17 お嬢様の要件
という訳で、理奈と浜野さんは沢凪荘の食堂に腰をおろした。
そしてちゃぶ台の上に一枚の封筒を置く。
ちなみにこの封筒に俺達沢凪荘の面々は見覚えがあった。
さっきジルが持ってきたパーティーの招待状と同じものだったのだ。
その事は言わず、俺は理奈に尋ねた。
「えぇと、この封筒は、何だ?」
それに対して理奈は、得意げな笑みを浮かべて言った。
「これはね、世界的大富豪のジェラード財団が主催する社交パーティーの招待状よ。
明日の土曜日にあるのだけれど・・・・・・」
と、理奈はここで一転してしおらしい口調になり、視線を泳がせながら言った。
「もし、あなた達がどうしても参加したいというなら、私のコネを使って、参加させてあげなくもないわよ?」
つまり理奈はこのパーティーに俺達を誘ってくれてるって事なんだな?
でも高すぎるプライドが邪魔して、遠まわしな言い方になっているのか。
するとそんな理奈の言葉を通訳するように、浜野さんが冷静な口調で言った。
「つまり理奈お嬢様は、お友達である沢凪荘の皆様と、
このパーティーに一緒に参加したいとおっしゃっているのでございます」
それを聞いた理奈はよく熟れたトマトのように顔を真っ赤にして声を荒げる。
「ちょっと浜野⁉誰が私のお友達ですって⁉
それに私は別に一緒に行って欲しい訳じゃなくて、親切心から参加させてあげてもいいと言っているだけよ!誤解を招く表現は慎みなさい!」
「も、申し訳ございませんっ」
浜野さんはそう言って理奈に頭を下げたが、浜野さんの言葉が理奈の本音である事は、誰の目にも明らかだった。
そんな理奈に、矢代先輩が右手をあげて尋ねる。
「ねぇねぇリナリン(理奈のニックネームか?)、王本のお兄ちゃんもこのパーティーに来るの?」
すると理奈はやや不機嫌な表情になってこう返す。
「孝は別の会食に呼ばれているから来られないの。
本当は私もそっちに行きたかったんだけど、ジェラード財団の顔も立てなくちゃいけないから、
こっちのパーティーに参加しろってお父様に言われたのよ。名家の娘というのも楽じゃないわ」
そんな理奈に美鈴はそっけない調子で口を挟む。
「それで他に一緒に行ってくれる友達も居ないから、私達を誘いにきたって訳ね?」
「ちょっ⁉まるで私に友達が居ないみたいに言わないでくれる⁉ただ、私のような高貴な人間に釣り合う相手が居ないだけよ!」
つまりそれは友達が居ないって事だろう?
という言葉は言わない事にした。
が、美鈴は遠慮なくそれを口にした。
「それってつまり、友達が居ないって事でしょう?」
「う、うるさいわね!そんな事あんたに関係ないでしょ!
そもそもあなた、私がせっかくメールしてあげてるのに、どうしてすぐに返事を返さないのよ⁉
私をないがしろ(・・・・・)にしていいと思っているの⁉」
何だ?理奈と美鈴はいつの間にかメル友になっていたのか(確かに以前メールアドレスを教えてもらったが)?
と驚いていると、美鈴はめんどくさそうに答える。
「別にないがしろになんかしてないわよ。
ただ学校やバイト先に居る時にメールされたって、すぐに返事を返せる訳ないでしょうが。
あとでちゃんとメールを返してるんだからいいでしょ」
「むぅ~・・・・・・」
美鈴の言葉に腑に落ちない様子の理奈は、焼き窯のパンのように頬を膨らませている。
何か付き合い出したばかりの中学生のカップルみたいだなと思っていると、理奈は気を取り直して美鈴に尋ねた。
「とにかく!パーティーに行くの⁉行かないの⁉私はそれを聞きに来たのよ!」
「行かないわよ」
美鈴の答えは極めてそっけなかった。
「なっ⁉」
当然喜んで参加するものと思っていのか、美鈴の言葉に理奈は露骨にショックを受けたようだった。
そして若干声を震わせ、美鈴に尋ねる。
「い、行かないの?何で?土曜日、他に用事があるの?」
「特にないけど」
「じゃあどうして行かないのよ⁉社交パーティーなんて参加した事ないでしょう⁉」
「うるさいわねぇ、私、そういうのに興味ないの。
他の皆は行くみたいだから、それでいいじゃないの」
「え、だって、そんな・・・・・・」
理奈は目に見えてうろたえている。
どうやら理奈は美鈴に一番来てほしいみたいだ。
その様子を察している浜野さんも、ハラハラした様子で理奈と美鈴を交互に眺めている。
初めて会った時はあんなに大ゲンカしたのに、随分仲良くなった(?)もんだなぁと思っていると、そこに助け舟を出すように、姉ちゃんが口を開いた。
「大丈夫よ海亜グループのお嬢様。
美鈴ちゃんは本当はパーティーに行きたいけど、初めてだからちょっと気おくれしているだけなの」
「ち、違いますよ!」
美鈴は慌てて否定したが、理奈はそれをスルーして姉ちゃんの方を向いた。
「あなた、初めて見る顔ね。私は海亜理奈。海亜グループって名前くらいは知っているでしょう?」
姉ちゃんは
「もちろん」
と答え、理奈に負けず劣らずの自信と自愛と自尊心にあふれた口調で名乗った。
「私の名前は稲橋美咲。ここに居る稲橋聖吾の姉です。
今はちょっとした休暇で沢凪荘に遊びに来ているの」
「そ、そう、覚えておくわ」
さすがの理奈も、姉ちゃんの見えないオーラに気圧されたようだ。
そんな理奈に、姉ちゃんは上目づかいにこう言った。
「それで、さっきの話の続きなんだけど、美鈴ちゃんは本当はパーティーに行きたいんだけど、そこに着て行くドレスを持ってないのよねぇ。
ついでに言うと、私と聖吾も。
だからその衣装を用意してくれたら、喜んでパーティーに参加できるんだけどなぁ」
「ちょっと美咲さん!何言ってるんですか!そんな無理なお願い通る訳ないでしょ!」
美鈴は驚いた顔でそう言ったが、理奈の答えはこうだった。
「いいわよ」




