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110  恋月期 その2

 階段を下りる音が聞こえてきて、チアが姿を現した。


「あ、お茶の匂いだ。私もほしー」


 ほとんど目を閉じたままのチアが ふらふらしながらトイレの方へと消えていく。


 心臓が馬鹿みたいに鳴っている。


 おりんは即座に飛び退いたらしく、ネコの姿でソファの反対の端に座っていた。


 顔が熱い。これ以上ないくらいに真っ赤になってるのが自分でわかる。とりあえず両手で顔をおおって隠した。


「……もう一回転生してきたい……」

「やめてください」


 見事なまでに雰囲気に流されてしまった。

 月の影響、ヤバい……。


「全部月のせいだから、堪忍してつかあさい」

「なんですか、そのしゃべり方……? 半分は私のせいですから、もちろんそれはいいんですけど……」


 おりんは、はいはいにゃーにゃー、と返事をしながらキッチンへお茶を淹れ直しに向かった。


 チアがちょうどトイレから戻ってきて、そのままわたしの横に座る。


「チア、握手ー」

「んー」


 試しにチアの手を握った瞬間、さっきまでの火照りがウソのように消えた。


「あれ? チアの手を握ったら、落ち着く」

「え? ホントですか?」


 おりんもパタパタと歩いてきて、チアの反対の手を握った。


「あ、ホントですね。なんででしょう」

「よくわからないけど、これで朝まで大丈夫だね」

「そうですね。よかったです」


 チア本人は半分夢の中らしく、目を閉じたまま首を揺らしていた。


 その日はチアをはさんで川の字で眠り、次の日、月の影響を防ぐための魔道具を無事に作ることができた。

 春に暴れたくなると言っていた獣人の冒険者のことを思い出して追加も作っておく。


 夕方になって、カティアがやってきた。


「マジックバッグの金の続きだ。悪いな、分割にしてもらってよ」

「お金たまってからより、たくさん持って帰れる先渡しの方が早いだろうし、別にいいよ。カティアはきちんと払うから」


 筋を通すためだと、貯めていたお金を躊躇なく渡してきたカティアだ。踏み倒したりする人間ではない。


「それより、これ」

「ん、なんだ?」


 ペンダント型の魔道具を渡すと、受けとってすぐ効果を感じたらしく、カティアが目を見開いた。


「お前、これ……」

「恋月期対策だよ」

「マジかよ……正直、めちゃくちゃ助かる。今も、これから朝まで狩りの予定だったからな。ありがとよ」


 思っていた以上に感謝されてしまった。


「こんなの作れるんなら、先に作っておいてもらうんだったな。予定がなくなったし、今日は飲みにでも行くか」

「それならうちで食べてく? お酒はないけど」 

「お、悪いな。酒なら持ち歩いてるから大丈夫だ」


 持ち歩いてるのか……。

 まあ、マジックバッグがあると、普段持ち歩かないようなものまで持ち歩いてしまう気持ちはわかる。


 食事のあと、前回同様お風呂あがりに下着でうろつくカティアにおりんがまた説教をしている。


「そうだ。これもう少し作れるか? 知り合いの冒険者やってる獣人で、喜びそうなやつが何人か思いつくからよ」


 おりんから逃げてきたカティアが、エールを片手にこちらにやってきた。


「材料費も安くないし、カティアなら余裕だろうけど使うのに結構魔力を使うから、魔石もそれなりにいるよ」


 カティアの分くらいはともかく、いくつも配るのに無料にする気はない。


「わかった。私くらいとなると、二……いや、三個頼めるか」

「じゃあ、明日の夕方ね。……もしかして、獣人の村とかにも需要あるかな?」


 カティアが首を振った。


「村暮らしの連中は、どうだろうな。そういうとこだと、産めよ増やせよだろ」

「それもそっか。……そういえば、恋月期って他の人とくっついてると落ち着くでしょ。あれって相性っていうか……相手によって効きが違ったりする?」

「そりゃそうだ。なんで落ち着くのか考えりゃわかるだろ?」


 当然だと言うように、カティアが答える。

 チアとだと効果てきめんだったのに、おりんとは手をつないだりしても効果がなかったし、むしろひどくなった。

 疑問に思っていたけど、普通にありえることだったらしい。


 おりんも気になるらしく、話を聞きにやってきた。


「……なんで落ち着くの?」

「ああ、お前そこから知らないのか」


 話が長くなると判断したのか、カティアが椅子に腰掛けた。


「恋月期ってのは、子供を作るための時期だろ」

「カティア、言い方!」


 おりんがカティアの口を塞いだ。

 カティアが、それをうっとうしそうに払いのける。


「こういうのは変に遠回しに言うと、勘違いの元なんだよ、過保護猫」


 保護猫みたいだな。


 まあ、カティアの言い分もわかる。

 チアの手前ちょっと気になるけど、今はわかりやすさ優先でいってもらおう。


「別にいいよ。それで?」

「つまり、子供を作りたいと思うような相手と触れ合うと気分が盛り上がる。こっちが本命で、落ち着くってのはその逆をやってるわけだ」


 カティアが私の手を握った。


「お前は男じゃないし、恋愛感情もない。これでわたしは落ち着くってわけだ。男でも、親とか、好みじゃなかったりしたら落ち着くし、他にも例外はあるけどな」


 ああ、なるほど。

 それでチアの手を握ると落ち着いたのか。


 って、えええ!?

 

 今の話だと、お互いにひどくなったおりんの場合、両想いだったってことになっちゃうんだけど!?


 いやいや、ウソでしょ。

 急にそんなこと言われても困る。


 わたし、そんな気ない……よね。


 でも、おりんはいつでもわたしのことを一番に考えてくれるし、なんだかんだいいながらわがままも聞いてくれるし……。

 それに、いつもわたしが欲しい言葉をくれる。

 昨日キスしそうになったけど、別にそれだって嫌じゃなかった。


 わたし、おりんのこと好きなの?


