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103  ロロナ、狐耳だった


 翌日、チアが稽古に行っていなかったので、おりんとギルドの依頼板を見にいった。


「寒くなってきましたね」

「そうだねえ。そういえば、そろそろおりんの精霊コアの修復も考えないとね」

「目処がついたんですか?」

「材料の星銀で困ってたんだけど、隣の国で採れるって話があるらしくって……」


 そこで、受付のお姉さんに手招きされているのに気がついた。


「どうかしました?」

「指名依頼が今朝入ってたわよ」

「あれ、誰からですか?」


 わたしたち相手に、わざわざギルドを経由して指名してくる者に心当たりがない。

 魔術師長や騎士団長なら直接言ってくるはずだし……。


「マリッサさんって人から、カーテンの配達と設置って書いてあるけど……。代わりに手配でもしてあげたの?」

「え? ああ……そんなとこです」


 母の使用人のマリッサだ。

 昨日の今日なのに早いな……。


 冒険者であることなんかは伝えていたので、仕事として来られるように手を回してくれたらしい。

 幸い、今まで魔術師長や騎士団長からも指名依頼を受けているので、これくらいなら特に関係を疑われることもない。


 蜘蛛神様に遮光カーテンを作っておいてもらわないとな。


 後日、三人で屋敷を訪ねると、話を通してくれていたらしく、本宅から出てきた使用人がマリッサを呼んできてくれた。


「依頼をしてくださって、ありがとうございます」

「今まで何もできなくて、ずっと歯がゆい思いをしてきたんですから。セレナ様とお嬢様のためのご用事なんて、もういくらでも大歓迎ですよ」


 マリッサが朗らかに笑う。


 部屋に入ると、母のセレナが待っていた。

 少ししか経ってないけど、前会った時より顔色もよくなっているみたいだ。


「お母さん!」

「セレナママ!」

「あらあら」


 チアと一緒に二人まとめて抱きしめられた。

 暖炉の前にいた母は暖かくて、くっつくといい匂いがした。

 

「元気にしてた? ごはんちゃんと食べてる?」

「お母さんこそ」

「セレナママ、ママみたい」

「ふふ。もちろんよ。二人のおかあ……ママだもの」


 母がアピールしてきた。

 チアみたいにママ呼びして欲しいのだろう。

 小さい頃からずっと離れていたから、ママって呼ばれるのに憧れてたのかな。


 わたしも……というか、わたしの記憶が戻る前のロロナの部分にもそういうところがあって、この前そう呼んだんだし。

 でも恥ずかしいのでせめて二人きりの時だけだ。


「じゃあ、先にお仕事片づけちゃうからね」


 蜘蛛神に作ってもらっていた遮光カーテンを取り出す。


 うーん、あっちの小窓はロールスクリーンの方が楽かな。

 あとは、メインの窓はもう少し大きい方がいいんじゃないかな。

 母はもう少し日に当たるべきだと思う。


 いじるのなら、ついでに二重窓……いや、ペアガラスにしちゃおう。

 それから……。


「いつもの凝り性なところが出てきましたにゃ」

「ロロちゃん、ああなったらしばらく戻ってこないの」

「あの子、大工さんに弟子入りでもしてたの? 器用なのねえ」

「……窓ごと別の物に作り変えていらっしゃるように見えるのですが……」


 うん、こんなものかな。

 

 試しにカーテンを閉め切ってみた。


「あら、本当に光を通さないのね。こんなに暗くなるなんて」

「おうちのもこれなんだよ。お昼寝にいいよ!」

「チアは寝すぎじゃない?」


 寝る子は育つからいいけど。


 仕事を終わらせて、お茶の時間にする。

 今日はシフォンケーキを焼いてきた。


 それになぜか母が感激している。


「娘の手料理……夢が一つ叶ったわ」

「お母さん、大げさ」


 あと、お茶うけを手料理にカウントするのはどうなんだろう。


「クレアも結婚して子供が出来たらわかるわ」

「ロロちゃん! 結婚」

「しないってば」


 どうもチアは馴染みのお調子者冒険者たちの影響を受けている気がする。

 教育に悪い連中である。


「ねえ、お母さん。ストラミネアに調べてもらってもよくわからなかったんだけど、なんでわたし獣人だったの?」

「うーん……私たちもきちんと知ってるわけじゃないのよ。昔からお母さんの一族にはたまに出るらしいの。加護のせいらしいって聞いてるのだけど……」

「加護? 何の加護なの?」

「それもわからないの」


 紅茶を淹れなおしていたマリッサが戻ってきた。


「記されているらしい本があるのですが、読めないので捨て置かれておりました。クレア様がお生まれになったあと、こちらに一応持ってきていたのですが、取って参りましょうか?」

「ぜひお願いします!」


 どんな本だろ。これでも昔取った杵柄でこの世界の語学にはそれなりに自信があるぞ。


「お嬢様、こちらです」


 お嬢様はやめて欲しい。


 まあ今は何より本だ、本。

 ……これ、本と言うよりは、日記っぽい感じだな。


「……古い日国の言葉ですね」

「あらまあ、よくおわかりになられましたね。商会をお立ち上げになったクレア様のご先祖は日国の方だったらしいですよ。日国の者に読んでもらおうとしたこともあったらしいのですけれど、古語なので読める者が見つからなかったとか……」


