100 ロロナの両親
あれからギルドへの報告をすませ、カティアとの仕事が片付いた翌日、お茶を淹れながらストラミネアに声をかけた。
「ストラミネア、先延ばしにして悪かったね。お願いしていた調べものが終わったんだったっけ」
「はい。不明な部分もあるので完全ではないですが、ご報告を」
おりんはソファでネコ姿でまるまっている。
「しばらくいなかったけど、貴族周りでも調べていたにゃ?」
「ロロ様を捨てて殺そうとした者を、見つけて復讐しようという話です」
ストラミネアがためらいなく答える。
そんな話をした記憶はない。
あとあと厄介事になると嫌なので、わたしの出生関係を調べてもらっていただけだ。
「殺そうとした?」
おりんの目に剣呑な光が宿る。
ソファの上で、ピシッとした犬のお座りのような体勢に座り直した。
「捨てられていた時の話、伝えていないのですか? 安全のためにも伝えておくべきでは?」
「あー、まあ……そうかもしれないけど……」
ずっと捨てられていて引き取られたとしか聞いていなかったけど、孤児院の院長に危険な目にあう可能性もあるからと、孤児院を出る前に聞かされていたのだ。
「……どんな捨てられ方だったんですか?」
「王都の門の外で夜を明かした行商人さんが見つけたんだけどね……。騎士らしい人が夜中なのに門から出てきて、森に入っていったから、興味本位であとをつけたんだって。で、雪の中に捨てられていたわたしが、ゴブリンに食べられかけてたってわけ。さすがに王都はまずそうだってんで、ナポリタの孤児院に運んでくれたらしいよ」
「殺しましょう。あと、その商人には恩賞が必要ですね」
「やめてってば。とりあえず話を聞こう。そこまでするってことは、なんかありそうだしね」
ストラミネアもうなずいた。
「そうですよ。どうやって殺すかはあとで相談しましょう」
殺す前提で話をするな。
二人とも殺意が高すぎる。
「まあまあ、落ち着いて。捨てられたおかげでチアやおりんと会えたってところもあるんだし……」
「ロロ様……」
おりんの顔がほころぶ。
それから、優しく言い聞かせるような口調で続きを口にした。
「それはそれ、これはこれです」
「あっ、はい……」
「洗い物終わったよー。何の話ー?」
「チアもおいでー。一緒にストラミネアのお話聞こうね」
チアがソファに座ってネコおりんをヒザに乗せた。
チアもいれば、二人も殺すだの復讐だのは言わないだろう。
◇ ◇ ◇
ある子爵家の跡取りが、商人の娘と恋仲になった。
将来を誓い合ったところで、横やりが入る。
伯爵家の娘がその跡取りに言い寄ったのだ。
結果的に彼は伯爵家の娘を第一夫人とし、商人の娘を第二夫人とした。
しかし、結婚しても彼は第一夫人には手を出さず、結果、先に第ニ夫人が懐妊した。
ところが、生まれてびっくり。その赤ん坊には犬耳と尻尾があったのです。
「それがわたしってわけね」
「立場もある第一夫人と、恋仲で結婚した第二夫人というのは、貴族としては収まりがいい話ですけど……第一夫人に手を出さないというのは、さすがに問題ですね」
おりんがチアの膝の上に乗ったまま腕を組む。
「おそらくですが、第一夫人は若年で結婚したため、当時は控えていたのでしょう。当時……十二、三才ですね。第一夫人はかなり強引に結婚を迫ったようですから」
若いな。
この国の慣例的に結婚年齢は十四、五才からくらいなので早めだ。
そこまで若すぎると妊娠や出産は体の負担が大きい。
しかし、そういう知識ってこの世界でもみんなあるものなのか?
