125 金狐の加護
仕方ないので、金狐や子供たちと遊んだその日は、宿に泊まった。
宿は畳じきだった。
今度家にも畳スペース作りたいね。
それはともかく、朝から金穂稲荷の社にいくと、なぜか境内に子供たちが集まっていた。
「あれ? 朝は手伝いとかあるんじゃないの?」
「それがね……」
「起きたら、朝の仕事が全部終わってたんだ」
「え?」
「こっちもだ。何もしてないってのに、今日は仕事が早いなって父ちゃんに褒められちまった」
戸惑っている子供たちをよそに、金狐が元気にやってきた。
「さあ、遊ぶわよ!」
まあ、間違いなくこの子の仕業だよね。
他にそんなことをしようと思う者にも、実行できそうな者にも心当たりがないし。
早く遊びたかったから、子供たちの仕事を片付けてしまったのだろう。
子供たちは遊び始めると仕事が終わっていた件はもう忘れたらしい。
夜の間にボールを一個作ってみた。
今日はサッカーやドッジボールなど球技で遊ぶ。
夕方が近くなってきて、みんな疲れてきたので、休憩がてらかくれんぼになった。
これはチャンスだ。
金狐が隠れようとしているところに、こっそりついていく。
「あの……金狐様?」
「ああ、黒狐の手紙は読んだわ。銀狐様はしばらく来てないわよ」
わたしには自分が金穂稲荷だというのを隠すつもりはないようだ。
普通に受け答えしてきた。
お社に黒狐が書いてくれた紹介状的な手紙を置いておいたのだが、どうやら読んでくれていたみたいだな。
「ありがとうございます」
「悪いわね。チアに見つかっちゃったから、せっかくだし楽しませてもらうことにしたの。ロロもいるから、この姿でも目立たなくていいしね」
金狐が自分の尻尾を撫でる。
昨日からずっと遊んでいるせいか、普通に愛称呼びされている。
「ま、どうせ私の記憶は消しちゃうんだけど」
金狐が肩をすくめる。
いつものことだと慣れた様子の向こうに、寂しさが見えた。
「なんで記憶を?」
「ほいほい現れたら、神様の威厳がなくなっちゃうでしょ。そのために普段から見えないようにしてるんだから」
あれだけ楽しそうに遊んでいたくらいだし、普段は我慢しているんだろうな。
「……威厳いります? 金穂稲荷様って、豊穣神ですよね」
「お母さまがいた時は、姿は見えなくてもそれだけで神社の空気が引き締まっていたものよ……。それに、私だけじゃなく他の神々まで軽んじられるようなことになったら困るわ」
ああ、身近で手本にしていた、母親のお稲荷様が威厳のあるタイプだったのか。
ソフィアトルテや蜘蛛神など、中身を知ると親しみが先に来るタイプもいる。
それでも、彼らがどういった存在なのかを知っていれば、軽んじるような真似をしようとは思わない。
金穂稲荷が豊穣神としてしっかりと認められていれば、子供と遊んでいるくらいで軽んじられたりはしないんじゃないかな。
黒狐様も『失われた野生』状態になってたし、神様でも多少気を抜いていいと思うんだけど。
「そっくりきれいに記憶を消す必要はないんじゃないですか。一部認識に制限をかければ、遊ぶくらい大丈夫でしょう」
「……どういうこと?」
「人間側から見た話になりますけど、わたしの知ってるお話だと……」
よくある昔話的なものをいくつか金狐に話して聞かせる。
神社で遊んでいると、気付けばいつも一人増えている。全員がお互いに知っていて、誰かはわからない。でも帰るときになったら戻っている。いなくなったのが誰なのかは思い出せない。
みんなが、それぞれお互いに友達の妹だと思いこんでいる子がいた。大人になって話をしてみると、実は誰の妹でもないことが判明する。みんな知っているけれど、どこの子なのかわからない。名前も思い出せない。
どちらも、あれはもしかして神様だったんじゃないかな、みたいなオチの話だ。
「そっか。思い込ませて、そこで話を止めるってわけね」
「ええ、子供たちだけで。……金狐様がそういうこともできるのならですけど」
「うん、いいわね。できると思う。そういうやり方は考えたことがなかったわ。どこの里の神か知らないけど、結構みんなそうやって遊んだり息抜きしたりしているものなのね。少し気楽になったわ」
あ、勘違いさせちゃったかな。
異世界の話とは今更言いだしにくい。
