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1  ロロナ、初めての魔物狩り

 孤児院で暮らす獣人の少女は、六才になった時、生まれ変わる前の記憶――偉大な魔法使いであった記憶を取り戻した。


 そして、魔法使いであった記憶とともに、現代日本に住む知らない女の記憶が流れ込んだとき、転生魔法の失敗を知った。





 右手の森の茂みから響くかすかな葉擦れの音を耳が捕らえた。


 ――警戒を(おこた)った。


 心の中で舌打ちしながら意識を集中すると、何か生き物の気配がするのが分かる。


 確実に何かがそこにいる。


 横にいたチランジアの肩に手を置きながら、よく聞こえるようにフードの帽子を取って耳を出した。


「ロロちゃん?」


 肩をたたかれて振り向いたチランジアが、茂みをにらんでいるわたしを見て、キノコの採れる森を案内するべく前を歩いていた他の五人を呼び止める。


「ん?」

「どうした、チア?」


 気配を読むのにすべての感覚を集中する。

 オオカミにしては気配が小さいし、ゴブリンとは明らかに違う。

 

 今のわたしに魔力はない。それでも何かが感覚に告げてくる。

 これは、かすかな魔の気配?


 この近辺に出る魔物だということは……つまり、消去法で……。


「牙ウサギだ! 逃げて!」


 一瞬だけ固まったみんなが、いっせいに森へ向かって駆け出した。


 なかなかいい反応だ。だてに孤児やってないな。

 心配していた、わたしと同じで今回初めて町の外に出たチランジアは、真っ先に走り出している。


 振り返ると、感づかれたことを察した牙ウサギが奇襲を諦めて、枝が折れる音と共に茂みから飛び出してくるのが見えた。


 ウサギはウサギでも、前世で言うジャイアント系サイズだ。

 ウサギと聞いてパッとイメージする大きさではない。

 子どもの身長だと、余計に大きく感じる。


 その口には一際大きい鋭くとがった前歯があり、他の歯もサメみたいにとがっている。

 食いつかれれば肉を抉り取っていくであろう凶器が、そこに並んでいた。


「うおっ、出たぞ!」

「牙ウサギだ!」


 後ろを見ている暇があったら走れ。


 わたしだけなら逃げ切れるんだけど、さすがに四つ足の野生動物だ。速い。

 みんなが木の上に登るのを、悠長に待ってはくれなさそうだ。


 気を引いて別方向に逃げるか?


 いや、それならいっそ、倒してしまえばいい。

 獣人の身体能力を思い知るがよい。


 迎撃する方向で意思を固めると、何か武器になりそうなものはないかと、走りながら周囲を探す。

 さすがに素手は無謀だ。


 地面を転がっていた大きな枝を見つけた。

 もう少し小回りが利きそうそうなものがよかったけど、これはこれでいいか。


 木の棒に飛びついて、途中で二つに分かれている方を後ろ側に持って、牙ウサギに向き直った。


「ロロ!?」


 仲間たちが馬鹿、逃げろと(わめ)いているのをまるっと無視して、小さな魔獣を見据えて中段に構える。


 回り込むようにして足を狙ってくるだろう。

 そうやって足を食いちぎって、動けなくしてからからトドメをさすのだ。


 知っている相手だ。

 体の動かし方も分かっている。

 気負う必要はない。


 短く息を吸って、長く吐く。


「お前らはそのまま走れ! ロロ、逃げろ!」


 リーダー格のグラクティブが後ろで叫んだ。

 こちらに向かって駆けてくる気配がする。

 正直邪魔だが、幸い間に合う距離ではなさそうだ。


 向こうも一人立ち止まっているわたしに、目標を定めたようだ。


 うん。本当、動きがよく見える。

 これが獣人の眼か。


 ――ここ!


 踏み込んで放った一撃は、狙い違わず、加速しながら回り込むように走りこんできた牙ウサギのノドにめり込んだ。


 思った以上に重い手応えが手首に伝わってくる。

 そのまま振り切ると、鈍い音と共に握った枝が途中でへし折れた。


「ほーむらん」


 思わず、のんきなセリフが口から出た。


 宙を舞った牙ウサギの体は、そのまま背中から落下した。

 ノドをやられて呼吸を阻害された牙ウサギが、数回もがいてから、起き上がった。


 敵の動きを確認するためだろう、こちらに目を向ける。


 でも、もう遅い。


 牙ウサギの黒目いっぱいにへし折れてとがった枝の先が映る。


 眼球を貫いて、その奥にまで。


 突き出した切っ先が眼窩周りの骨を砕きながら、頭蓋骨の中に達した嫌な感触を、私の腕がしっかりと感じとった。


「…………ほーむらん?」


 あら、聞かれていたか。


「葬らん?」

「……ちょっとちがう」


 そんな時代劇の暗殺者みたいなセリフは言わない。

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