117 ルーンベル、初めての戦い(外伝)
ルーンベル視点です
本編には関係ないお話です。
妹たちの参加したクマ狩りは不思議なことがあったとかで、いつもより早く終わったらしい。
まだ森が落ち着いてないから気をつけろと言われたが、わたしたちもいつまでも休んでいられないところだ。
とはいえ、孤児院の採集組の子たちはまだお休みだ。
キセロさんやタイラーさんが一緒にいけば大丈夫じゃないかと言ったけど、却下された。
「それで何も出会わなかったとして、森が落ち着いていない時でも大丈夫だと甘く見るやつが出ると困る」
「お前さんたちが出るくらいはかまわんと思うぞ。群れはもうおらんじゃろうし、出会ってもなんとかなるじゃろ」
「ああ、そりゃいいな。お前らが山菜でも採って差し入れてやれ」
というわけで、グラクティブとハルトマンと私の三人での採集となった。
念のために、しっかりと装備を整えてから出発した。
北門を出て、少し行くと毎年同じところに薬草が生えている。
ポーションの材料になるもので、なくても作れるのだが、あると他の材料を減らせるそうだ。
「少し早そうね」
「だな。あいつらがまだ外に出れないからちょうどいいよ」
薬草を見ながら話していると、先を歩いていた一緒に門を出た冒険者グループの一人に声をかけられた
「おーい、それは採るなよー」
「どうしてですか?」
孤児院にいた時にはいつも採っていたものだ。
安いものでたいした値段ではないが、ギルドに持ち込めば孤児院では貴重な現金収入になる。
「そこのは、孤児院の子たちの分だからな」
「え?」
この薬草はたいしてお金にならず、みんな採らないから必ずあるのだと、そう孤児院の先輩からは聞かされていた。
でも、考えてみれば小遣いにと持っていく者がいてもおかしくはない。
本当は、この町の冒険者たちの小さな優しさが毎年この薬草をここに残してくれていたらしい。
「あ……ありがとうございます!」
何と言うべきか一瞬悩んでいる間に、グラクティブがそう言って頭を下げた。
冒険者たちが不思議そうな顔をする。
「俺たちもここの孤児院出身で……」
「あー……そうだったのか。別に俺らが言い出したわけでもない。礼なんか言わないでくれ」
そう言って手を振ると、彼らは早足でそそくさと行ってしまった。
「あー、余計なこと言った。カッコわりぃ……」
遠くからそんな声がかすかに聞こえてきた。
「カッコいいだろ……」
「な」
グラクティブのつぶやきに、ハルトマンがうなずいた。
山菜目当てに、採集で何度となく歩いたいつもの道を進んでいく。
目的地も進むルートももう三人ともわかりきっている、慣れた道だ。
川沿いに生える山菜を狙いに行こうと道を外れたところで、突然木の陰から出てきた一頭のオオカミと目が合った。
向こうも予想外だったらしく、見つめ合ったままの状態で、お互いに動きを止めて固まってしまう。
「ええと、少し前の右側の木!」
ハルトマンの声を合図に、弾かれたようにその場にいる全員が一斉に動き出した。
「おい、なんで逃げるんだ!?」
「そうだった!」
オオカミが出たら木に登れ、と孤児院ではずっと教え込まれてきたのだ。
とっさの判断で、この半年の訓練よりも、慣れ親しんだ孤児院のルールが先に出てしまってもハルトマンを責められない。
頭が完全に真っ白になってしまった自分よりはマシだろう。
オオカミが追ってきているので、今更足を止めることもできずに走り続ける。
「ベル! 杖、杖!」
「そ、そうね」
引き抜いた杖に魔力を込めて後ろに向ける。
「ヒッ」
振り向いた瞬間、意外に近くにいたオオカミと目があって息を呑んだ。
走りながらデタラメに込めた魔力に杖が反応する。
イメージも何もなかったせいで、小さ目になってしまった石の壁が地面から生えてきた。
「なんで!?」
石つぶてを飛ばしたかったのに、発動した魔術は石壁の方だった。
突然地面から湧いて出た石の壁に、それでもオオカミの足がいったん止まり、少し距離に余裕ができる。
「ベル、切り替え!」
「き、切り替え?」
切り替えってなんだっけ?
そんなことより、早く木に登ることで頭はいっぱいだ。
怖い。オオカミとの距離が欲しい。
「ストーンバレット! ストーンバレット! ストーンバレット!」
魔力を込めて再び後ろ向きに杖を向ける。
小さな石の壁が横並びに連続して出現した。
進路を妨害してくれそうだけど、欲しいのと違う!
