120 黒い狐
北の山に向かい、社を訪ねる。
おお、鳥居が黒い。
ちょっと変わった形の鳥居だな。
似てはいても何もかも前世と同じではないようだ。
置いてある狐の像も黒い。
「わー、黒いきつねさんだ」
チアが早速撫でている。
「何か感じたりします?」
「なんにもないね」
ワンルームサイズの社からは特に何も感じない。
「まあ、神様の声が聞こえるとか、そんな都合よくいかないでしょ。信心深いわけでもないし」
むしろ山奥の方……山そのものに薄く嫌な気配を感じる。
「ストラミネア、探知してみて」
「承知しました」
「ロロ様も感じましたか。なんとなく、山全体に嫌な感じがありますね」
おりんも気付いていたらしい。
「魔力反応はありますが……特別強力なものはありませんでした。むしろ、魔力の微弱なものが非常に数多くいるようですが……」
「ふーん? なんだろ。虫系の魔物が大発生してるとかかな」
「虫さんかわいくないー。ロロちゃん、どうするの?」
「ちょっと気になるから調べてみるかな。お稲荷様の山だし、人里も遠くないし」
わたしたちは山の中へ踏み入った。
「ストラミネア、数が多い魔物について、何かわかる?」
「主に水場を中心に存在しているようですね」
魚系か、水生昆虫系とか?
魔力量的に雑魚っぽいけど、この辺の土着の魔物かな。
「ロロちゃん、向こうに鹿がいる」
「ん? あ、本当だね。……なんか、弱ってる?」
チアの指差す方を見ると鹿がいた。
動きは鈍く、不確かな足取りで歩いていく。
「仕留める?」
「様子がおかしいから、ちょっと待って」
そもそも、ここはお稲荷様の神社がある山だ。
動物を殺したりするのは現地のルール的にどうなんだろう。不必要な殺生はやめておいた方がいいかもしれない。
おばちゃんに聞いとけばよかったな。
「病気とかですかね」
「なんだろ……あ、川に行くみたい」
そのまま見ていると、沢に下りた鹿が水を飲み始め……そのまま体が崩れ落ちた。
川に頭をつけていて、頭部は完全に水の中だ。
「……死んだ?」
「……そのようですね。たまたま……ですかね」
おりんの口調からは、そうであって欲しいという気持ちがひしひしと伝わってくる。
目の前で奇妙な死に方をした鹿に気味の悪さを感じていると、チアが能天気に鹿を指差した。
「あれ、食べれるかな?」
「絶対やめて」
……もしかして、川にいる魔物にやられた可能性もあるかな?
「ストラミネア、川の魔物は?」
「……反応と照合すると、貝でしょうか。鹿の体内にも反応があります」
「げ。今飲んだ水に入ってたのかな。それが原因だったりする……? でも、もともと弱ってたみたいだったし……」
「かなり数が多いです。目に見えないサイズの貝がいるのかもしれません」
ん? 何かがすごい早さで近づいてくる。
「何か来る!」
やぶの中から現れたのは、真っ黒な狐だった。
「……お稲荷様の遣い?」
こちらを見た黒い狐がきゅーん、と鳴いた。
「なんだろ?」
「狐の言葉はわからない?」
「すみません。ちょっとわからないです」
当たり前みたいに話しかけてきた黒い狐に応じる。
「普通に会話しないでください」
「わー、きつねさん、しゃべったー!」
「遣いじゃない。私がこの山を治める黒稲荷」
ソフィアトルテみたいに、生身のままの神様!?
それとも依り代に降りてきているのか。
どちらにしてもすごい。
ご先祖に加護をくれた神様を探すのに、こんな手掛かりを逃がすわけにはいかない。
「あなた、誰の遣い? 風の精まで連れて何か用?」
さすが神様を名乗る者だ。
一目見て、わたしに他のお稲荷様の加護があるのを見抜いたらしい。
「先にあちら」
言うが早いか、黒稲荷はサイズに見合わないパワーで鹿をくわえて引きずり上げた。
黒稲荷が鹿を見つめると、地面が沈んで深い穴になって鹿が落ちていった。
穴を埋めると、黒稲荷は踵を返す。
「見た通り、山で病気が流行っている。私はその対処で忙しい」
背中を見せようとした黒稲荷に慌てて声をかける。
「あ、あの……手伝います!」
「……助かる」
ここで手がかりを失うわけにはいかない。
「どういう病気なんですか?」
「わからない。でも、死体を放っておくと病気が増える」
ギリッと、黒稲荷の口からは音が漏れた。
淡々としているように見えるが、山の神という立場なのに、原因を突き止められず、解決の糸口がつかめないことが悔しいのだろう。
「弱っていって、必ず水を飲みながら死ぬ。神通力を使って回復させ、病気を治したはずでも、またすぐに弱った。だから、本当は病気じゃないのかもしれない」
神通力というのはマナのことだろう。
水を飲みながら……ノドが渇くのかな。
弱ってから死ぬのなら、先ほどの魔物は関係なさそうだけど、遅効性の毒を持つ魔物という可能性もある。
毒なら病気ではない扱いになるかもしれない。
「……この山だけなんですか?」
「範囲は広がってきているが、今はまだこの山だけ」
原因不明で範囲は拡大中ときたか。
普通に怖い。
「ちなみにですけど、さっきの鹿みたいに死んだものを解剖……切り刻んで、調べたりされました?」
わたしの発言に、黒稲荷が目に見えてドン引きした。
少し後ずさりまでしている。
「いや……死体は、山に還しているから」
「必要だと思ったら、さっきの鹿とかやってみてもいいです?」
わたしが一歩近づくと、その分だけ黒い狐が後ろにさがった。
「食べないのに、死体を刻むの?」
「死因をさぐれば解決できるかもしれませんし……」
「合理的ではあるが、野蛮。子供は恐れを知らない。それとも、血を見るのが好き?」
「ひどい」
人を猟奇犯みたいに言うな。
「獲物を解体するのと似たようなものですよ……。ねえ?」
「こちらに聞かないでください」
あれ? おりんまでそういう感じ?
いや、別に普通の発想だよね。
「もしかして、黒稲荷様には山の生き物は家族的なものだったりします?」
それなら納得できる話だ。
「そこまでではない。人間の感覚で言えば、庭でよく見かける顔なじみの生き物程度」
山の神様だもんな。一頭一頭に特別な思い入れはないか。
でも、見知った顔なら解剖するのは嫌かもね。
「上の湖の周辺に被害が多い。私はそこへ行く。何か原因を思いつくなら言って」
「わたしたちも行きます。……ストラミネアは魔力反応を気にかけといて」
「魔物の貝を疑っているんですか?」
「うん。それに、思いつく原因を端から除いていくしかないでしょ」
犯人を探すなら、魔物は容疑者にしたくなる。
違うにしても、可能性をさっさと排除しておきたいところだ。