108 契約魔術と母の友人
父から今の家族を紹介して欲しいと言われ、チアとおりんとストラミネアをつれて夜中に屋敷の離れを訪れると、なぜかマリッサに本館につれていかれた。
そこには使用人たちが両親と共に待っていた。
人数的に、多分この屋敷にいる使用人全員だろう。
「クレアお嬢様……。本当によくご無事でお帰りくださいました」
執事と思われる年配の男性が、声を震わせながらわたしの手を取った。
それから、わたしのことを知っていたらしい年配のメイドさんに抱きしめられた。
「え? あの……」
「大丈夫だ、クレア。ここにいる全員、契約魔術を結んでもらった。うちの家は歴史だけは長くてな。ここにいるのも代々仕えている者ばかりなんだが、一応な」
「……人数分の魔術契約書を用意するのにいくら使ったの?」
とがめるような口調で言うと、父があさっての方を向いた。
「大丈夫だ。いや、まあ痛手ではあったが、大丈夫……のはずだ」
「……しっかりしているところは、お母様似ですな。ともあれ、クレア様がお気になさることではございませんよ」
執事さんが愉快そうに笑った。
「ただ、ここにいらっしゃらない夫人とその従者などもおりますので、完全には気を抜かないでくださいませ」
使用人を紹介してもらい、チアとおりんを紹介する。
その日の夜は遅くまでたくさんの話を聞いて、たくさんの話をした。
それから、そのまま屋敷に泊めてもらい、わたしとチアとお母さん、三人で一緒に眠った。
「お母さん、お手紙?」
次の日、母が使用人から受け取った手紙を読んでいた。
「ええ。カティっていう、ずっと心配してくれていた友達なの。近くに住んでいたのだけど、人と会う気にならなかったから……。久しぶりに会ってみようと思って。あなたのことも知ってるのよ」
「わたしのことも?」
「お互いの人に言えない秘密をたくさん知っているから、何でも言える友達なの」
母が意味深にほほえんだ。
「そ、そうなんだ」
どんな秘密だろう。絶対に聞かないでおこう。
「カティはあなたより先に男の子を産んでいてね。クレアが生まれる前に、女の子が生まれたら結婚させようかって言ってたこともあるのよ」
結婚という言葉にチアが反応して、ギュッとくっついてきた。
ずっと一緒にいるんだと顔に書いてある甘えっ子の頭を撫でる。
「そうなんだ。お母さん、服とかあるの? 引きこもりだったんでしょ」
「……クレア、その言い方は少し傷つくんだけど。お母さんの実家は商家だったの忘れたのかしら。屋敷の人たちの魔術契約書、誰が手配したと思ってるの」
「ごめん。もしなければ、わたしが作ろうかと思ったから」
わたしというか、蜘蛛神だけど。
「あなた、そんなことまでできるの?」
「チアたち三人の服、全部ロロちゃんが作ってるよ」
「まあ……」
「去年は、アリア様やエル様とか、みんなの水着を作ったりもしたよね」
「お友達?」
「うん、まあ……」
さすがにお姫様とは言えないな……。
それから二日ほど、屋敷の者たちに歓待されて過ごし、ずっとそのままというわけにもいかないので、一度家へ戻った。
討伐依頼に行ってほぼストラミネアに倒してもらったり、料理をして警備詰め所に差し入れしたりして、それからチアの修行日にガトランド家に顔を出した。
「修正後の絵の方は問題なさそうです?」
「ああ、大丈夫だ。報酬については、伯父の方で指名依頼として処理してくれたはずだ。またギルドに寄ってくれ」
「ありがとうございます。あんまり同じ依頼人からの指名依頼ばかりだと微妙な顔をされるので助かります」
話をしていると、アルドメトス騎士団長の奥さんのカタリーナさんが慌てた様子でやってきた。
「ロロナちゃん、ロロナちゃん、ちょっと来てちょうだい。あなた、ちょっとこの子借りるわよ」
手を引かれて別の部屋に連れていかれる。
部屋ではお茶とお菓子のおかれたテーブルに、母が座っていた。
「え? おかあ……えっと、こんにちは。ロロナと申します」
完全に意表をつかれて、普通に声をかけそうになった。
「いいわよ。もう知っているから……本当にセレナの娘のクレアって、ロロナちゃんのことだったのね。前から似ているとは思っていたんだけど……」
「えっと……お母さん、どういうこと?」
「ほら、この前手紙を送っていた、お母さんの友達のカティよ。まさかクレアと知り合いだとは思わなかったわ」
「カティって、カタリーナさんのことだったんだ」
そういえば、カタリーナさんも商家の出身だとお茶をしていた時に聞いたことがあった。
大店の家同士の付き合いなどで昔からの知り合いだったんだろう。母が愛称呼びしていたせいで気付かなかった。
あれ? ということは、わたしの結婚相手になるかもしれなかった男の子というのは……。
「もしかして……わたし、フリムの許嫁になるとこだったの?」
「そうよ。クレア、フリメド君のことも知っていたのね」
「うん……たまに試合をして叩きのめしてるから」
「あなた、何やってるの……?」
母が戸惑いと呆れの混じった声を出した。
「ストレス解消と、未来の騎士団長の育成? わたしの許嫁かもだった相手が弱っちいとかなんか嫌だし、今度からもっとビシバシやるね」
「やめなさい」
ガッツポーズをすると、母が半眼になった。
カタリーナさんはなにやら腕を組んで考え込んでいる。
「うーん、ロロナちゃんがセレナの……正妻は難しいけど、第二夫人とかならなんとか……?」
「お断りします」
「カティ、突然何を言いだすの?」
「チランジアちゃんをセレナの養子にすれば子爵家の娘だし、あとはロロナちゃんとチランジアちゃんをまとめてフリムと結婚させちゃえれば一緒にいられるだろうからいいかな、とか……」
「それはフリムの心が折れるからやめてあげて」
物理的に嫁の方が強い騎士団長とか前代未聞すぎる。
三人の中だとフリムが一番弱いし。
「子供同士を結婚って約束を気にしているんだったら、まだお母さんもカタリーナさんも次の赤ちゃん授かれるでしょ」
はっきりとは聞いていないが、二人ともまだ三十手前くらいだったはずだ。
「ちょっと、クレア」
母が赤くなった。
母はわたしが行方不明になって病んでいたので、次の子とかは今まで考えていなかったんだろう。
また獣人……というか、お稲荷様の加護持ちかもしれないわけだし。
弟か妹が生まれるまでに、加護をくれたお稲荷様を日国で調べなきゃな。
「あはは、私に関しては授かれるというか、もう授かっちゃってるんだよね……」
カタリーナさんが照れながらお腹を撫でた。
「あら。もしかしてとは思っていたけど」
「えっ……そうなんですか? おめでとうございます」
「まだ目立たないから、ロロちゃんにはわかりにくかったかな」
驚いたけど、仲のいい夫婦だし自然なことかな。
魔眼の処置の時にアルドメトス騎士団長が休みを取っていた時、カタリーナさんがやたらとツヤツヤしていたことなんかもあったっけ。
「……お母さん」
「それ以上言ったら叱るわよ」
まだ何も言ってないけど。