5 元気注入!みんなの天使!
そして俺達は、決闘の地(?)である早瀬グランドロイヤルホテルのパーティー会場に到着した。
会場はホテルの展望台にあり、全面ガラス張りの窓から広大な海の景色が見渡せる。
今はちょうど日が暮れる時間で、赤い太陽が水平線にゆっくりと吸い込まれていくところだった。
「綺麗な夕日ね。このパーティーに参加した一番の収穫は、案外この景色を見られた事かもしれないわね」
窓からの景色を見て姉ちゃんはそんなロマンチックな事を言っているが、俺はそんなロマンに浸っている余裕は全くなかった。
リムジンの中でも大概緊張していたのに、今はその緊張がさらに高まり、
全身は震え、顔はこわばり、掌にはびっしょりと汗をかいている。
周囲を見渡すと、いかにも高級そうなスーツやタキシードに身を包んだ紳士(中身は知らないが)達や、
絢爛豪華なドレスや着物で着飾った淑女(腹の中は分らないが)達が会場を賑わせ、
その中にはテレビで見た事があるような評論家のおっさんや、映画スターなんかも居た。
これってもう完全に俺場違いじゃね?
今すぐ退散した方がよくね?
そう思いながらかたわらの美鈴に目をやると、やはり似たような事を考えているらしく、
真っ青な顔で唇を震わせ、今にも失神しそうな調子である。
と、そんな中、会場の正面にある大きなステージの上に、マイクを持ったタキシード姿の若い男が現れた。
ジル・ジェラードである。
ジルは俺とは正反対に堂々とした様子でステージに立ち、まるで舞台俳優のような声色で口を開いた。
「このたびはジェラード財団の主催する社交パーティーへお越しいただき、ありがとうございます。
今日は大いに笑い、語らい、食べ、踊り、楽しんでくだされば幸いです。
ちなみに今日はパーティーをより盛り上げるため、特別なゲストをお招きしております。
今、日本で最も注目されているアイドル、彩咲綾音さんです!どうぞ!」
ジルがそう言ってステージから降りると、
満開の星空のようにキラキラした衣装をまとい、
天の川のように美しくきらびやかな髪をポニーテールにして、
宇宙を明るく照らす一等星のような明るい笑顔を浮かべた女の子がステージの上に現れた。
ちなみに彩咲綾音といえば、クラスメイトの玉木直人もメロメロになっている、人気沸騰中の現役高校生アイドルだ。
『元気注入!みんなの天使!』
のキャッチコピーの通り、日本中のファンに元気を注入しまくっており、男のファンだけでなく、女の子のファンも大勢居るらしい。
そんなすげぇアイドルまで呼んでるなんて、さすがジェラード財団のパーティーというところか。
と、感心していると、かたわらで今にも死にそうになっていた美鈴が急に息を吹き返し、テンション全開で叫んだ。
「キャーッ!綾音ちゃんよ綾音ちゃん!私生まれて初めて生で見た!キャーッ!かわいーっ!」
おいおい急にどうした⁉
こいつも彩咲綾音のファンだったのか⁉
するとステージ上の彩咲綾音は最近発売された新曲、
『みんな元気で生きわっしょい♡』
を歌い始め、そのリズムに合わせ、美鈴はピョンピョン跳ねたり、歌の合間にある合いの手のセリフを叫んだりしていた。
ホントにファンなんだな。
こんなにはしゃぐ美鈴は初めて見た。
しかもさっきまで瀕死の状態だったのに、こんな元気全開になるとは。
さすが『元気注入!みんなの天使!』の彩咲綾音。
そのキャッチコピーは伊達じゃないって事か。
歌が終わると会場から、空まで届かんばかりの拍手がわき起こり、彩咲綾音はうやうやしくお辞儀をし、手を振りながらステージから降りて行った。
その様子を手を振りながら見送った美鈴は、頬をバラ色に赤らめ、ほぅーっと長いため息をついた。
「あぁ~、可愛かったなぁ綾音ちゃん・・・・・・」
心の声がそのまま口から漏れ出たという様子で、美鈴はつぶやいた。
そんな美鈴に俺はシミジミと言った。
「よかったな、元気を注入してもらえて」
すると美鈴は矢代先輩のように無邪気な笑みを浮かべて言った。
「うん!私綾音ちゃんが大好きで、あの子の歌を聞くと、すっごく元気が出るの!」
うお、美鈴がこんな笑顔満開で俺を見るなんて初めてじゃないのか?
「か、かわいい・・・・・・」
「え?」
思わず口から出た言葉は、しかし周りのガヤガヤした声でかき消され、美鈴の耳には届かなかったようだ。
俺は慌てて言葉を続ける。
「か、かわいい綾音ちゃんが見られてよかったじゃねぇか!
いつもの元気も戻ったみたいだし、もう大丈夫そうだな!」
「あ、ホントだ。さっきまで手足が震えて気絶しそうだったけど、何か大丈夫みたい」
そう言って首をすくめる美鈴。
まあ、いつもの美鈴に戻ってよかった。
ありがとう彩咲綾音。
君は人を元気にする本物のアイドルだ。
と、心の中で最大級の賛辞を送っていると、ステージの傍らに陣取る楽団が軽快なジャズのメロディーを奏で出し、パーティーは本格的に幕を開けた。




