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11  ロロナ、春になって獣人の村へ

 暖かくなって、チランジアがベッドに潜り込んでくる回数が減ってくる頃……いや、減ってないな。いつもならそろそろ入ってこなくなるのに。

 寒さはゆるんでいるから、単に甘えているだけかもしれない。


 ともあれ、リーガスがやって来た。


「もしかして、今日出発?」

「一晩くらいは俺も宿で休みたい。明日の朝出発でいいか?」

「うん、わかった」


 翌日、朝早くに仲間たちに見送られて出発した。

 お土産を頼まれても買うお金はないぞ、ガスパル。


 初めて歩く大通りを抜けて、西門に向かって歩く。

 なんとなく視線を感じる。獣人は多少なり珍しがられるらしい。


「そういえば聞いてなかったんだけど、リーガスって何やってる人なの?」

「Bランクの冒険者だ。一応、次の村長候補の一人でもある」


 改めてリーガスを見る。三十手前くらいか。

 体はしっかりと鍛えられている。腰に大振りの剣鉈(けんなた)をさしているが、得物は背負っている弓のようだ。


「それはすごいね。うちの連中に手ほどきをして欲しいくらい」


 冒険者は登録をするとFランクでスタートする。

 Bランクともなれば、ギルドでは一目置かれる存在だ。


「すまんが、教えられるのは弓だけだ。それに期待を裏切って悪いが、一般的なBランクより腕は劣るだろうな」

「なんで?」

「狩りは集団でやるが、獲物を町に持ち込むのはすべて俺だ。わかるだろ?」


 複数人で得た手柄を独り占めしている形になるので、本人があげている以上の実績になっているわけか。

 村長候補と言っていたから、わたしに会いにきているところからも、対外的な窓口役なのかな。


「思うところもあるが、トラブル除けにもなるし……色々と便利な肩書きだからな」

「なるほどね。そう言えば、村って何人くらい住んでるの?」

「そうだな、今だと……」


 話をしながら、西の門をくぐって外に出る。


 門の外では、資材を積んだ車にオオツノトカゲがつながれていて、ちょうど動き出そうとしていたところだった。


 生まれ変わってから初めて見たな。

 前世の感覚で言うなら、ウロコと角を持つ巨大なカバだ。


「大きいね。この子何年くらい生きてるんですか?」

「おう、すげえだろ。わからねえけど、四百才越えてるらしいぜ」


 オオツノトカゲにまたがったテイマーが、自慢げに答える。


 転生前にいた場所とは大陸の端と端だ。目の前にいる個体と実際に出会ったことのある可能性なんて、限りなくゼロに近いだろう。

 それでも数百年、時には千年以上生きることもあるオオツノトカゲを見て、なんだか昔の知り合いに会ったような気分になった。


 雲に隠れていた太陽が顔を出す。

 柔らかな日差しの下、オオツノトカゲの引いていく材木の山がゆっくりと動き出した。


 リーガスは出発を待っている数台の乗合馬車に近づき、その内の一つに声をかけていた。

 馬車の荷台にはすでに六人が座っている。


「この馬車にもう二人は乗れんでな、向こうのにしなされ。着く時間は変わらんから」

「いや、この娘だけだ。俺は歩くからな」

「ん、それなら大丈夫じゃ、ちょうどええわい。……ここに座っとくれ」


 初老の御者は、荷物を動かしてわたしの座る場所を作った。

 他の乗客は若い夫婦と男の子、冒険者らしき二人連れ、商人っぽいおじさんだ。


「どうせ泊まるところは一緒だから、疲れたら後ろから追いかけてくればええぞ」


 その日は、暇な旅になった。


 端っこに座ったわたしは他の乗客とは距離があるので、わざわざ話しかけてくる者もいない。

