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106  ドッペルゲンガー

 チタノタの事情はわかった。

 さて、まずは描いた絵をなんとかするところからだ。


「チタノタ、まずは能力でわたしの絵を描いてみて。わたしに影響のある絵にならないはずだけど、それが成功するか確認したいの」

「わかった」


 一瞬躊躇してから、チタノタが右手の手袋を外す。

 その手は、影を塗り固めたような黒色をしていた。

 これが異能の手か。

 その黒色はわたしの記憶にあるものとよく似ていた。


 その指先の色が虹色に変わった。


 近づいてのぞき込むと、その指をあててなぞった部分に絵が描き出されていく。


 ……すごい。

 印刷しているみたいだ。

 出来上がっていく絵には、印刷した物なんかよりも、もっと存在感があるけれど。


 わずかな時間が経つと、作業が終わり写し取ったようなわたしの姿がキャンバスに現れた。


 そして、完成した絵には、予想通り特別な気配はない。

 わたしの仮説は当たったようだ。


 チタノタと手を取りあって喜んだ。


「やった! 成功だね。これはただの絵だよ。これならきっと何も起きない」

「うん、写せたって感じはなかった……。でも、なんで?」


 わたしは目元の付けぼくろを取った。目立つように大きめのものを選んでおいた。


「こういうこと」

「こ……こんなもので!?」

「チタノタの認識と実際の人間にズレがあると、あの特別な絵を描けないと思ったんだよね。実際にただの絵だった三人は、それぞれ一見わかりにくいものを身につけていたから。チタノタはそれを体の一部だと認識してしまって、うまく写し取れなかったんだろうって」

「身につけていたもの?」

「まず、君の主人は付けヒゲだった。予想だけど、あの目力のある女の子は付けまつ毛だったと思う。あとの一人は……なんというか、その……カツラだった」


 少し申し訳なく思いながら、モデルのお爺さんの髪の毛事情を暴露する。


「伯爵様が付けヒゲ!?」


 あ、うん。まあそちらの方が大事だもんね。

 やはり気付いてなかったようだ。


 服やアクセサリーのように、チタノタが身につけているものだと認識していたら結果は違ったんだろう。


 思っていたとおり、チタノタの能力は借り物のせいか稚拙だったようだ。

 問答無用でコピーするほどの力がなかったのが幸いした。


 チタノタ本人の認識が重要だということが確認できたところで、今回の件を収める目処がたった。


 翌日、チタノタを連れ出してアルドメトスの屋敷に行く。


 真新しいキャンバスに、自分の以前描いた絵を見ながら、チタノタが能力で新しく絵を描いていく。

 チタノタが前に描いたヤバい方の絵には、わたしが認識阻害をかけて、少しだけ違うように見せている。

 これで写し取ったことにはもうならないはずだ。


 出来上がった絵には、怪しい気配はなかった。

 どうしても元の絵とは少し違うけど、そこは仕方がない。

 普通の絵の具で直そうにも、彼が能力で描いた絵は絵の具を受け付けないのだ。

 そして、その能力では見えるものをそのまま『写し取る』ことしかできない。


「よし、終わったね。古い絵はあとで消しといて。念のためにキャンバスはこっちで焼いとくよ」

「うん、わかった。こっちの女の人は何を変えたんだっけ? なんとなく包容力が増したというか……。前よりも依頼主には喜ばれそうだけど」

「……ちょっとうちのお母さんと混ぜた」


 お母さんを褒められた感じになって、ちょっと照れる。


「幻術だっけ? そんなことまでできるのか……。君、本当に専門家なんだね。こっちの男の人は? 威厳が増してて、これも喜ばれそう」

「それはたしか……宰相様を少し混ぜた」

「こっちの子はちょっと活発そうな雰囲気になってるね。ちょっと血色の悪い子だったからちょうどいいかな」

「そっちは妹と混ぜた。あっちの子はほくろがいくつかあったから消しただけだね」


 さて、絵はこれで片付いた。

 あとは後始末とどう報告するかだな。


 わたしの提案にチタノタは顔を青ざめさせたが、最後にはうなずいてくれた。

 うまくいけばいいけど……。




 次の日、風精霊の靴を使って移動したわたしは、おりんとチアを連れてチタノタが腕をもらったという森にいた。


「ほう、俺の腕を持っているな……今はそのガキになってるわけか。お前、全然力が集まってねえぞ。瘴気もろくに生まれてねえ。もっと他のやつに成り代わってこいよ。なんのために腕を渡したと思ってんだ」