 パラパラとめくってみる。

 この世界の言葉の知識だけでは読めないけど、前世の日本語に似ているせいで二つの知識を合わせるとところどころはわかる。

 やっぱ日国って、向こうの日本人だった人とかが関わってるのかな。


「ん-、ある程度読めそう」

「本当ですか!?」

「ロロちゃん、すごーい」

「クレアすごいわ。賢いのね。さすが私の天使……」


 なんか親ばかが混じっているな。


「この辺かな」

「なんて書いてあるの?」


 チアとおりんも興味津々だ。


「大地神……イネリ神……大蛇……ここからは旅の話と商売の話、これはのろけ、ここから孫自慢…………。あ、最後にもあった。イネリに返す、望む……」


 えーっと、まとめると……。


「大地神の眷属の神様から力を借りて大蛇退治をして、褒美として力を借りたままの状態で旅に出たんだね。それがこの国に居着いて、結局返せないまま亡くなったみたい。約束を守って返して欲しいって」

「本当に加護だったんですね」


 借りっぱなしになってしまっているわけか……。


「いや、これイネリというより、イナリ……って、お稲荷様!?」

「知ってるんですか?」

「多分、狐の神様」


 色々解釈はあるが、大地神の遣いならそういうことになるかな。


「じゃあ、ロロちゃんってキツネなの?」

「え? あっ、わたし、犬……オオカミじゃない!?」


 知られている獣人は、基本的に猫人か狼人だけだから、そう思ってたのに。


「落ち着いてください、大丈夫です。二足歩行なんで犬ではありません」

「いや、そういう意味じゃないし……。おりんがまず落ち着いて」


 むしろおりんの方が混乱しているだろ。


「狐だからしっぽモフモフなんだー。でも、加護ではえてるんなら、ロロちゃんって獣人なの?」

「あれ? そっか、遺伝子的には……人族なのか……?」


 遺伝子って言っても、わたし以外は誰もわからないけど。


「今日のチアちゃんは賢いですね」

「えへへへ」


 それだと、いつもはアホの子だと思ってるように聞こえるぞ。


 えっと、とりあえず一回整理しよう。


「わたしの耳と尻尾も身体能力が高いのも、多分お稲荷様の加護だとして……。で、それは借り物で、ご先祖は日国の神様に返して欲しいんだよね。これ、返したら耳と尻尾もなくなっちゃうのかな」

「今のままがかわいいからやめましょう」

「モフモフがいいからだめー」


 二人が即答する。正直、わたしも返したくない。

 冒険者やるのに身体能力落ちるのは嫌だし、ケモノ耳と尻尾があるのがわたしだし。

 もうこれはわたしのアイデンティティなのだ。


「でも、ロロちゃんは獣人じゃなくなったら、お母さんと暮らせるんじゃない?」

「わたしは獣人のままでいたいかな。もう、これが自分だって思ってるから」


 これは理屈ではなく、感情の問題だ。


「……それに、自慢じゃないけど、わたしは利用価値が高いから。今の国王の間は大丈夫と思うけど、『貴族の娘』ってことになると国に取り込もうとしたり、立場的に断れない縁談がくるなんて可能性もあるから……。場合によっちゃ国を捨てることになるし、逆にお母さんたちに迷惑かかっちゃうかも」


 それだと、下手をすると転生前の二の舞になる。

 ソフィアトルテと出会えて、新しい目標もできたし、もう歩みを止める気はないのだ。


「セレナ様、お嬢様は……」

「あの子はもう独り立ちしてしまっているし、クレアにはクレアの見つけた生き方があるみたいね。寂しいけど、やりたいようにやらせてあげるべきでしょう。何もしてあげられなかった私が、今更口を出すのもね……」


 母がマリッサにというよりは、自分に言い聞かせるように言った。


「加護って消える心配はないの?」

「そういえばそうですね。いいところに気がつきました。チアちゃん、百点」


 おりんがチアを撫でる。


「やった。晩ごはんはハンバーグね!」


 いつできたんだ、そんなルール。


 おりんがこちらに向き直る。


「それで、ありえるんですか?」

「珍しいけど、そういう話はたまにあるよ。わたしはそのお稲荷様をまったく知らないし、借りっぱなしだし……可能性はあるかもね」


 向こうがやろうと思えば、それくらいのことはもちろんできるはずだ。


「放置するのもリスクがあるわけですか」

「訪ねて、お願いしてみるってのがいいのかな……。最初も魔物退治でもらった加護だって話だから」

「じゃあ、次の目的地は日国ですね。知らない土地に真冬に向かうのは厳しいですし、行くならもう少し先ですか? でも着くまでに季節が変わりますかね……」

「行く方法は心当たりがあるから、もう少し先でいいよ。チアの稽古もあるし、わたしも……その、お母さんに会えたばっかだし」

「ああ、そうですね。たっぷり甘えてください」

「恥ずかしいから、はっきり言わないで……」


 話を聞いていた母は、とてもうれしそうにしているけど。


「あと、おりんのコアの修復が後回しになっちゃうけどいいの?」

「もちろんです。ロロちゃんの耳と尻尾がなくなったら困るでしょう!」


 いや、そんなにかな……。

 てか、なんでおりんの方が真剣なんだ。


 少し温度差を感じるわたしだった。


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