 ひょっとしたら、わたしが獣人なのでもめたりしないように、あえて離れた場所に座らせたのかもしれない。


「まだ暑くないから楽じゃのう。そう言えば、この前乗せた炭焼きの親父さんがな……」


 リーガスは、そのまま話好きの御者の聞き役を務めることにしたようだ。


 冒険者らしき二人はこちらを妙にジロジロと見ていたが、御者のお爺さんに聞かれてリーガスがBランクの冒険者だと名乗ったあたりでやめてくれた。


 それから、「あと五年すれば……」とか、「いや俺はあと三年あればいける……」なんて聞こえてきたから、冒険者ランクの話でもしていたようだ。


 いっそ、ここまで暇なくらいなら、子供の相手でもしていた方がマシかな……。

 そう思って、こちらをチラチラ見ていた男の子に手を振って見たけれど、赤くなって親の陰に隠れてしまった。

 うーん……人見知りする子だったかな。


 次の日からも暇な旅が続く。

 似たような景色が続き、三日目になると農地が広がり始め、夜には王都へ到着した。


 更に王都から馬車に揺られながら三日間のお尻の痛みに耐えると、ようやく北にあるジェノベゼの町にたどりついた。

 ここからはあと一日だ。




 うかうかしていると日が沈む前に村にたどりつけなくなってしまうとのことで、ジェノベゼから獣人の村へは朝早くからの出発だ。

 採集生活で運動不足も解消されているし、早歩きで一日くらいは何とかなるだろう。


 町の外に出て門から少し離れると、寝るとき以外はかぶっていたフードを頭からどけた。


 ずっとかぶっていると、これだけでも解放感があるな。


 普段はほとんど人が通らないであろう獣道レベルの道を歩いて、山を登っていく。

 振り返って見下ろすと右手にジェノベゼの町、左手の丘に村が見えた。


「あれが、北にあるダンジョン?」

「ああ、炭焼き小屋の洞窟のダンジョン村だ」

「……聞かなくても(いわ)れが大体わかるね」

「まあ、想像通りだ。最初に発見したのが炭焼き職人で、しばらくはその炭焼き小屋を目印にしていたらしい」


 太陽が半分山の向こうに隠れる頃に、村へと着いた。


「リーガスだ。戻ったぞ」


 入り口でリーガスが声を上げながら村へと入る。

 柵で囲まれた村には、バイキングの木造コテージといった感じの家が並んでいた。

 

「やあ、初めまして」

「よく来たねぇ」


 ネコ耳のおばあちゃんや、イヌ耳のおじさんに囲まれる。なかなか精神力が削られる光景だ。

 いや、まあそうだよね。わかってはいたけど、ビジュアル的な違和感がすごいな。


 見た感じ、わたしみたいな銀色の髪色をしている人はいない。


「こにちにゃー」

「あら、いらっしゃい」


 うわー、ちっちゃい子かわいい。お遊戯会みたい。耳と尻尾がぴこぴこ動いてる。

 え、ちょっとあの胸の大きいお姉さん色々とすごい。それで更にネコ耳標準装備とか、なんかえっちぃんですけど。


「……初めまして。よろしくお願いします」


 夕闇が迫る中、無難なあいさつをしながら村長(むらおさ)さんのやや大きめな家に案内してもらう。


「遠いところよりよくぞ参られた。村長をしておるバメタンと申します。まあ、まずはお茶をどうぞ」


 なんだかずいぶん丁寧に応対された。

 なにかの木を煮出した、健康になれそうな味のお茶をいただく。


 リーガスは少し話をすると自分の家に帰っていった。


 軽い食事のあとは、疲れているだろうと、すぐに寝床に案内された。倉庫っぽい部屋だけど、一人部屋だ。


 ベッドは六本足で、編まれた麦わららしきものがハンモック状にぶら下げられている。

 足に返しがついているのは、虫対策かな……って、このベッドの上の毛布、わたしが遺跡もどきに置いていたやつだ!