 よし、釣れた。

 こいつを捨て置くわけにはいかない。


「チア!」


 隠れていたチアが、声のした木を一刀のもとに斬り倒す。


「てめえ! 何のつもりだ!」


 木から飛び下りてきた黒を塗り固めたような存在が地面に着地した。


「やっぱりお前か。成り代わる者(ドッペルゲンガー)!」


 おりんの放った神銀(ミスリル)の矢がドッペルゲンガーを地面に縫い留めた。


「ぐがああああ! お前、前のガキじゃねえな! あの野郎、しくじりやがったのか!!」

「人に力を与えて生気を集めさせようとするなんてね。瘴気をすする邪精霊め」

「その矢はミスリルです。もう姿も変えられませんよ」


 もがくドッペルゲンガーに向かって、チタノタから斬り落としたその右手を放り投げる。


「もう要らないんでね。返しとく」

「てめえら、このエサふぜいがあああああ!」

「さよなら」


 ドッペルゲンガーの足元に魔法陣が展開し、放たれた魔法がこの世界から黒色の魔物を消滅させた。




 王都に戻ると、アルドメトスと共に彼の伯父とチタノタを訪ねた。


「片付いたそうだ、伯父貴」

「うむ。アルドメトス、娘、世話をかけたな。獣人の娘、アルドメトスの言うとおり見事な働きだった」


 報告を待っていたヒゲの伯爵とチタノタが現れた。


 ことの顛末を報告し、問題ない絵に描き直したこと、チタノタの写し取る能力が消えてしまったことなどはすでに説明している。


 ドッペルゲンガーを退治したことをひげの伯爵に報告した。


 チタノタの右手には、もう手袋はない。

 黒を塗り固めたような手ではない、普通の色をした手がそこにある。


 傷を負って時間が経つと、魔法や僧侶の法術などで治すことはできなくなる。

 傷を負った状態で固定化されてしまうのだ。


 でも、チタノタにはしばらくの間ドッペルゲンガーの手がついていた。自在に動かせる、本物の手だ。

 つまり、斬り落とせば生やせるのでは、と思ったのだ。

 黒い手が生えるんじゃないかと心配したが、無事に普通の色の腕が再生された。


 どっちみちドッペルゲンガーを始末すれば、借り物の黒い手は消滅してしまう。無事にうまくいってよかった。


 能力を失っても、才能があり急速に上達していたチタノタは、かろうじて絵師を名乗れるという程度の実力は持ち合わせている。

 そのまま絵の修行を続けることを許された。


 その代わり、借り物の腕の時よりもいい絵を描けるようになれ、と約束させられたチタノタは泣きながら伯爵に礼を言っていた。


 表向きは、絵描きの腕の素晴らしさに魅かれた邪悪な精霊が憑りついて、描いた絵も呪われてしまっていたということした。アルドメトス騎士団長が、見事に退治して一件落着というわけだ。

 モデルにはいくばくかの詫び金と共に描き直された絵が届けられ、ほんの少しばかり前の絵とは変わっていたが、評判は悪くなかったとのことだった。


 そして、憑りつかれた絵描きはしばらく仕事を休業して静養することになり、残念がられることになった。


 チタノタが仕事を再開するのは、今まで以上の絵を描けるようになった時だろう。


 家で今回の依頼の結末を二人に話して、おりんの淹れてくれたお茶をすする。


「ロロちゃんの絵はどうなったの?」

「あ、忘れてた。もう消されて、キャンパスは他の絵を描くのにでも使われちゃってるんじゃないかな」

「そうなんですか、一度見てみたかったですね」



 ◇ ◇ ◇



 絵具が並んだその部屋には、獣人の少女の絵が宝物のように置かれていた。


「よし、今日も頑張るか」


 少年はそう言って絵を眺める。

 今日こそ、この絵を超えるものを描いてやろうと思いながら。

 それから準備を始めるのが、最近の彼の日課だった。


 静かに絵を見つめる少年の瞳には、描かれた少女へのほのかな恋心が浮かんでいた。


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― 新着の感想 ―
[一言] こういうサブエピソード的なお話も大好きです。 というか綺麗にまとまっていて、改めて凄いなと思うと共にロロちゃんが久しぶり?に罪作りな女の子にw
[一言] ドッペルゲンガー再生治療術 まあドッペルを意のままに操れないとだめだけど
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