111 お城へあいさつ
日国への出発をそろそろ考えているので、お城に顔を出した。
アリアンナ姫と話している横で、ネコ姿のおりんとチアがエライア姫と遊んであげている。
わたしと姉が本の話をしているのに刺激されたのか、自分で読めるんだよ、とエライア姫がたどたどしくチアに絵本を読んであげている。
やりとげたエライア姫をチアが褒めた。
「エル様、すごいね。くまさんのお話読めるんだね」
おりんとチアにはそのままエライア姫と遊んでもらっておいて、国王のところにも顔を出すと、頭を抱えている宰相がいた。
「久しぶりじゃな。何か面白い話はあったか?」
「あるけど、宰相様がいるからまた今度ね。それと、日国まで遠征してくるから、しばらくいなくなるんであいさつに」
面白がるだけでとやかく言わない人なので、国王にはイリス姫の本当の話なんかも教えている。
「日国か……。面白そうだったら教えてくれ。今度、わしも行ってくるから」
「駄目に決まってるだろうが」
眉間にしわを刻んだまま、宰相が投げやりにツッコミをいれる。
「……ロロナ、ちょっと意見が聞きたい。あまり人に言えん話だが、お前なら害はあるまい」
「ちょっとひっかかるけど、なに?」
「一言で言うと、女同士で添い遂げたいという者がいてな、困っている。お前はどう思う?」
「……別に、好きにさせりゃいいんじゃない? そういう人もいるでしょ」
世の中いろんな人がいるのだ。
獣人は恋月期を一緒に過ごして、そのまま女性同士で付き合っちゃう人もいるって話を聞いたばかりだしな。
「跡継ぎの問題などもある。残念ながらそう簡単に、はいそうですかとは言えんわけだ」
宰相がため息をついた。わりと深刻な話のようだ。
適当に返事したと思われたかな。
ちょっと姿勢を正した。
跡継ぎということは、兄弟はいない感じかな。
「……言い方を変えるね。そういう生き方しかできない人もいると思う。一時の気の迷いなのか、そういう星の下に生まれた人なのか判断が難しいけど……無理強いするのはどうかと思うよ」
「お前は子供のくせに、時々しっかりした物言いをすることがあるな。その者の言うことを尊重せよということか?」
宰相が確認してくる。
無理強いして、心を壊したり病んだりするよりはいいと思うんだけどな。
下手すると一生恨まれるぞ。
「貴族の話だよね。貴族的な対応なら、世継ぎを産むまで我慢しろ、義務を果たせば自由だ、とか? 親戚から養子でも立てればいいんじゃないの。乗っ取りとかパワーバランスとか色々面倒なんだろうけど……」
「うーむ、しかしな……」
「ちなみに、国王様の意見は?」
「好きにすればよい。わしなぞ、元冒険者だぞ。第一王子が、侯爵家の跡取りやらを引き連れて盛大に何度も死にかけてたんだ。他の者にとやかく言える身でもない」
わっはっは、と国王が笑う。
相変わらずだな。
まあ、この国王が厳しいことを言っても、お前が言うな感はあるかもしれない。
「正直に言うとな、わしの孫の一人なんだ。ひ孫の顔が見れないのは辛い……」
「ああ、そういう……」
こちら側も、むしろ理屈より感情の問題だったのか。
話していると、トニオ司祭が扉から現れた。
「戻ったが……あとにするか、エルディン?」
わたしがいない方がいい話かな?