 目的地まで近づいてきたのを感じて、気分が盛り上がってくる。


 魔術で耐久性をあげてはいたけど、見たところまだまだ使える状態だ。

 ひとまず、わたしが死んでから千年以上経ってるなんてことはないらしい。


 バイキングハウスとは、少々ちぐはぐな肌触りのいい毛布に包まれて、おやすみなさい。




 朝起きだすと、すでにリーガスはお茶を飲みながら村長と話をしていた。

 わたしもあいさつをして、昨日と同じお茶をいただく。


「では、朝食の用意ができるまで、少しお話を聞かせてもらいましょうか。ロロナ殿は、我々が森林猫(フォレスト・キャット)の遺跡と呼んでおる場所に行きたいとか。あれは我々の祖先がこちらに居を移した時に見つけたものでしてな……」


 村長がお茶をすする。


「それで、どのような理由であそこをお訪ねになりたいのですかな」


 昨日も思ったが、子供相手にもやたらと丁寧な人だな。

 しかし、口調とは裏腹に村長の眼光は鋭い。


 こちらの態度から真意を推し量ろうと、一挙手一投足を見逃すまいとしているのがわかる。

 リーガスも心なしか緊張しているようだ。


 毛布なんかの備品も持ち出しているみたいだから、返せとかよこせとかわたしが言い出したらどうしようとか考えているのかもしれない。

 さて、どう説明しよう。


 マジックバッグについて正直に言うのは危険すぎるな。

 裕福だとは言えない村だ。話した途端に村人全員が山賊にジョブチェンジなんて可能性もあるし。


「えーっと、あそこで精霊と話をしたいと思っていまして……」

「……ほうほう、精霊と……精霊様と!?」


 なかなかいいリアクションをするおじいちゃんだな。


「もしかして、ここでは精霊を信仰してるんですか?」

「ええ、我々は狩猟の神とともに、火の精霊様を崇めております」


 火の精霊か、まぁ火は文明の象徴だしね。


「わたしが話したい相手は風の精霊……で、えっと、向こうはわたしの事を知っているけど、そこに行かないとちゃんと話ができないので」

「……ふむふむ。なるほど。つまり、遺跡のこともその精霊様からお聞きになったということですな。そして、遺跡に行けばその精霊様と話をすることができる、と」


 お、これはいい流れだ。

 このまま乗ってしまおう。


「はい。そして、その精霊が言うには、わたしへ贈り物があると……」


「ふうむ」


 村長が白い髭をなでる。


「精霊の贈り物……何か、祝福のようなものでしょうか」

「さあ、そこまでは。精霊の考えることはよくわかりませんから」


 後半は本音混じりだ。彼らは人間とは感性が違う。まあ別の生き物(?)だし。


「その精霊様はなぜロロナ殿に……何か心当たりは?」

「精霊からは、ある人からわたしを見守るように頼まれているとだけ」


 村長が腕を組んで沈黙した。


 ウソは言ってない。

 贈り物も、見守るのを頼んだのも、どっちもわたしだけど。


 孤児院育ちのわたしを誰かが見守るように頼んだ。普通に考えたら、それは親だと思うだろう。

 マジックバッグは親が精霊伝いでわたしに託した物だ。そう思ってもらえたら、回収時にスムーズにわたしの物にできる。


 遺跡に置いてあったから、村のものだとか言い出されると面倒だからね。


 あれ、それだと遺跡を作ったのがわたしの先祖だということになっちゃうかな。

 わたしは犬……正確にはオオカミ系の獣人だけど、噴水の像は猫だしなあ。この場で適当に考えたから穴だらけだ。


「……わかりました。案内しましょう。わしと、リーガスが同行します」

「ありがとうございます!」


 朝食を終えて、遺跡へと向かう。

 村を離れて、昨日に続いての山歩きだ。


 道中では、村長が村での生活の話や、遺跡を発見した時の獣人たちの話なんかを教えてくれた。


 そして、そろそろ休憩が欲しいと思い始めた頃、ようやく懐かしの遺跡もどきがその姿を現したのだった。


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