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10  ロロナ、冬になって9才になる

 秋になって、川で水浴びはできなくなってしまった。

 日本人の前世を持つわたしにとっては、かなり辛い仕打ちだ。


 秋はキノコ、木の実、冬に向けて(まき)拾いの時期になる。

 一般的には火の魔石を使うことが多いけど、我々は薪です。はい。


 孤児院に支給はされるものの、なにせ最低限なので、暖を取るためには少しでも多く欲しい。

 二、三年前のことさら寒かった年には、冬を越すのに薪を使い切ってしまい、春に季節外れの寒波が来たときは一晩中眠れなかった。


「しまっしまー」


 チランジアがしましまのキノコを集めている。今日はみんなでキノコ狩りだ。


 火を通すと模様は薄くなるようで、生えているキノコは去年食べたものより更に茶色と白のしましまが際立っている。

 大丈夫だと知ってはいるけれど、食べると思うとなかなか不安になる見た目だ。

 

 以前、コナーズが言っていた通りしましまキノコ以外にも様々なキノコが生えている。


「ロロ、お前の野生の勘でなんとかならないか?」

「死んでも文句言わないならね」


 女の子でも足りないくらいだ。孤児院の男の子は、大体食事が足りずに飢えていると思っていい。

 無茶振りしてきたガスパルに、軽く返事をする。


 キノコの知識はさすがに持っていない。


 正確には、あるにはあるが前世の知識なので、この世界に適用していいのかは疑問だ。


「せめて苦しまずに死ねるのにしてあげてね」

「いや、まず死なないのにしてくれよ」


 茶化すルーンベルにガスパルが頭をかいた。


 ヒラタケっぽいものや、ナラタケっぽいものなどが目に入る。ヒラタケ(仮)を割いて中を確認する。

 うーん、これヒラタケに見えるけど……やめておこう。ちょっと時期的にも早い気がするし……

 諦めてそこらに投げるとみんなにならって、しましまキノコ集めにせいをだすことにする。


 自分で採った補正を入れても、しましまキノコは美味しくなかった。




 夜は、ルーンベルとベッドの上でいつもの練習だ。


「もっと明るくするにはどうすればいいの?」

「呪文通り太陽をイメージする。実物をイメージしたいなら、豚の蹄亭の明かりの魔石灯でもイメージしたら? あれ、まんま明かりの魔術だし」

「え、街の門の灯りとかも、もしかして全部?」

「今の明かりの魔術だと思うよ」

「……深く考えたこと無かったけど、こう……もっとちゃんとした魔道具なのかと思ってた」


 中身は基本中の基本魔術だ。現実はそんなもんである。

 ルーンベル的には、舞台裏をのぞいたら思ったよりしょぼかった、という感じだったようだ。


「暗闇を明るくするんだから、すごい魔道具! ベルもすごい魔術師! 頑張れー」

「ロロちゃん、すごい適当!」

「じゃあチアは、すごいカワイイ!」


 背中に引っ付いているチランジアを捕まえて、ベッドに転がす。チランジアがきゃーきゃーいいながら、今度は腰に抱きついてきたのをベッドに押し倒した。

 寒くなってくると、チランジアはよくくっついてくるようになって、最終的にはそのままベッドに潜り込んでくるようになる。


 朝起きるとチランジアの栗色の髪が巻き付いているようになると、冬の訪れを感じる。冬の風物詩だ。

 二人分の重さにいつまでわたしのおんぼろベッドが耐えれるのかかなり不安があるのだが、言っても聞かないから諦めた。

 実際、寒いからね。


「そろそろ他の魔法も覚えていきたいから、教えてくれない?」


 そのままじゃれているわたしたちを、ルーンベルがあきれた顔で見下ろしていた。


 ベルを見上げながら指を一本立てる。


「そうそう、ベル。魔術と魔法は違うから、魔法っていうのはやめなね」


 前から気になっていたことを指摘する。

 これについては、実用的な話とは無関係なので後回しにしていた。


「魔法は神様が使う力。人間が使うのは魔術だからね」

「でも、魔法使いって言うじゃない」

「……ちょっと真面目に教えようか」


 上に乗っかってきたチアごと起き上がって、あぐらをかいて座る。


「まずは世界の根源の力がマナ。それを扱うのが神様の魔法。魔術はそれを真似して人間に使えるようにしたものなんだよね」

「うにゅー」


 膝枕状態のチアの頬をむにむにしながら続ける。

 よくのびるほっぺただなぁ。


「で、魔法使いってのは、神様に力を借りて魔法を発動できる人。正確には、魔法を召喚する魔術が使える魔術師のことなの」

「うーん?」


 さらっと説明したけど、ルーンベルは理解が追い付かなかったらしい。


「……グラノラが魔法使いで、大将が神様、料理が魔法だとするじゃない。大将(神様)が作った料理(魔法)を、グラノラが運んでくる(召喚する)って感じ」


 豚の蹄亭は、豚やオーク肉の料理を得意としているお店だ。大将はとてもいい人で、たまに孤児院に差し入れをしてくれる。

 オーク肉は豚よりも癖があるけれど、料理法を選べば普通に食べられる肉だ。


「……うーん?」


 まだピンときてないようだ。たとえが微妙だったか。


「じゃあ魔法使いって本当は魔法配達屋さんなんだ」

「ああ、そういうこと」


 一応話を聞いていたらしい。チランジアが結論づけた。

 間違ってはいないけどヒドい。

 ただ、ルーンベルには理解してもらえたようだ。


「なんかご飯の話したらお腹すくねー」

 