まあこっちだってそんな神様くらいいるだろう。
セーフ、セーフ。
「おーい、よその神社から来たいう者はおるかのう」
一人のおじさんが、かくれんぼの鬼のごん太と一緒に歩いている。
相手は大人だし、とりあえず金狐は隠れさせたまま私だけ物陰から出た。
「ん、お前さんか。わしは今年のお稲荷様の世話役なんじゃが、神社に用があったらしいと聞いての、聞きに来たんじゃ。わしらにも関係のあることかいの?」
ああ、神社に来ていたのを子供たちから聞いたのかな。
「いえ、わたしはウグイス沢の向こうの山の黒稲荷様の所から、他の稲荷神社に向かう途中で、こちらには金穂稲荷様にあいさつに寄っただけです」
「おお、なんじゃ、そういうわけか。……ところで、お前さんはお稲荷様の耳や尾があるのを見るに、巫女か何かかの。もしかして、金穂様に直接お目通りできたりするんか?」
「ええ、まあ……」
さっきまで思い切り話をしていたし、後ろの物陰でその金穂様は今も話を聞いている。
「それは羨ましいのう。わしらは見たことはねえが、美しい方なんじゃろう」
「それはもう。目もくらむばかりの長い黄金色の髪と立派な尻尾をお持ちで、見たこともないほど美しい方です」
「ほお! そうか、そうか。そりゃ他の者にも聞かせてやらんとのう」
おじさんが嬉しそうにうなずく。
あれ、言いすぎたかな。なんか後ろからプレッシャーを感じる。
「ここらの地方ではな、どんなに夏が冷やっこくても、大風が来ようとも、必ず立派に穂が実る。飢えなしの金穂様言うてな。そりゃもうすごい神様なんじゃ」
お、プレッシャーがやわらいだ。
いいぞ、おじさん。もっと言って。
世話役するくらいだから、信仰に篤い人なのだろう。
「優しい神様でな。ここいらの近くの者は皆、子供は神社で遊ばせるんじゃ。それはなんでか言うとな……」
おじさんが相好を崩す。
「金穂様はな、子供たちが遊んでおると、自分も子供の姿になってそっと見守ってくださるんじゃ。だから、ここなら安心なんじゃよ。本当じゃぞ。見たという者がおるんじゃからな」
見られてるじゃん。
チアにも見つかってたし、子供たちが気になったりすると隠れるのが雑になるのかもしれない。
後ろの金狐の気配は、焦っているようなものに変わっている。
「もしお伝えできるなら、お礼を言っといておくれ」
「あ、はい。普段のみなさんの感謝の声も届いていると思いますけど、一応お伝えしておきます」
まあ、後ろで聞いてるし。
そろそろ、おじさんの横にいるごん太が焦れてきたようだ。
「おっちゃん、もういい?」
「おう、すまんすまん」
おじさんが帰っていき、ごん太は仕切り直すために離れた場所で数を数え始めた。
金狐と一緒に、改めて隠れる場所を探して歩きながら話をする。
「すごい崇められてますね。あの感じなら、軽く見られる心配はないんじゃないですか」
「ま、まあね!」
「あと、見つかりすぎじゃないですか?」
「うぐっ……」
「……ちなみに、飢えなしの金穂様ってのはホントなんです?」
「もちろん、本当よ」
ひるんでいた金狐がいばって胸を張る。
とりあえず、目に入った大きな木の後ろに回り込んだ。
「毎年力を使って実りを豊かにする神もいるけど、私は神通力をいざという時のために貯めておくの。私がいるうちは、不作で食べるものがないなんて、絶対に起こらせないんだから」
やっていることは大地神の神官と似ている感じかな。
あちらは地力を回復させていたが、豊穣神だから作物に直接力を与えたりもできるのだろう。
それもさっきのおじさんによると、一地方をだ。
神とはいえ子供っぽいなんて思っていたが、やっていることの規模はさすがにケタ外れのようだ。
「それより、目もくらむばかりとか、見たことのない美しさとか、何よあれ!」
「えー、いいじゃん。……いいじゃないですか」
「別に遊んでたときのしゃべり方でいいわよ」
「そう? だって金狐ちゃんかわいいし、将来絶対に美人になるよ」
「なななっ!?」
照れて真っ赤になってしまった。
普段は姿を見せてないらしいし、あんまり外見を褒められ慣れたりしてないのかも。
「髪もさらっとした金髪だし、尻尾もふわふわしててかわいいし、顔立ち整ってるし、吊り目気味の大きな目なんて吸い込まれそうだし」
「もういいから!」
