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12  精霊との再会と、異変の始まり

 遺跡もどきだ……懐かしいな。と言っても、記憶が戻ってからまだ二、三年しか経ってないんだけど。

 わたしは帰ってきたぞー。

 

「はーい、村長。とりあえず体を洗ってきていいですか」

「………………はぁ……」


 わーいわーい、魔石シャワーで暖かいお湯のかけ流しだ。

 シャワーというか、上からお湯が流れ出てるだけなので、どちらかと言えば打たせ湯かも。


 そこらに設置してある魔石の一つでも使って洗浄魔術を使えばいいのだけど、怪しまれてしまうから素直にお湯で身体を洗う。

 これから、最低でも帰りの道中、七日間は身体を洗えないのだ。今洗わずしていつ洗う。

 魔法の鞄(マジックバッグ)を取り戻せば、石けんがあるんだけどな。服を洗えないのも残念だ。


 できるだけ体から水気を切ってから、シャワー用の魔石を外すと、暖かい風で体を乾かす。

 魔石が手の中で砕けた。


 今までもそれなりに獣人たちに使われていたんだろう。

 遺跡にたどりついた時の話を聞いた感じだと、飲み水として使っていたのかもしれないけど。


 外に出ると男二人が並んで空を見上げていた。


 なんか、ごめん。




「お待たせです。では、改めて」


 わたしは遺跡の真ん中にある、中央に猫の像がある噴水の正面に立つ。


「リンカーネイト、開けて」

 

 噴水が後ろに動いて、階段が現れた。


「おおっ……!」

「開いた……今の呪文は?」

「噴水の上の猫の名前ですよ。では、入りましょう」

「リンカーネイト様……」


 なんか、様付けになってるな……。


 階段を下りた先の通路に足を踏み入れた。奥には左右に部屋がある。

 一つはマジックバッグ、もう一つはわたしの記憶を管理していた精霊と連絡するための魔方陣だ。


 まずは右の小さな部屋でマジックバッグを回収。

 マジックバッグの外見自体は、普通のシンプルな革のカバンである。


「それは……」

「これが、わたしへの贈り物だそうです」

「普通のカバンに見えますな……中には何が……?」

「まあ、ひとまず精霊と話をしに行きましょう」


 もう一つの部屋に向かう。

 こちらは先ほどの部屋とは比べ物にならない巨大な部屋になっていて、その床の中央に魔方陣が刻んである。

 魔力がなく、かつ魔石がない状況でも精霊に連絡が取れるようにと刻んでおいた魔方陣だ。

 周囲の魔力を緩やかに集めて、必要な魔力をまかなっている。


 村長とリーガスは警戒して、入口から入ったところで立ち止まった。

 わたしはそのまま魔方陣の手前まで進む。


「ストラミネア、応えて」


 名前に反応して、魔方陣に光が走る。

 中央に、白と紫で構成された女性型の精霊が現れた。その身体は半分透けている。


「……お呼びですか」


「話を合わせて。余計なことは言わないで」


 口の中でつぶやいておく。


「カバン受け取ったよ」

「おめでとうございます」

「……このカバンも、中身も、わたしのものでいいんだよね」


 わたし以外は中身を取り出せないように設定はしてあるが、一応村長たちへの牽制として言っておく。


「もちろんです。あなたのものですので、どうぞ受け取ってください。これから、あなたがするべきことのために、きっと役に立つでしょう」


 淡々とした精霊の声が、それっぽいことを答える。なかなかやるな、この子。

 よし、このまま終わりにしてしまおう、と思っていると村長が口を挟んできた。


「精霊様、私からもよろしいですかのう」

「……ええ、なんでしょう」

「ロロナ殿を精霊様に託されたのは、どなたなのでしょう」

「……えーっと、この遺跡を残された方です!」


 ボロが出るの早いな!

 えーっと、とか言うな!


 この遺跡もどきを残したのはわたしなので、間違ってはいないけど。


「それはつまり、リンカーネイト様というお方ということですか?」


 あれ、何言ってるの?

 村長の中でどうつながったんだろうか。


「そうですね!」


 じゃあそれで! という言葉が後ろに見える。

 だめだ、この精霊。意外とアドリブがきかない子だ。

 ちょっといい顔で言ってるのがイラっとする。


「リンカーネイト様とはどのようなお方なのですか!?」


 ストラミネアが、それなら分かる、という顔をした。


猫人(ねこびと)で、半分火の精霊となった方です!」

「おおっ!」

「我らの信仰する火の精霊へ……そのようなお方が……!」


 何か感極まってる!

 死にかけてたところを見つけて、助けるために研究中の人工精霊と合成したからだよ!

 修行して進化したみたいになってるよ!




 そこで突然、前触れもなく空気の質が変わったのをわたしは感じ取った。


「ん、外で何か起こってる? ストラミネア、分かる?」


 空気が冷え込んでくる。

 何かがおかしい。しかも、これは尋常じゃないやつだ。

 一体何が起きているのか。


「少々お待ちください。……この場より東北東にて大量に魔物が発生しているようですね」

「なにっ!?」


 リーガスが外に飛び出そうとするのを、服をつかんで引き止める。

 わざわざ見に行くよりも、ストラミネアに情報収集を任せた方が早い。


「……ダンジョンより湧き出ているようです」

「炭焼き小屋の洞窟!?」


 ダンジョンからのスタンピードか!