まあ、この流れだとトニオ司祭も宰相の孫の件だろうけど。
「こやつの意見も聞いてみたところだ。このままでいい。どうだった?」
「説得は難しそうだと言っておこうか」
ああ、なるほど。宰相の孫娘の説得に行っていたのか。
司祭さんだし、違う方向から説得できるかと期待したのかもしれない。
「宰相様、確認だけど……一番の問題点は跡継ぎでもひ孫でもいいけど、とにかく、そこの部分をクリアできるなら、添い遂げることなんかについては妥協できるってことでいい?」
「そこを解決できるのなら、な。何か妙案でもあるのか?」
宰相が期待していなさそうな顔でこちらを見る。
「先に言っちゃって、無理強いになると困るから、わたしの案を出す前にいくつか本人に確認させて欲しいかな」
「今は王城内の礼拝堂に二人揃ってまだいるはずだから、それはかまわんが……」
「じゃあ、それぞれ一人ずつ話をさせてよ」
ローブを取り出して、お面をつける。
それからこっそりストラミネアを呼んだ。
「わたしの声をお婆ちゃんっぽくして。怪しい感じで」
「承知しました」
風の精霊のストラミネアには、この程度はお手の物だ。
腰を曲げて杖をついて立つ。
「あーあー、どうですかな?」
「ふむ。怪しい呪い師の婆さんだな。ただ、もう少しゆっくり動くか、椅子に座ったままの状態で呼びつけた方がよいぞ。しゃべるのももっとゆっくりだ」
国王から演技指導が入った。
「それでは、二人きりで話せるような部屋に呼んでもらいましょうかな」
「うむ、そんなもんじゃろ。わしもこっそり見ててよいか?」
「ほう……? うちの孫にのぞきのような真似をする気か?」
国王の前に宰相が立ちはだかった。
「まず宰相様を倒さないといけないね」
「報酬とクエスト内容が釣り合っておらんぞ……」
部屋に宰相の孫娘と、相手の女の子を一人ずつ呼んでもらうことにした。
宰相の孫娘を最初に見た感想は、一言でいうなら、『王子様』だった。
キレイな顔をした、背の高いショートカットの女の子だ。
カッコいい……いかにも女の子からモテそうだなあ。
「ワシが力になれるかもしれんと宰相殿に呼ばれてのう。いくつか聞きたいことがある。返答次第では、お主の力になれよう。すまんが、ここで会ったと言われては困る身でな。顔は隠させてもらっておる」
「先ほど、エドワード司祭もいらっしゃったが、今度は私にどのような説得をしてくるつもりかい、ご老体? できれば早く終わらせてもらいたいものだが」
しゃべり方も中性的だ……そして、それが似合ってる。
前世だったらわたしも推しにしたい。
「わしが説得するのはお主でなく宰相殿の方じゃな。ゆえに、つまらぬウソをつくでない。お主が添い遂げたいと言わば、誠に添い遂げさせるぞ」
「……そういうことなら、協力させてもらいますが。元より、ウソをつく必要もない」
うん、この感じだと無駄な駆け引きは要らなそうだな。
「なに、話自体はすぐに終わる。……さて、まずは一つ目。女の身のお主が、女と添い遂げたいというのは、別の狙いがあり、口実にしておるなどということはないな?」
「それはもちろんです」
何度も聞かれた質問なのか、軽い口調で迷いなく即答した。
「お主は、自分が女であることに違和感を感じていたりはするかの? 男の体に生まれたかった、生まれる性を間違えたなどと思ったことは?」
「……いえ、そのようなことは、特に。両親からいただいた体に、そういった不満を持ち合わせたことはありません」
今までこんな質問はされたことがなかったのだろう。
一度怪訝な顔になったが、少し考え込んだあと、今までと違い真面目な顔で答えた。
初めての質問とその内容に、こちらが彼女たちのことを理解しようとしていることを感じてくれたのかもしれない。
他にも、勘違いがないように、細かい点をいくつか確認しておく。
「……なるほどのう。さて、これは最後に念押しの確認じゃ。添い遂げようとするならば、それは厳しい道かもしれんぞ。覚悟はあるな?」
「はい。よろしくお願いいたします」
今までのこちらの発言に高位の立場の者だと判断したのか、最初の軽い態度は消え、最後には丁寧に頭を下げてきた。
さて、次はお相手の方だな。
口裏合わせはさせられない。すぐに部屋に入ってもらった。
ふわふわの髪の毛の、かわいらしい、いかにも女の子女の子した子だった。
さっきの宰相の孫と二人並べると、もう完全に少女漫画の世界だな。
その子にも、先ほどと同じような質問を重ねていく。
うん、特に問題はなさそうだな。
最後に二人まとめて部屋に入ってもらうと、解決方法を提案してみた。
「本当にそんなことが!?」
「もしできるのなら夢のようです」
「うむ。では宰相殿は必ず説得しよう。とはいえ、ここでは前例のなきこと。お二人とも頑張られよ。影ながら応援させていただこう」
無事に前向きな返事がもらえた。
無理に言っているわけでもなさそうだな。
「誰とも知ることができず、感謝を述べることしかできないのが口惜しいですが、本当に……本当にありがとうございます!」
「もし私たちでお力になれることがありましたら、いつでもおっしゃってください」
感謝の言葉を残して二人が部屋から出ていく。
さて、次は宰相の方だ。