転生前のわたしはこういう方面の知識は疎い。
「子供を産むにはまだ負担が大きい、というわけね。おりんはこういうの知ってた?」
「私は経験的に知ってますよ。この辺で慣例的に結婚は十五才前後からなのは、その辺の経験則からきているのかもしれませんね」
「チアは今知ったー」
「ああ、なるほどね……。それで? 不貞の子扱いとか?」
「不貞を疑われることはなかったようです。しかし、貴族の庶子が獣人というのは周囲から見れば不貞の子ですから。そのため、一度孤児院に入れてから使用人の養子にして屋敷に入れようとしたようです」
「ややこしーね」
出産の話をふーん、と聞いていたチアは、養子の話は理解をあきらめたらしく、おりんをモフり始めた。
「最後は使用人を死んだことにでもして引き取れば美談扱いってとこですかにゃ」
「それが、なんで捨てられてたの?」
「この案は第一夫人のものです。もっと言えば、その後ろにいる伯爵家の。秘密を守るためという名目で、第一夫人の実家の伯爵家が全面的に協力したそうです」
「あー、それならいくらでも理由はありそうだね」
娘の第一夫人より先に妊娠したから嫌がらせだとか、娘の夫が不貞されたなんて醜聞を確実に潰すためとか、少し考えただけでもいくつか思いつく。
「つまり、第一夫人とその実家がなぜか消し飛んだりするとなんかこう、いい感じなわけですよね」
そこの猫、もう少し真面目にオブラートに包もうとしろ。
「第一夫人は当時まだ子供ですし、高確率で、本当にロロ様は孤児院に送られて、それから行方がつかめなくなったと思っていますね。ロロ様のお母様はそれ以来塞ぎこんでいらっしゃるので、幸運くらいに思っている可能性は否定できませんが……やはり、疑いの余地はあるので念のために黒としておきましょう」
疑わしきを罰しにいくな。
「ストップ、ストップ。わたしは別にそこまで恨んでないから。さっきも言ったけど、孤児院に運ばれたおかげで今があるわけだし」
むしろ、捨てられていなかったらこの前のスタンピードを止められずに死んでいた可能性が高い。
「でも、ロロ様は母親と引き離されましたし、それに塞ぎこんでいるって今ストラミネアが……」
「うん、まあその辺はちょっと思うところはあるけど」
「ですよね。有罪ですよね」
「だからやめて」
「そんなことより、大ニュースだよ! ロロちゃんのお母さんとお父さん生きてたよ! 会いに行かなきゃ!」
チアはいい子だなあ。
癒される。
「……貴族関連となると、今のわたしには利用価値がある分、会うとややこしくなりそうだね。まあ塞ぎこんでるのはかわいそうだし、生きてるのは知らせてあげたいかな」
「ロロちゃん、なんかつめたーい」
「できるだけややこしくならないように、まずは邪魔者の排除からですよね」
おりんはちょっと黙ってて。
「それよりストラミネア、結局わたしの耳と尻尾はどこからきたわけ? これって大体血の濃さで決まるから、先祖返りってのも聞いたことないし」
「ああ、それはわかりません」
ストラミネアがあっさりと答える。
ある意味、一番大事なとこ!
「ですが、ロロ様のお母様は理由を知っているようです。それ以上はちょっと……長期的に調べればいつかはわかるかもしれませんが」
「うーん……どうするかな」
「会って聞けばいいんじゃないの?」
チアが、なんで悩んでいるのかわからないといった口調で言った。
「場合によっては、この国にいられなくなる可能性まであるけど」
「大丈夫、大丈夫。ロロちゃんのお母さんだもん。ロロちゃん悩みすぎー」
だらだらストラミネアに調べてもらうのも悪いしな……。
ここはチアの言葉にのってみるのもありだけど……。
「チアはいいの? わたしが自分の母親と会うの」
「ロロちゃんのお母さんも会いたがってると思うから、いいと思うけど?」
不思議そうにチアが聞く。
チアも親はいないのに、この子はそれほど気にしていないみたいだ。
「先に言っとくけど、わたしの家族はチアとおりんとストラミネアだから。それからベルとグラクティブとハルトマンとコナーズとガスパルとグラノラにミラドール。……血のつながった親なんて、そのあとだからね」
「うん、わかってるよー」
チアが嬉しそうな顔をしておりんをモフっていた。