 どうしよう、ちょっと顔が熱くなってきた。


 おりんの様子をうかがうと、どうしようもないくらい真っ赤な顔をしていた。

 ……えっと、もしかして、心当たりある感じだったりするの……?


 とりあえず動揺しまくっているおりんのケアは置いといて、一縷(いちる)の望みをかけてカティアに確認する。


「それで、例外ってのは?」

「ん? ああ、双子同士は効果がない。あとは……これ、長くなるからやめていいか?」

「いいから言うにゃ!」

「うおっ!? き、急にどうした?」


 立ち上がりかけたカティアが椅子に戻った。


「……えっと、こっからは祭司の婆さんの受け売りで、わたしも詳しくはないからな。……恋月期じゃなくても子供は生まれる。なのに、わざわざ子供が生まれやすい恋月期があるのは、大昔に種族ごと授かった月の女神の加護じゃないかって話なんだよ」


 言われてみると、子供を授かろうと刺激されるのは子孫繁栄的な面からみれば正しいことではある。

 わたしやカティアみたいな者には迷惑だが、獣人という種族でみたらありがたいこと……なのかな?


「だからまあ、強い加護を持っているようなやつは、干渉して変な反応をすることがあるってよ」


 ……あんまり長くなかった。

 多分、面倒で大部分を省略したな。


 でも、それだ!

 わたし、お稲荷様の加護があるし。

 あー、あせった。


 おりんもそれを聞いて安心したのか、大きく息をついた。

 おりんと二人、赤くなった顔を見合わせる。


「わたしはお稲荷様の加護持ちだし、おりんも半分精霊だからその辺もあるのかもね」


 カティアとチアが、不思議そうな顔をした。


「お前ら、何かあったのか?」

「いいから、カティアはいい加減服を着てくるにゃ」

「おりんが引き止めたんだろうが……」


 カティアが呆れたような声を出しながら、ようやく服を着始めた。


「そういえば、お前ら遠征するんだろ? 風呂のスライムどうするんだ?」

「どうもしないよ。飢えたり乾燥したりすると勝手に休眠するはずだから」

「あいつ、結構しぶといんだな」


 カティアが妙なところで感心していた。




 カティアが服を着たところで、わたしたちもお風呂に入った。


「ロロ様、私に言いたいことがあったらいつでも言ってくださいね。溜め込んだら、またよくないことになるかもしれませんし」


 ネコ姿のおりんを洗っていると、黒ネコが照れた感じで、わかってますよと言わんばかりの笑みを浮かべた。


 チアは湯船でアザラシスライムで遊んでいる。

 アヒルのおもちゃ感覚かな。


「え? ……へたれ、とか?」

「あれはチアちゃんが来たからじゃないですか! むしろ止めたんですから、意思が強いって褒めてくださいよ」

「でも、先に雰囲気に流されたの、おりんじゃない」


 まあ、もうキスしちゃうところだったので、おりんが緊急回避してくれて助かった。


 キス自体には別に嫌悪感はないし、恋月期のせいなので、したからどうってこともないとは思うけど、万が一、変に意識しちゃって気まずくなっても困る。


「それで? 何が言いたいのか、正直さっぱりなんだけど」

「えっと、カティアの例外の話って、私が半分精霊だってことより、ロロ様の加護の方が原因っぽくないですか?」

「……そうかもね。それが?」


 まあ、可能性的にその方が高そうではある。


 おりんが照れながら続けた。


「チアちゃんと手をつないだら落ち着いたわけですから、ロロ様自身には影響はなかったわけですよね。つまり、ロロ様は、私のこと……」

「えっ……!? ち、違うから! そんなんじゃないって!」


 おりんが、わかってますからといった感じで、ものすごくお姉さんぶった感じを出してきた。


「まあまあ、大丈夫ですよ。生まれ変わって身も心も若返った今、優しくて気の利く、かわいい年上の女性が身近にいるんですよ? 初恋の相手が私になっちゃうのも、仕方ないことかなって」

「自分で言ってて、恥ずかしくならない?」

「ロロ様の心が幼くなっていたと気付いてから、もしかしたらこういうこともあるかもしれないと心の準備もしていました」

「その準備はいらないから捨てときなさい」


 おりん、妙にうれしそうだな……。

 モテる女は辛いよ的な感じ?


「大体、おりんだってチアで落ち着いたんだし、どっちが原因かわからないでしょ。二人とも特殊なんだから、お互いの影響でなったでいいじゃない。これでこの話はおしまい、おしまい」

「二人とも、いつまでやってるアザラシー」


 アザラシスライムを顔の前に持ったチアに言われて、洗い終わったおりんと共に湯船へ移動する。


 まったく、何を言い出すんだ、この猫は……。

 あ、そうだ。


「……もし、ホントに好きだって言ったら?」

「え?」


 上目遣いで恥ずかしそうに、拗ねたような口調で言う。


「さっき、わたしがおりんのこと好きだって言ったら、おりんは……なんて答えてくれたの?」

「えっ!? そ、それは、その……」


 目を白黒させているおりんに、すぐにこらえきれなくて吹き出してしまった。


「あ、ひどいです!」


「二人とも夜中なのであんまり騒いじゃダメアザラシー!」


 横からチアの声がして、むぎゅ、とアザラシスライムが押し付けられた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] いいよ……、わかってる。 こうやって読者を焦らすスタイなんでしょ?? 好きなようにやってくれよ!!!
2023/07/27 10:24 退会済み
管理
[一言] つまり現状本妻はおりんで娘がチアか
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