「と、とりあえず木だ!」
「お、おう。登っちまおう!」
目の前に迫ってきていた、目標にしていた木に順に登り、二人に引きずりあげてもらってぎりぎりオオカミから逃れることができた。
しかし、オオカミもこれであきらめる気はないらしい。
木の下をうろうろしている。
「ご、ごめん。慌てちゃって……」
「すまん。俺が最初に逃げるよう言っちまったからな」
「いや、突然だったし、結果的に無事なんだからこれはこれで間違いでもないんじゃないか」
グラクティブの採点は甘めじゃないかと思ったけど、確かに混乱したとっさの行動と考えれば、迷って中途半端なことをするよりは思い切りよく逃げたのは正解だったかもしれない。
「それもそうよね。孤児院にいた時だったら、満点じゃない?」
「そういやそうだな」
とりあえず笑い合えるくらいには三人とも余裕が戻った。
木の下には相変わらずオオカミがいるままだけど。
「それで、どうするかな?」
「ベル、魔術でいっちょう頼むよ」
「木の上で、地面から遠いから無理。普段そういう風に訓練してないから……イメージできないし、撃っても威力出せないと思う」
私の攻撃用の魔術は足下の土や石を使うので、今回みたいに木の上で使うなんてことは想定していなかった。
「それじゃ、俺たちでやるか? 追い払って距離をとらせれば、ベルの魔術でいけるだろ」
ハルトマンがやる気をみせる。
「大丈夫? 噛まれたりしない?」
防具を過信するなともらった時にロロが言っていた。
「やられても、オオカミやゴブリンくらいの攻撃なら防げるとはタイラーさんが言ってたよ」
「まだ息が完全に整ってないから、ちょっと待って。それに別に急ぐ必要もないんだから……せめて不意を突けるような手はないかしら」
「ベルは使えそうな術はないのか?」
「うーん、地属性以外の魔術となると……」
あ、そうか。
ロロと練習してた時にあの子が教えてくれたっけ。
「ちょっと思いついたことがあるわ。二人とも準備しといて。もし失敗しても仕切り直せばいいだけだし」
「お、いいね」
「わかった」
魔力負担も少ないので失敗してもデメリットはほとんどないはず。
まずは指先から魔力の糸を出す。
操糸といって、魔力コントロールの一環でよくやらされていたやつだ。
オオカミを見ながら、それを伸ばしていろいろな形を作る。
ちょっとぎこちないな。緊張してるみたいだ。
「やるわよ」
水を出す魔術を使い、手のひらの上でそれに魔力の糸をつなげる。
普通はすぐに普通の水に変わってしまうのだが、つないだことでコントロールを継続できる。
水球となって手のひらの上でうまく維持できた。
一回で成功するとは幸先がいい。
水球をオオカミに向かって飛ばす。
近くに飛んできた得体のしれないものをオオカミはじっと見つめている。
水球の軌道を空中で変えた。
急な動きの変化に、オオカミは一歩後ずさりをしたが、そのまま水球を顔に当てられた。
「やった!」
そのまま、オオカミの顔に水球を保持する。これでオオカミは呼吸ができない。
オオカミが顔をふるが、水球は離れない。
驚いたせいか、まだほんの数秒しか経たないのに、オオカミが大きな泡を吐いた。
よし、水を飲んだ。なんなら、このまま溺れさせてしまえるかもしれない。
オオカミはひたすら首を振り、前足で空中をかき、暴れながら後ずさりしていく。
少し距離が離れてきた。あまり離れられると魔力の糸が維持できない。
「これ以上遠くなると糸が切れそう」
「任せろ!」
ハルトマンがすぐに木から飛び降りて、それを見たグラクティブも続いた。
「フォロー頼む!」
抜刀したハルトマンはそのまま全力で駆け出す。
腰だめに剣を構えて、その勢いのままオオカミに向かって体ごとぶつかった。
オオカミの胸の辺りにハルトマンの剣が突き刺さり、オオカミが更に激しく暴れ出す。
今度は泡ではなく、オオカミが血を吐いた。
水球が赤く染まる。
二人に気を取られて、制御が甘くなった。オオカミの動きも激しく、もう維持できない。
水球がぱしゃりと音を立てて弾け、ただの水に変わる。
すぐに呼吸は戻らないだろうし、今のはさすがに致命傷なはず。
もう抵抗する力がないといいんだけど……。
「グラクティブ、一応トドメを頼む」
「これ、いるか? まあ、念のためか」
横倒しになってピクピクしているオオカミの喉目掛けて、グラクティブが更に剣を突き刺した。
完全に動かなくなり、更にしばらくしてから、ようやくグラクティブが恐る恐る近づいた。
「死んだ……よな」
「うん、さすがにもう死んでるでしょ」
「やった!」
三人で喜び合う。
一度川で冷やして、二人が抜いた内臓をわたしの魔術で掘った穴に埋める。
火や地属性の魔術師がいないパーティーはどうするんだろう。
血抜きをして、冷やしたらそのまま持って帰るのかな。
「ロロにやらされてて助かったな」
グラクティブたち二人ともオオカミの解体はやったことがあるし、今回は川も近くて運がよかった。
門番さんに褒められたりしながら、孤児院にそのまま運ぶ。
三人で話した結果、解体して毛皮は売り、肉は孤児院行きでいいだろうということになったのだ。
『風の探索者』のメンバーも孤児院に集まっていた。
ブラスさんの姿が見えないのは、相変わらず小さな子の世話に駆り出されているんだろう。
「よくやったな。最初の逃げっぷりはなかなかのもんだったぞ」
「見てたんですか!?」
キセロさんが人の悪い笑みを浮かべている。
「わしと二人でな。決断も早かったし、うまく逃げ切っておったな。仕切り直して、そのあとはケガもなく仕留めたんじゃ。初めてにしちゃ上出来じゃろう」
タイラーさんも褒めてくれたが、ヴィヴィさんは腕を組んで渋い顔をしていた。
「木の上だからって地属性魔術が使えないとは……しばらくそっちの練習も追加するよ。あとは杖の切り替えも明日からメニューに追加だね」
私たちの初めての戦いはこうして終わったのだった。