 ご飯の話してたかな。




 冬が近づく頃には、ルーンベルの練習内容に生活魔術と呼ばれる水を出すものや、火をつけるものなどが加わり、更には簡単な土を動かすものも加わった。


 明かりの魔術もまだ全ての呪文を詠唱してはいるけれど、もう実用範囲に達していた。

 夜中にトイレに行くのに大活躍である。


 ゴブリンの魔石は、地属性の攻撃系魔術を見せるのに使う予定だ。

 どうせなら、使う相手に鹿とか猪とか食材になるものが出て来てくれればいいのだけど、そうそう都合良くはいかないのだった。残念。


 今日は冒険者ギルドに、今年最後のポーション用ギザ葉を納品に行くグラクティブとハルトマンについていく。

 ギルドは思ったより大きいしきれいだった。中途半端な時間なので、人は少ない。


 目的の、依頼の掲示を確認する。

 うん、読めるやつだ。よかったよかった。

 読み書きに何を使われているのかを確認したかったのだ。

 普通に昔と同じ大陸言語のままだった。


 寒くなると、出かけずにみんなが暖炉の前に集まることが多くなってくる。


「年長組、注目ー。勉強を始めるよ」

「ん? 魔術?」


 グラクティブがルーンベルを見る。


「ちがうよ。読み書きだよ」


 春以降、獣人の村に行ってうまくマジックバッグを回収できれば、わたしの孤児院暮らしはそこで終了になる可能性がある。

 少しでも世話を焼いておくなら、と考えた結果、この冬に簡単な読み書きを教えておこうと思ったのだ。


 院長は忙しいし、手伝いに来てくれているクロカータさんもそこまで余裕はない。


 わたしが卒業しなくても、グラクティブとハルトマンは次の夏には十二才になって卒業してしまう。

 短期集中になってしまうので一部メンバーに少し不安があるけれど、コナーズがいるので安心だ。

 年少組の子たちも彼に託してしまおう。


「グラクティブとハルトマンは来年卒業するでしょ。コナーズも教える役を増やしておきたいからお願い。それ以外のみんなは一緒に聞いてもいいけど、細かいフォローはしないから、後でコナーズに聞いて」


 年少組はこの場では遠慮してもらう。

 卒業の近いグラクティブとハルトマン、覚えのいいコナーズに集中的に叩き込む作戦だ。


「わ……分かった」

「お前、いつの間にそんな……」

「わたしがたまに採集休んでる間、何もせずごろごろしてたとでも思ってたの?」


 ふふん、と鼻を鳴らしてやる。

 何もせずにごろごろしてたんだけどね。


 わたしは前世の感覚もあって、七日に一日は休むようにしていた。

 大体誰にも見つからないようなところでサボっていたので、アリバイも大丈夫なはずだ。


 燃え残りの炭や、灰、要らない木の板、地面に直接、などなど。地道なお勉強が始まった。

 例年の冬のようにやることもなく退屈するよりはいいかもしれない。




 ルーンベルの生活魔術も、洗浄を除いて安定してきている。

 洗浄だけは効果が今ひとつだ。対象の指定が甘かったり、イメージがつかめてなかったりするせいだろう。

 風呂や洗濯の機会が少ない今の生活なら、それでも重宝する魔術だ。


 そろそろ攻撃魔術も教えないとかな。

 いつまでも獲物を待っていても仕方ないので、置いていたゴブリンの魔石を使うことにした。


 春になって遺跡もどきでマジックバッグが回収できれば魔石もある程度は手に入るし、ずっと取っておいても意味が無いだろう。


「ストーンバレット」


 色々迷ったが、結局基本中の基本の石つぶての魔術にした。


 石つぶてが標的にした木にぶつかって、表皮にキズをつける。

 手の中の魔石が粉々に砕けた。


「魔物を一撃で殺せるほどじゃないけど、数が多くて避けにくいし、当たると怯ませられるから初心者向きだよ」


 攻撃魔術は難易度が上がるけれど、実際に見せた分イメージはしやすいだろう。

 ルーンベルは、早速教えた呪文を確認している。


 それを見守っている間に、冬の冷たい風が吹き抜けて、わたしの銀色の髪が風になびいた。


 わたしの髪もだいぶ伸びてきた。

 孤児院にこのままいるのならば、来年の今頃には切って売り払うことになるだろう。


 わたしは九才になっていた。


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