「それなら、あそこは初心者が練習に使うようなダンジョンだったはず。そうあせる様な状況ではないですな。じきに鎮圧されるでしょう」

「それにしては空気がおかしいような……」


 村長が一息つくが、リーガスはそれ以上の違和感を感じとっているようだ。

 わたしも同感だ。この空気は、絶対にゴブリン程度が這い出てきたようなものではない。


「ストラミネア、モンスターが何かわかる? 可能なら、配置や数を図にして」

「少々お待ちを……壁に映します」


 ダンジョン周りの地図が表示される。

 これは……村? ああ、ダンジョン村だな。

 ダンジョン周りに、宿屋や買取施設、飯屋などが出来て、村のようになっているのだ。


 魔物の種類は……なになに、タイラントマンティコア……住民丸ごと喰って町を廃墟に変えるやつだ。

 ヴェノムバイパー……こちらは町を丸ごと毒沼に変えるやつ。

 同じような、危険度の高い魔物の名前が、次々に赤い点で表示されていく。

 ……たくさんいるのはワイバーンだな。グリフォンもいる。


 なにこれ? 大迷宮の深層でもこんなのないぞ。 


 一番外周は、なぜかダイアーウルフとゴブリンライダーが走っている。


「ありえないレベルのモンスターが目白押しなんだけど。これ本当? 人間は?」 


「魔力波形で照合しています。大規模な幻術魔法でもなければ、間違いありません。……人間は付近にいませんね。全員脱出して南に向かっているようです」


 地図上に新しく青い点が表示される。

 多くの点がジェノベゼへの道を、南に向かっている。行動が早い。

 数人ずつ集まっているので、馬車や荷馬車を利用しているのだろう。

 最後尾には三人いて、かなり遅れている。殿(しんがり)の冒険者パーティーかな。


「リーガス、とりあえず村へ行ってみんなを呼んで。全員をここの一番奥に集めて、噴水も閉じて隠れよう。遺跡の魔物避けの結界も、この魔物たち相手じゃさすがに無理じゃないかな」

 

 憶測みたいに言ったけど、実際無理だ。大抵の魔物は大丈夫だけど、逆に言えば残りの一部は結界を破壊できる力を持っている。


 青くなって固まっていたリーガスは、声をかけると即座に再起動して、返事を残して飛び出した。

 リーガスも異常な空気を感じとっているから、今の状況を疑っていない。押し問答する時間が惜しいので大変助かる。


「ええと……わしは……」

「村長は、ここに立てこもるのに必要なものをお願いします。水場から水の魔石と、まだあるなら食料の袋。場所がよく分からなかったらここでストラミネアに聞いて下さい」

「なるほど、分かりました」


 焦って飛び出そうとする村長を引き止める。


「どれだけ早くても、戻ってくるまでにはそれなりに時間がかかるはずです。落ち着いてやりましょう」

「それもそうですな」


 それを聞いた村長は、一度深呼吸をしてから駆け足で出て行った。




 さて、次はわたしだ。 


「ストラミネア、そっちから距離があるから消費が激しいだろうけど、魔力量は大丈夫?」

「百五十年間ずっと溜めていましたから、十分です。問題ありません」

「じゃあ、今の地図をわたしに送信し続けて。あと、ダンジョンの中も可能なら調べて」


 スタンピードが起きるような状況のダンジョン内は魔力が激しく乱れているだろう。

 その分探知の難易度は跳ね上がるけれど、普段ではダンジョンの力で阻まれて探知できない部分まで探れる可能性がある。


 死んでから百五十年経っていたんだな、長いような短いような……と関係のないことを考えながら固有空間(ストレージ)の中にしまっていたものを確認していく。


 中身については全て記憶している。

 適当に投げ込んだのだが、どうも記憶の再構成が行われた関係のせいか、一瞬見たようなものでも思い出そうと頑張れば、全て思い出せるのだ。


 記憶の引き出しには入っているけど、その引き出しを探すのはわたしなので、あくまで頑張れば、だけど。

 なので前世の料理本のレシピや、教育番組で見たシイタケの育て方だって事細かに思い出すことが出来る。いつか育てよう。


 移動用に風精霊の力を宿した靴を取り出すと、それに履き替える。

 手持ちで一番強力な防御結界が付与してあるペンダントを身に着け、毒避けの指輪と呪い避けの指輪をはめた。


 準備ができたので、外に出た。

 魔物の群れに動きは無い。


 マジックバッグを手に入れたから、自分一人なら逃げ切るのは余裕だし、この遺跡の機能があれば村の獣人たちも全員無事に乗り切れる。


 ただしこのまま手をこまねいていれば、間違いなく魔物たちは王都を突破して、ナポリタも灰燼(かいじん)に帰す。

 つまりは、孤児院の仲間たちは全員助からない。


 勝算はある。それでも、一歩間違えれば軽々と死ぬだろう。

 今から、魔物の群れに飛び込むのだ。


 身がすくんだ。

 体が震えている。

 九才の獣人ロロナの本能が、逃走を望んでいる。


 孤児院の兄弟たちを思い浮かべる。

 一緒に育ってきた、わたしの家族だ。

 誰一人、殺させない。


 好きに生きて、好きに死ぬ。そのために、転生までしてわたしは今ここにいる。


 震えはもう止まっていた。


 一度、全ての息を吐き出すと、肺の空気を入れ替えた。


「よし。死んだら、死んだとき考えよう」


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