってるって酒はこれより上等なんだろ?」
「まあ、そうですね」
「ここらの酒はもう西に運ばれちまってるからな、酒ってだけでありがたいとこだが……まあ、一応私も立場があるんでな。お使いの一つ二つくらいはやってもらうぜ。そのあと、銀狐のとこに行ってからここに来い。そうしたら、ちょっとばかし教えてやる」
西の方に都とかがあるのかな。それとも西で大きなお祭りとか?
「天狐さま尻尾いっぱいー」
「いいだろ、最高の枕だぞ。お前も一本生やしてみるか」
天狐がチアの頭をぽんぽん叩く。
一杯いっとくかくらいのノリで尻尾を生やそうとしないで。
「あれ、お前……へえ。ついでにお前の修行もつけてやるか」
「しゅぎょー?」
「お前らにはそうだな……まずは白狐を起こしてきてもらうとするか」