2 サワナギコレクション開催
淡いピンク色の地に満開の桜があしらわれた模様の振袖に、金箔の髪飾りが矢代先輩の快活な可愛らしさを存分に引き立てている。
まるで沢凪荘に春が舞い戻り、金色の花が咲き乱れているかのようだ。
「えへへ、どうかな?似合う?」
そう言ってクルリと一回転する矢代先輩。
そんな矢代先輩に俺は心からの言葉を述べた。
「とってもよく似合ってますよ。まるで桜の妖精みたいです」
「あはは、そんなほめられ方されるとさすがにウチも照れるわ」
そう言って桃色に染まった頬をポリポリかく矢代先輩。
さすがはヤクザの親分の孫娘というところか。
ドレスよりも着物がしっくりくる。
普段は愛嬌たっぷりで子供っぽさが目立つけど、今日は大人の女性の雰囲気が惜しげなくかもし出されていた。
そんな矢代先輩の背後に立つ女中さん二人は大層誇らしげで、
「ウチのお嬢は世界一でっせ!」
という心意気に満ち溢れていた。
まあ、その気持ちは十二分に分ります。
そんな矢代先輩は、俺のスーツ姿をマジマジと眺めて言った。
「お兄ちゃんもスーツよく似合ってるよ。スッゴクかっこいい!」
「そ、そうですか?何だか、なれない格好で落ち着かないですよ」
そう言って俺は頭をかく。
普段かっこいいなんて言われる事がないので(変態とはよく言われるが)、ちょっと照れるぞ。
するとそこに、今日は一段と派手、いや、豪華なドレスに身を包んだ理奈が顔を出した。
「スーツはどう?ああ、顔以外は問題ないみたいね」
「おい、何か今サラッと失礼な事言わなかったか?」
「気のせいよ」
「気のせいか」
ちなみに今日の理奈はエメラルドグリーンの生地に赤いバラの花飾りがふんだんにあしらわれたドレスで、まるで宝石をそのまま美女に生まれ変わらせましたという雰囲気だ。
普段は左右に分けてある髪を今日は後ろにまとめ上げ、まさに貴族のご令嬢そのものの佇まいである。
そんな理奈に、俺はシミジミと言った。
「相変わらずそういう格好がよく似合うよなぁ。さすがは生粋のお嬢様だな」
それに対して理奈は、フンと鼻を鳴らしてこう返す。
「そんなの当然よ。ま、今日はちょっと地味な方だけどね。
今日のパーティーは義理で行くようなもんだし、孝も居ないし、そんなに気合を入れる意味がないもの」
「そ、そうか・・・・・・」
これで地味だと言うなら、気合を入れたドレスはどうなるんだ?
と思っていると、理奈は優雅に身をひるがえして俺に言った。
「それより、あなたの姉と美鈴の着替えも終ったわよ。お披露目してあげるから食堂に来なさい」
なので俺は理奈の後に続き、食堂に足を踏み入れた。
まず目に入ったのは姉ちゃんだった。
姉ちゃんは俺の姿を見ると、感心するように言った。
「へぇ、あんたもスーツを着るといっぱしの男に見えるわねぇ。
中身もそれなりに成長してるのかしら?」
「さあ、どうだろうねぇ」
俺は肩をすくめて答える。
そんな姉ちゃんの格好は、黒をベースにしたロングスカートのドレスだった。
しかも両肩を惜しげもなく出し、そこから絹のようになめらかな姉ちゃんの肩と背中が露になっている。
普段右耳の上でひとつに束ねている髪を今日は緻密に編みこんで大きな蝶の形の髪飾りで留めてあり、銀座のママも顔負けの色気を存分にまき散らしている。
まるでその姿を見た男すべてを虜にする、古代神話の魔女のような雰囲気だ。
そんな姉ちゃんに、俺は圧倒されながら言った。
「それにしても、すげぇの一言だな。さすがは姉ちゃんだよ」
それを聞いた姉ちゃんは大層ご満悦の様子で、
「フフン、そうでしょう?私だって本気を出せばこんなモンよ。
ま、それも理奈お嬢様のおかげだけどね。ありがとね、お嬢様」
姉ちゃんの言葉に理奈は照れたのか、プイっとそっぽを向いた。
と、俺は、あいつの姿が見えない事に気が付き、理奈に尋ねる。
「なあ、美鈴の姿が見えないんだけど、何処に行ったんだ?」
「ああ、あそこに隠れているのよ。
美鈴、そんな所に隠れてないで、こっちに来てあんたのドレス姿をお披露目しなさいな」
理奈がそう言うと、台所の影から美鈴が恥ずかしそうに顔だけ出し、紅葉に染まる野山のように真っ赤な顔で言った。
「こ、こ、こんな格好、恥ずかしくて人前に出れないよ。絶対似合ってないもの」
「そんな訳ないでしょ、私があんたの為にデザインしたのよ?
世界中どこを探しても、それ以上あんたを引き立ててくれるドレスはないわ」
「うぅ・・・・・・」
理奈のまっすぐで自信に満ちた言葉に引っ張り出されるように、美鈴はその姿を俺達の前に現した。
それを見た俺達沢凪荘の面々は、一様に感嘆のため息を漏らした。
薄い水色がかった生地に、贅沢に配置されたフリルとレース。
それを輝かせるように絹の光沢が色めき、首にかけられたネックレスが美鈴の表情を、
夜の湖に浮かぶ月のごとく可憐に引き立てている。
そんな自分の姿が落ち着かないのか、美鈴は両手をモジモジさせながらつぶやいた。
「こ、こんな格好、私には似合わないでしょう?すっごい場違いだし、ドレスに負けてる感じだし・・・・」
そんな美鈴に、俺は何も考えずにこう口走った。
「いや、綺麗だよ」
あれ、俺、今、すげぇ恥ずかしい事言わなかったか?
と思ったが時すでに遅く、それを聞いた美鈴の顔は噴火した火山のマグマのように真っ赤っかになっている。
そして顔をうつむけ、消え入るような声でこう言った。
「あ、ありがとう、ございます」
そう言われた俺も顔をうつむけ、
「あ、こ、こちらこそ、ありがとうございます」
と、消え入るような声で答えた。
何なんだよこの空気は⁉
何だか知らないけど、メチャクチャ恥ずかしいぞ!
するとそんな恥ずかしい空気を吹き飛ばすように、矢代先輩が笑顔満開で言った。
「みっちゃんめっちゃ似合ってるで!
それに美咲お姉さんもすっごい綺麗やし、
リナリンもお姫様みたいやし、
お兄ちゃんもメッチャカッコいい!」
「あら、矢代ちゃんもすっごく可愛いわよ?春の妖精がやって来たようだわ」
沙穂さんが矢代先輩の頭をなでながらそう言うと、矢代先輩は心底嬉しそうに
「えへへ、そうかなぁ」とはにかんだ。
理奈は自分のドレスの出来栄えに大いに満足し、そのドレスをまとった姉ちゃんも大満足のご様子。
沢凪荘の食堂は、舞踏会の控え室のように華やかになっていた。




