1 いつもの朝
朝になった。
俺は沢凪荘の食堂で朝食の食パンと目玉焼きを食べている。
ちゃぶ台を挟んで俺の正面の矢代先輩が、ご機嫌な様子で食パンをパクパク食べ、
その隣で美鈴が、不機嫌そうな顔で目玉焼きを口に運んでいる。
そして俺の隣では夕べワインを飲みすぎた沙穂さんが、二日酔いで頭を抱えてちゃぶ台に突っ伏していた。
そんな中矢代先輩が、いたずらっぽい笑みを浮かべながら言った。
「いやあ、それにしても夕べは残念やったなぁ。聖吾お兄ちゃん、何であそこで夜這いに行かへんかったん?」
「行きませんよ!行く訳ないでしょう!」
俺がムキになって否定すると、隣の沙穂さんが墓から這い出すゾンビのような口調で声を絞り出す。
「どうして行かないのよう。これじゃあ私が何のためにこんなに頭痛で苦しんでいるのか、分らないじゃないの」
「沙穂さんの頭痛は、昨夜ワインを飲みすぎたせいでしょうが」
俺は冷たく言い放ったが、それにドライアイスを五百キログラムぐらい追加したような冷たい口調で美鈴が口を開いた。
「理由はどうあれ、稲橋君がスケベで変態だっていうのは間違いないでしょう」
「おいおい待て待て。どうして俺がスケベで変態って事になってるんだよ?」
俺が美鈴に抗議すると、美鈴は少しうつむき加減になってこう返す。
「だって夕べ稲橋君は私の部屋に忍び込んで、その、私に変な事をしようとしてたんでしょう?」
「違う!あれは沙穂さんがいきなり俺の部屋にやって来て、夜這いを強要してきただけだ!」
「どうだか、稲橋君は女の子を見ると、誰にでもそんな事をしたいと思うんでしょ?
やっぱりスケベで変態じゃないの」
「だから違うと言うのに!」
俺が美鈴の言葉を必死に否定していると、矢代先輩がニヤニヤしながら美鈴に言った。
「そうやでみっちゃん。聖吾お兄ちゃんは女の子やったら誰にでもスケベな事をしたいと思う訳と違うで?
みっちゃんやからスケベな事をしたいと思うんやで?」
「なっ⁉」
矢代先輩の言葉を聞いた美鈴の顔が溶鉱炉で溶けた鉄のように赤くなった。
そして俺がそれを否定するより先にガバッと立ち上がり、
「何バカな事言ってるんですか!そんな訳ないでしょ!
稲橋君は女の子なら誰彼構わずスケベな事を考える変態なんです!私もう行きます!」
と、俺を指さしてそう言い放つと、ミナ高の学生鞄を持って足早に食堂を出て行った。
そんな美鈴の後姿を見送りながら、矢代先輩はセクハラオヤジのような笑みを浮かべて言った。
「照れ隠ししてかわいいなぁみっちゃんは。ウブな乙女をからかうのはホンマに楽しいわ」
いや、あなた美鈴とひとつしか歳かわらないでしょうというツッコミはあえてしない事にした。
この人は見た目こそは幼くて可憐で天使のような愛くるしさだが、
中身は沙穂さんと同じでただのスケベオヤジなのかもしれない。
「うぅ、こんな状態じゃなければ、私ももっと美鈴ちゃんを辱められたのに・・・・・・」
除霊される悪霊のような口調で沙穂さんが呻いたが、俺はもう何も言いません。
とりあえず、学校に行こう。