13 三回勝負よ!
目を覚ますと、目の前に天井があった。
そして背中にはベッドの感触。
ここは保健室、か?
まだ意識がはっきりしない頭で辺りを見回すと、ベッドの傍らの椅子に姉ちゃんが座り、それより少し離れた所にジルが立っていた。
「お、ようやく目を覚ましたわね。どう?起きられそう?」
目を開けた俺に姉ちゃんはそう言った。
体に痛みはないので、俺はゆっくり上半身を起こす。
頭が少しクラクラするけど、特に問題はなさそうだ。
するとジルは申し訳なさそうな顔をして俺に言った。
「すまない、君があまりにいい一撃を繰り出してきたものだから、僕もつい本気を出してしまった。
決闘とはいえ、やりすぎたと反省しているよ」
「いやいや、全然問題ないですよ。
まあ、まさか突きだけであんなに吹っ飛ばされるとは思いもしませんでしたけど」
俺が苦笑いしながらそう言うと、姉ちゃんがあっさりとこう言った。
「そりゃそうよ。ジルはフェンシングの全国大会でチャンピオンになった人よ?
そんな人の突きをまともに食らったら、誰だってああなるわよ」
「うぉい⁉そんな人と俺は試合をさせられたのかよ⁉
いくら種目が違っても、そんなの勝てる訳ねぇだろうが!」
「でもあんたの面も、あと一瞬早かったら一本取れてたのよ?本当に惜しかったわぁ・・・・・・」
そう言って頭を抱える姉ちゃん。するとジルも頷いてこう続ける。
「そうだよ。あとほんの一瞬君の打撃が早ければ、僕は一本取られていた。
この勝負は本当に紙一重の、いい勝負だったよ」
「はあ、そりゃあどうも」
ジルのほめ言葉に、俺は気の抜けた言葉を返すのが精一杯だった。
試合内容はどうあれ、俺はこの決闘に負けてしまったのだ。
という事は、姉ちゃんはジルの愛の告白を受け入れなければいけないという訳だ。
これは試合前にはっきりと約束していたので、今更取り消す事はできない。
姉ちゃんも、今度ばかりは観念するしかねぇぞ。
と、思っていると、そんな姉ちゃんの口から出た言葉はこれだった。
「三回勝負よ」
「へ?」
頓狂な声を上げたのは俺だった。
しかし姉ちゃんはそんな事に構わず、声を荒げてジルに言った。
「三回勝負よ!一回勝ったくらいで私をモノにできるなんて甘い考えよ!
男の優劣は剣だけで決まる訳じゃないからね!」
うわー、出たよ『三回勝負宣言』。
姉ちゃんは何か勝負をして一回目に負けると、必ず三回勝負にルールを勝手に変更する(自分が勝った時には一回勝負で終る)。
まさかこんな大事な決闘でもそのルールを持ち出してくるとは、さすがは姉ちゃんというところか。
でもさすがにそれじゃあジルも怒るんじゃないのか?
と思ったけど、ジルは意外にも笑みを浮かべてこう言った。
「確かに、一回勝っただけで勝負が決まるほど甘くはないよね。
さっきの勝負も際どい差だったし、聖吾君とは他の分野でもいい勝負ができそうだ」
いやいや、これ以上何の勝負をしても全く勝てる気がしないよ。
と俺は心底思ったが、姉ちゃんはやけに自信満々でジルに言った。
「そうよ!聖吾の力はまだまだこんなモンじゃないんだからね!
あと二回の勝負であんたに勝って逆転するんだから!」
この自信は一体どこから湧いてくるんだよ?
あんたの弟はそんなに優秀な奴じゃないよ?
至って平々凡々(へいへいぼんぼん)な高校生ですよ?
しかしジルも姉ちゃんの言葉を真に受けたらしく、俺をまっすぐ見据えて言った。
「確かに、油断していたらこっちが負けてしまいそうだ。さすがは美咲が理想とする男だ」
いや、だからそんなに俺を持ち上げるのはやめて・・・・・・。
どこか穴があったら頭から飛び込みたい気分だったが、ジルは俺を指さしてこう続けた。
「それじゃあ二回戦の内容は僕に決めさせてもらうよ。
内容は、また明日報告しに来るよ。それまでに体調をしっかり整えていてくれよ」
ジルはそう言うと、優雅な足取りで保健室から出て行った。
後に残された俺は、絞り出す声で姉ちゃんに言った。
「あのさぁ、信頼してくれるのは嬉しいけど、俺、どんな勝負でもあの人に勝てる気がしねぞ?」
それに対して姉ちゃんは、右手の親指をグッと立ててこう言った。
「大丈夫!あんたならきっと勝てる!何せ私の自慢の弟なんだから!」
「はぁ・・・・・・」
だからその自信は一体どこから湧いてくるんだよ?
と、心底思っていると、姉ちゃんは立ち上がって言った。
「さて、じゃあそろそろ帰ろうか。美鈴ちゃんは一人でバイトに行ったわよ。
あんたは今日は休みなさいだって」
「そっか。まあ、今日はそのお言葉に甘えようかな」
「美鈴ちゃんが帰って来たらお礼言っとくのよ?
あんたが気絶してここに運び込まれてから、バイトに行く直前まであんたの事を見ててくれたんだから」
「ああ、そうなの?そりゃあ手間をかけさせたなぁ」
俺が何気なくそう言うと、姉ちゃんは急に真剣な顔になり、ズイッと俺に顔を近づけてきた。
「聖吾」
「な、何だよ?」
俺がのけ反りながら尋ねると、姉ちゃんはしみじみとした口調で言った。
「あんたねぇ、もっと美鈴ちゃんを大事にしてあげなさいよ?
あんたの事、色々気にかけてくれてるんだから」
「え、そうかな?何か顔をあわすたびにケンカしてる気がするけど・・・・・・」
そんな俺の言葉に姉ちゃんは深~いため息をついてこう言った。
「ま、あんたはそんな気の利く男じゃないわよね。ホント、美鈴ちゃんも苦労するわねぇ」
「な、何だよそれ?俺が美鈴に何の苦労をかけてるっていうんだよ?」
俺はそう尋ねたが、姉ちゃんはそれ以上何も答えてはくれなかった。
何なんだよ、一体?




