14 美鈴の女心
その夜、一足先に沢凪荘に帰った俺は、バイトから帰った美鈴を玄関で出迎える事にした。
姉ちゃんに言われた通り、今日保健室で介抱してくれたお礼を言うためだ。
だけどいかにも美鈴が帰って来るのを待ってましたというのは何だかわざとらしいし照れくさいので、
美鈴が帰って来た時に、偶然俺も玄関を通りかかりましたという体にするため、
俺は廊下と玄関を意味もなく幾度か往復し、お風呂上がりの矢代先輩に
「さっきから何をウロウロしてるんお兄ちゃん?」
とごもっともなご指摘を受けたりしたが、そんな恥ずかしさには負けず(美鈴をわざわざ玄関で出迎える恥ずかしさより、廊下を意味無くうろついて怪しまれる恥ずかしさの方が、今の俺には我慢できるのだ)、廊下と玄関を行ったり来たりした。
そんな事を何度か繰り返しているうちに、美鈴がバイトから帰って来て、
たてつけの悪い引き戸を何とか開け、玄関に足を踏み入れた。
そんな美鈴に、俺は至って偶然ここを通りかかりましたよという雰囲気を醸し出し、不自然な声にならないようこう言った。
「あ、み、美鈴さん、お帰りなさいませ。今日はバイトを休ませてもらって、ごめんなさいな?」
そんな俺の言葉を聞いた美鈴は、明らかに不審者を見るような目をして俺に言った。
「何、その不自然な物言いは?何か不気味なんだけど」
どうやら自然な振舞いを心がけた俺の努力は無駄に終わったようだ。
俺は両ひざをついてうなだれそうになったがそれを何とか持ち直し、ひとつ咳ばらいをして言った。
「コホン、いや、気にしないでくれ。それより今日は、ありがとうな」
「な、何がよ?」
「姉ちゃんに聞いたんだけど、保健室に運ばれた俺の面倒を見てくれてたんだって?
迷惑かけちゃったな」
すると美鈴は鞄を持つ両手にキュッと力を込め、俺から目をそらして言った。
「べ、別に迷惑なんかじゃないわよ。
稲橋君が失神して、あの、びっくりして、
その、このまま目を覚まさなかったらどうしようとか、ええと・・・・・・」
「ああ、心配してくれたんだな」
何だかやけにモニョモニョしているので俺が代わりにそう言うと、美鈴は一転して声を荒げた。
「し、心配なんかしてないわよ!
ちょっと剣道で転んだだけでどうして私がそこまで稲橋君の心配をしなくちゃいけないのよ⁉
そんな勘違いするなんていとをかし(・・・・・)よ!」
「お前のその表現がいとをかしだと思うけど」
「う、うるさいわね!とにかく怪我とかしてないなら何も問題ないじゃないの!
よかったわね!まあ私には関係ありませんけどね!」
美鈴はツッケンドンにそう言うと、俺の横を通り過ぎてスタスタと自分の部屋へ戻って行った。
何だよ、人がせっかくお礼言ったのに、あんなにツンケンするこたあねぇじゃねぇか?
と、美鈴の後姿を見送っていると、食堂から顔を出し、こちらの様子をうかがっていた三人の視線が目に入った。
その三人とは言うまでもなく、姉ちゃんと沙穂さんと矢代先輩だ。
三人はやけにニヤニヤしながら口を開いた。
「青春やねぇ」と矢代先輩。
「若いっていいわねぇ」と沙穂さん。
「聖吾もまだまだ女心が分かってないわねぇ」と姉ちゃん。
何だよ一体⁉




