11 ジルとの紳士対決 最終戦 ダンス
ホールのテーブルが片付けられ、ダンスの時間となった。
皆それぞれパートナーを選び、優雅なステップでダンスに興じている。
ちなみに俺のパートナーになったのは姉ちゃんだった。
が、姉ちゃんも社交ダンスが上手な訳では決してなく、むしろ下手な方で、
俺は一緒に踊っている間に五回以上その高いヒール靴で足を踏まれ、最後にはお互いに足をもつれさせ、二人して豪快に床にすっ転んだ。
間一髪俺が下敷きになって姉ちゃんを床に這いつくばらせる事にはならなかったけど、その様は滑稽以外のなにものでもなかった。
一方のジルは映画で見た事のある外国の有名女優をパートナーに、まるでプロのような見事なダンスを披露していた。
あいつに欠点というものは存在するのだろうか?
ちなみにこのダンスは時間とともに定期的にパートナーを代えて行くようで、一通りダンスを楽しむとお互いにお辞儀をし、また違うパートナーと組んでダンスを始めていく。
なので俺も姉ちゃんを立ち上がらせてお辞儀をし(思い切り睨まれちまったけど)、他のパートナーを探そうと思っていると、
「一緒に、踊っていただけますか?」
と目の前に、どこかで見たような女の子が現れた。
ちなみにその人物は、さっきステージの上でこの会場を大いに盛り上げた、彩咲綾音その人だった。
さっきのステージ衣装を着替え、今はオレンジ色のドレスを身にまとい、キラキラ光る髪飾りでその天の川のような髪を彩っている。
「うぉっ⁉えぇっ⁉俺⁉」
何かの間違いかと思い俺はあたりをキョロキョロ見まわしたが、どうやら俺で間違いはないらしく、
「はい、そうですよ♪」
と、にこやかに返された。
ぐ、お、か、可愛い・・・・・・。
さ、さすがは今をときめく超人気アイドル。
ちょっと笑い掛けられただけで魂を持って行かれそうだ。
ダンスの曲はアップテンポなものからゆっくりした調子のワルツに変わり、俺はぎこちないステップながらも、何とか彩咲綾音のステップについていった。
一方の彩咲綾音は社交ダンスの心得もあるようで、じつになめらかな足取りで踊りを楽しんでいる。
い、いいのだろうか?
別にファンでもない俺が、一緒にダンスなんか踊ってもらって。
その間俺は彩咲綾音と二言三言言葉を交わしたけど、その内容は全く覚えていなかった。
そしてダンスが終わると彩咲綾音は丁寧にお辞儀をし、次のパートナーの所へ去って行った。
ここに来て、よかった・・・・・・。
俺はこのパーティーで初めてそう思った。
美鈴が知ったらうらやましがるだろうな。
と思っていると、次にダンスのパートナーになったのは理奈だった。
俺は何とか様になってきた(?)ステップで理奈についていきながら言った。
「美鈴の様子はどうだった?」
理奈は慣れた足取りで俺にステップを合わせながらこう返す。
「今は救護室で横になっているわ。ぐっすり眠っているから、そのうち目を覚ますでしょ」
「悪いなぁ、面倒かけて」
「これくらい当然よ。それよりあなたのそのザマは何なの?
紳士として全くなっちゃいないじゃないの。
そんなんでよくあのジル・ジェラードに決闘を挑もうと思ったものね?」
「め、面目次第もない・・・・・・」
俺がうつむきながらそう言うと、理奈は
「しょうがないわねぇ」
と言いながら、俺の腰に手を回し、ぐっと身を寄せてきた。
「ひっ⁉え、な、なに⁉」
自分でも情けなくなるような裏声を上げる俺。
すると理奈はまっすぐな目で俺を見据えて言った。
「ダンスくらいいい所を見せなきゃ話にならないでしょ。
リードしてあげるから、ちゃんとついてきなさいよ」
曲はバイオリンの音色が美しく響く、ロマンチックなものにかわった。
その曲にあわせ、理奈は優雅に身をひるがえし、華麗なダンスを披露した。
そして俺はそれに引っ張られるように、必死に理奈のステップについていく。
しかし姉ちゃんの時のようにギクシャクする事なく、実にスムーズに踊れている。
これは理奈が俺の動きを計算しながら踊ってくれているからだろうか?
まるで俺自身も一気にダンスが上手になったような錯覚を覚える。
パートナーが変わるだけでこんなにも違うとは。
理奈って、本当に生粋のお嬢様なんだな。
そして曲はクライマックスを迎え、バイオリンの音が途切れると同時に理奈は大きく上半身をのけ反らせて倒れ込み、それを俺はしっかりと右腕で受け止め、見事なダンスのフィニッシュが決まった。
するといつの間にか周りの人達が俺達を取り囲むように眺めていて、曲が終わると同時に、大きな拍手が沸き起こった。
「ま、これくらいやっておけば、負けになる事はないでしょう」
起き上った理奈は事もなげにそう言い、人ごみに向かって歩いて行く。
「あ、ありがとう!」
俺がとっさにそう叫ぶと、理奈は少し右手を上げ、そのまま人ごみの中に消えて行った。
はあ、なんだかすっかりあのお嬢様に助けられちまったな。
あいつが居なかったらこのダンス対決でもボロ負けだったぞ。
と、心底ほっとしていると、姉ちゃんが興奮した様子で駆け寄ってきた。
「ちょっと、凄いじゃないの聖吾!あんたがあんなに華麗に踊れるなんて知らなかったわ!」
「いや、あれはあのお嬢様がうまくリードしてくれたからだよ。俺は必死にそれについていっただけだよ」
「確かにそうだねぇ」
と、余裕の口ぶりでジルも歩み寄って来た。
「確かにダンスそのものでは君たちの方が優れていたかもしれない。
でもそれはあの素敵なお嬢様のおかげで、聖吾君はそれに助けられただけ。
だからこの勝負はどうひいき目に見ても、引き分けというのが妥当だと思うけどどうだろう?」
「う・・・・・・そうだな」
ジルの言う通り、この対決は引き分けが妥当なところだろう。
引き分けに持ち込めたのも、ほとんど理奈のおかげなのだから。
「さて」
と、ジルは改まった口調で姉ちゃんに顔を向けて言った。
「これで聖吾君との決闘は終了だ。
ダンス対決こそ引き分けだったけど、他の二つの勝負では僕が勝ったし、その前の剣道の試合でも僕が勝った訳だから、これでもう、僕の勝ちは揺るがないよね?
美咲、約束通り、僕の恋人になってくれるよね?」
「ぐ、ぬ・・・・・・ぬ・・・・・・」
文句のつけようがない敗北をつきつけられ、さすがの姉ちゃんもぐうの音も出ないようだった。
まあ、しょうがないですよ。
俺だってボロ負け覚悟で必死に頑張ったんだよ?
ここまでして言い寄ってくるんだから、恋人になってあげたら?
と、言おうとした、その時だった。
「た、大変や!」
と言いながら、ひどく取り乱した様子で駆け寄ってきたのは矢代先輩だった。
「どうしたんです?そんあに慌てて」
ジルと姉ちゃんの事は一旦置いといて、俺は矢代先輩に尋ねる。
すると矢代先輩は乱れた呼吸を一回整え、俺を見上げて言った。
「みっちゃんが、居らんくなってしもうてん!」