「誰に聞いてもきれいだって言うとおも……むぎゅ」
「だからもういいってば!」
金狐に口を塞がれる。
木の陰をのぞき込んできたごん太と目が合った。
「かくれんぼしてるのに、なんででかい声出してんだ?」
「ロロのせいよ!」
「ええ……」
そのまま夕方まで遊んだ。
夕方になって解散しても、今日は金狐は姿を消さない。
チアとおりんと一緒にお社の奥の方へ案内された。
「場所を変えるから、ついてきなさい」
一番奥の部屋に入ると急に空気が変わった。
山の朝のような、澄んだ感じだ。
「結界を張っているから、もう私たちは見えないし、入れないわ。結界の外からだと、なぜか入れない不思議な部屋って感じかしら」
金狐が手を出す。
「黒狐には渡したんでしょ。手紙にあったわよ。ほら、私へのお供えは?」
神様の方からお供えを要求してきた。
子供の神様だから、えーっと……。
「はい、お菓子」
「わーい、甘~い。おいしー!」
「チアも食べるー」
「紅茶が欲しいですね」
金狐と一緒に遅めのおやつタイムにする。
金狐はマドレーヌとシュークリーム、更にチョコアイスまで平らげた。
「って違うでしょうが!」
「ごめん、もうご飯だった?」
「ハフッハフッ、この生姜焼きはご飯が進むわね。おかわり!」
「チアもおかわり!」
「……ってだから、違うでしょ!
しっかり食べながら何言ってんだ。
「お酒よ! お酒! 黒狐の手紙にあったわよ!」
「……でも、金狐ちゃんまだ子供じゃない」
「そこらのお爺さんよりよっぽど長生きしてるわよ!」
ですよね。
まあ、そうじゃないかとは思っていたけど。
そういうことなら、とお酒を渡す。
昨日の夜、宿ではやることもなく暇だったので、お酒に錬金魔術を使って色々試作していた。
一応ストックはある。
「これが上澄み酒ね。こっちのは?」
「それは焼酎……えっと蒸留酒」
「ふーん? ん……これ、いいじゃない!」
「そう? せいぜい、それなりレベルじゃない? 喜んでもらえたなら嬉しいけど。あと、割って飲んだら?」
まだ試作一日目だからな。
基本的にほぼ完成してるものをいじっているだけだし、本気でいいものとなると、手応え的にお酒を造るところから関わらないといけない気がしている。
そこまでやるのはちょっとね……。
「チアもー」
「お酒はダメ」
つまみも並べると、ご機嫌でお酒を飲み始めた。
しばらくしてようやく満足したらしい。
結構な量を飲んだのに、金狐はケロッとしている。
黒狐はもっと少ない量でもう酔っていた感じだったので、神様だからというか、普通にお酒に強いんだろう。
「……うん、なるほどね。たしかに黒狐の言うとおりかも。ロロ、ちょっとそこに座りなさい」
「座ってるけど」
たくさん食べてそのまま横になっているチアに、金狐が蹴つまずいた。
あれ、もしかして酔ってる?
顔に出てないだけかな。
金狐がビシッと指を突き付ける。
「口答えしないの!」
「そっちはおりんだよ」
やっぱり酔ってるな。
金狐がわたしの方を向いて、頭に触れた。
あれ、今のスッと入ってくる感じは覚えがある。
「金狐ちゃん?」
「私の加護よ。黒狐のよりは、私の耳の方が今の色に近いでしょ。加護を取り上げられるとは思わないけど、銀狐様は真面目で筋を通したがる方だから、念のためよ。たいした加護与えたわけじゃないし、勘違いしないでよね」
「ツンデレ?」
ツンデレのテンプレみたいなセリフを言っている。
「ツンデレ……? 何それ。それよりお酒は? もっとないの?」
「あるけど、また明日にしたら?」
「明日……そう、そうよね! じゃあ、私がいいって言うまでここにいなさい。昼は遊んで、夜はお酒よ。いいわね!」
要求内容の昼と夜のギャップがすごい。
黒狐の時といい、なんか酔わせて加護をもらっちゃってるような……。
色々大丈夫なのか、これ。せめて素面のときにした方がいいんじゃないか。
「……いつ出発できますかね」
「急いでるわけじゃないし、別にかまわないけど……。ストラミネアが追いかけてくるのにちょうどいいと言えばちょうどいいかもね」
ストラミネアは念のために黒狐の所に残って、寄生ミミズがまだいないか数日様子をみてもらうことにしている。
寝転がった金狐は、チアを枕にしていびきをかいていた。




