6 カカシのような聖吾
パーティーホールは学校の体育館の何倍もの広さがあり、
その一角のテーブルに和洋折衷の料理が所せましと並べられ、
パーティーの参加者は手に持った小皿に、その料理を盛り付けている。
ホールの真ん中にいくつも並べられた丸テーブルには様々なゲストの人達が集まり、各々会話や料理を楽しんでいる。
何か、映画の世界にそのまま迷い込んじまった気分だ。
自分自身がこのパーティーに参加しているという実感が、今だに湧いてこなかった。
と、その時、傍らからジルの感動に打ち震える声が聞こえてきた。
「おお!何と美しいんだ美咲!
今夜の君は世界中の宝石を集めてもかなわないほどに輝いている!
どんなほめ言葉も君の美しさを現すにはとても足りないよ!」
「それはどうもありがとう。あなたも今夜のタキシードは最高にクールよ。タキシードはね」
姉ちゃんは相変わらずジルに手厳しい様子だ。
まあ、ジルのアプローチをはねつけるためにここに来たんだから、それも当然か。
そんな二人の様子を見た理奈が、好奇心に満ちた目で俺に耳打ちする。
「あなたのお姉さん、本当にジルにアプローチされてるのね。
しかもそれをあんなに冷たくあしらうなんて、何だか痛快だわ」
「まあ、そのおかげで俺も巻き込まれてるんだけどな・・・・・・」
俺がげんなりした口調でそう返すと、ジルはそんな俺をビシッと指さして言った。
「聖吾君!約束は忘れていないだろうな!
このパーティーでどちらが優れた紳士かを競い合い、勝った方が美咲の真のパートナーとなる!」
「え?あんたそんな勝負するの?何よ何よ、ちょっと面白そうじゃない!」
「これが他人事ならな・・・・・・」
興味津々(きょうみしんしん)の理奈に俺はつぶやくように答える。
その俺にジルは続けて言った。
「勝負の内容は食事のマナー、社交性、ダンスの三項目だ。
この中で二つ以上紳士的に優れた振舞いができた方を勝者とする。これで構わないな?」
「へい、それでようござんす」
最初から全く勝てる気がしていない俺は、投げやりな口調で答える。
「頑張ってなお兄ちゃん!美咲お姉ちゃんを取られたらあかんで!」
「そうよ聖吾!私を守るため、あんたの紳士的振舞いをこいつに見せつけてやりなさい!」
矢代先輩と姉ちゃんは口ぐちにそう言ったが、それに対して
「おうよ!任せとけ!」
と、ハッタリでも言い放つ度胸は俺にはなかった。
と、そんな中、美鈴はやけにそわそわした様子で回りをキョロキョロ見回している。
「どうしたの美鈴?誰か探しているの?」
理奈の問いかけに、美鈴はおずおずと頷いて答える。
「うん、さっきステージに出てきた彩咲綾音ちゃん、このパーティーにも参加してるんだよね?
もし迷惑じゃなければ、サインをもらえないかなぁと思って・・・・・・」
「ああ、あなたあの子のファンなの?
あそこの人だかりがそうだと思うから、私もついて行ってあげるわよ」
理奈が会場の一角にできた人だかりを指さしてそう言うと、美鈴ははじけるような笑みを浮かべて理奈の手を握った。
「え?いいの?ありがとう理奈!」
「そ、それくらい構わないわよ。私達、と、友達・・・・・・なんだから・・・・・・」
そう言ってモジモジする理奈。
このお嬢様は他の事では常に自信満々で堂々としているが、友達関係の事になると、まるで人見知りの激しい小さな子供のようになる。
まあ、今までちゃんとした友達っていうのが居なかったんだろうな。
よかったな、理奈。
と、父親のような気持ちで眺めていると、理奈は美鈴を従え、人だかりの方に向かって歩いて行った。
するとジルも、
「それじゃあ僕はゲストのあいさつ回りをしなくちゃいけないから、一旦ここで失礼するよ。
美咲、後でダンスのパートナーをお願いするね」
と言い残し、優雅な足取りでステージの方へ去って行った。
そして矢代先輩も、
「それじゃあウチも、知り合いの人が何人か来てるから、一応挨拶してくるわ。
それじゃあ後でね、お兄ちゃん、お姉さん」
と言い、振袖をひるがえし、人の輪の中へと消えて行った。
更には姉ちゃんも、
「何か私の顔見知りの大学教授も来てるみたいだから、ちょっと行ってくるわ。
あんた、みっともない振舞いをするんじゃないわよ?これはジルとの真剣勝負なんだからね!」
と言い残し、スタスタと俺の元から去って行った。
え、皆この会場に知り合いが居るの?
何で皆そんなに顔が広いの?
いきなりポツンと取り残された俺は、まるでカカシのようにその場に突っ立っていた。
と、その時、たくさんのグラスが乗ったトレイを右手に持ったメイドさんが、それを俺に差し出しながら声をかけた。
「お客様、お飲物はいかがですか?」
その声の主は沙穂さんだった。
そういえば今日はこのパーティーのホールスタッフとして働く事になっていたんだな。
俺はトレイに乗ったオレンジジュースをもらい、それを一口あおって言った。
「何か、パーティーってすごいですね。俺みたいな庶民の住む所とはまるで別世界みたいですよ」
それにたいして沙穂さんは、軽い口調でこう返す。
「あら、そんな事ないわよ。皆でおいしいご飯を食べて、楽しくおしゃべりして、賑やかに踊る。
基本的にはいつも沢凪荘でしている事とそう変わらないわ」
「そんなもんですかねぇ?」
「そんなもんですよ」
沙穂さんは笑顔でそう答え、俺に一枚の丸い皿を差し出して言った。
「それじゃあ聖吾君も、おいしい食事を楽しんでね。
でもこれはジルさんとの勝負でもあるんだから、紳士的な振舞いを心がけなくちゃだめよ?」
「は、はい」
俺は頷きながら沙穂さんから皿を受け取った。
そうだ、勝負はすでに始まっているのだ。
この丸皿が勝負のゴングのようなもの。
ここまで来たらもう後戻りなどはできない。
腹をくくった俺は、料理が並ぶテーブルに向かい、紳士的な足取り(?)で決闘への第一歩を踏み出した!




