1 一番楽しい時間
パーティー当日の土曜日。
学校が休みである今日は、今までの沢凪荘では考えられないほど、朝から多くの人でごった返していた。
まず矢代先輩の母方のお爺さんの家(実はヤクザの一家だったりする)から二人の女中さんと五人の黒スーツの男達がやって来た。
女中二人は矢代先輩の振袖を持ってきたらしく、矢代先輩の部屋でせっせと着付けと化粧をしている。
他の五人の黒スーツは、矢代先輩のパーティーの護衛らしい。
一方美鈴と姉ちゃんのドレスを寝ないで仕上げた理奈は、ヘアメイクとメイクと衣装の専門スタッフ(十人くらい?)をしたがえ、沢凪荘に意気揚揚と現れた。
そして食堂を使って美鈴と姉ちゃんのドレスやヘアスタイルのコーディネートに、ワイワイガヤガヤと勤しんでいる。
すでに自前のメイド服に着替えた沙穂さんはそんな理奈の雑用を手伝い、理奈にいかにも高級そうなグレイのスーツを用意してもらった俺は、自分の部屋でそのスーツにせっせと着替えていた。
ネクタイなんか締めた事がない俺は、姿見を前に悪戦苦闘している。
「何か、すげぇにぎやかですね。沢凪荘にこんなに人が来るなんて、今までで初めてですよ」
ネクタイを締めるのを手伝ってくれている浜野さんに、俺はしみじみと言った。
それに対して浜野さんはニコッと笑ってこう返す。
「パーティー当日というのはそういうものです。
大勢の人が集まり、パーティーの準備に精を出す。
パーティーで目一杯輝くために美しく着飾っている今が、一番楽しい時間かもしれませんね。
理奈お嬢様が腕によりをかけてドレスを仕上げてくださいましたので、
美鈴様も美咲様も、とても美しくなられると思いますよ」
「へぇ、それは楽しみだなぁ」
美鈴や姉ちゃんが美しくなるというのにイマイチピンとこない俺は、どこか上の空で答えた。
それより俺はジルとの決闘の事で頭がいっぱいだったのだ。
このパーティーは、単に皆でワイワイ楽しく過ごしましょうというものではない。
俺とジルがパーティーにおいてどちらが優れたジェントルメンかを競い、勝った方が姉ちゃんをモノにできるという真剣勝負なのだ(まあ俺が勝っても、姉ちゃんをどうこうする訳じゃないけど)。
しかもこんなパーティーに一度も参加した事がない俺に、勝つ見込みが全くないのは誰が見ても明らか。
姉ちゃんはパーティーの準備ですっかりはしゃいで、この勝負の事なんか忘れてるんじゃないのか?
そう思うと、他の皆のようにキャアキャアはしゃぐ気になれないのだった。
と、そんな中、部屋の引き戸をコンコンノックする音がして、矢代先輩の声が聞こえた。
「お兄ちゃん、もう着替えた?入ってもいい?」
「ええ、いいですよ」
なんとかネクタイを締め終え、ピシッとスーツを着る事ができた俺がそう答えると、部屋の引き戸がガラッと開けられ、そこに見事な振袖で着飾った矢代先輩が現れた。




