4 稲橋美咲、ここにあり
夕方になり、俺達沢凪荘の面々は、理奈の用意したリムジンに乗り、早瀬町という海の見える町にあるホテルへと向かった。
ここはジェラード財団傘下のホテルチェーンが経営するホテルらしく、
今日のパーティーには、世界各国から各界の著名人が招かれているらしい。
そんなパーティーに俺みたいな一般庶民が行っていいものなのか不安でいっぱいだったが、
理奈はこういうパーティーに行き馴れているせいか、全くいつもと同じだし、
姉ちゃんも近所のコンビニにでも行くような気楽な調子だし、
矢代先輩は遠足に出かけるようなはしゃぎようで、不安な様子は微塵も感じられない。
この中で不安と緊張に押しつぶされそうになっているのは、俺と美鈴だけなのだろう。
するとそんな俺を肘で小突きながら、隣に座る姉ちゃんが言った。
「なぁに緊張してんのよ聖吾。
あんたは今日ジルの奴をギャフンと言わせるんだから、もっと堂々としてなさい」
「いやいや、そもそもこんなパーティーに参加する事自体が初めてだし、
逆に何で姉ちゃんがそんなに堂々としていられるのかが不思議でしょうがねぇよ」
俺がそう言うと、姉ちゃんは首元を大胆に露わにしたドレスで胸を張り、何も自分に恥じるところ等ないという口調でこう言った。
「当然じゃないの。何処へ行っても私は私よ。
それを超過するものでもそれ未満のものでもないんだから、いつも通り堂々としていればいいの」
「はぁ、そういうもんですか」
まあそうなんだろうけど、実際に行動で示せるというのはなかなかできるものじゃない。
それをやってのけるのが姉ちゃんの凄いところで、密かに尊敬している部分でもある。
言わないけど。
するとそんな俺の肩をバシンと叩き、姉ちゃんは闘魂を注入するように言った。
「とにかく!今日は何としても、あのジルより優れたジェントルメンっていうところを見せつけるのよ!
そうしなきゃ私は、あいつのプロポーズを受けなきゃいけなくなるんだからね!」
「ねぇちょっと、さっきからジルジルって言ってるけど、あなたの言ってるジルって、あのジル・ジェラードの事?」
正面の席に座る理奈が口を挟む。
それに対して姉ちゃんが
「ええそうよ」
と軽い口調で答えると、理奈は姉ちゃんに食いかからんばかりに顔を近づけて声を荒げた。
「何ですって⁉あなたジル・ジェラードにプロポーズされたの⁉
あの世界有数の財団の次期頭首に⁉あなた一体何者なの⁉」
「私は稲橋美咲!それ以外の何者でもないわ!そして聖吾のただ一人のお姉ちゃんよ!」
「いや、それはもう知ってるわ。
それよりあなた、そのジル・ジェラードのプロポーズを断ろうとしているの?
あの男と結婚したい女は星の数ほど居るっていうのに?
まあもちろん、私はその星の中には入っていないけれど」
「私も当然入っていないわ!
あの財団がなければ自分の身の上を語れない男のプロポーズを、私は受ける気なんかないもの!」
「あはは!あなた言うわね!アン・シャーリーより手ごわい相手だわ!」
こんな調子で姉ちゃんと理奈がやけに盛り上がり、そこに矢代先輩と沙穂さんも加わり(美鈴は加わらなかった)、賑やかな女子トークに花が咲いた。




