11 困ったら丸投げ
「何でそうなるよ⁉」
俺は目が飛び出すくらいびっくらこいてそう叫んだ。
そして姉ちゃんの目論見を瞬時に理解したので、すぐにそれを弁明しようとしたが、姉ちゃんがそれより早く口を開いた。
「この子は世界で一番私の事を愛しているのよ!」
愛しとらん!
「それに私の言う事を何でも聞いてくれるし!」
それはあんたが無理やり従わせてるだけだろうが!
「おまけに私がピンチの時は体を張って助けてくれるのよ!」
そりゃあんたが俺に尻拭いさせてるだけでしょうが!
俺は口から火を噴くほど姉ちゃんにツッコミを入れたかったが、それを制するように姉ちゃんが矢継ぎ早に言葉を並べる。
姉ちゃんは俺を口実にして無理矢理ジルの愛の申し出を断る気だ!
そんな姉ちゃんが次に言った言葉はこれだった!
「だから私の理想の男になりたいなら、まずは弟の聖吾を越えるような男になる事ね!」
それ見ろやっぱりそうじゃわい!
こいつ全部俺に丸投げしやがった!
本当に困った事にぶち当たった時はいつもそうだ!
それは三年ぶりに再開した今も全然変わっていなかった!
が、こんな事に巻き込まれるのはさすがにまっぴらごめんなので、俺は慌ててこう叫ぶ。
「待て待て待て!どうしてそうなるんだよ⁉姉ちゃんの恋愛沙汰に俺を巻き込むんじゃないよ!」
すると姉ちゃんは俺の頭を右手でガシッとつかみ、ひきつった笑みを浮かべて俺を見つめた。
その目は
『お姉ちゃんがピンチなんだから、弟のあんたが助けるのは当然でしょうが!』
と訴えていたが、俺は
『んな事知るかよ!自分で何とかしろよ!』
という目で見返した。
そんな俺と姉ちゃんの激しいアイコンタクトを知ってか知らずか、ジルは静かに立ち上がり、俺を見据えて言った。
「そうか、そういう事だったのか。道理でいつも一緒に居るし、やけに仲がいいと思ったよ。
実の姉弟とはいえ、そういう事もありえるのかもな」
「ないから!絶対ないから!」
俺は必死にそう言ったが、ジルはそんな事は露ほども耳に入らない様子で俺を指さし、険しい目つきでこう言った。
「こうなったら決闘だ!美咲の理想の男である君を打ち倒し、僕が真に美咲の理想の男である事を証明して見せる!」
「断わる!」
俺は全力でそう叫んだが、
「いいでしょう!その決闘受けて立つわ!」
さも自分の事のように姉ちゃんがそれを引き受けた。
「うぉおいっ⁉何勝手に決闘を引き受けてるんだよ!
何でもかんでも俺に丸投げするんじゃねぇよ!」
「嬉しいわ聖吾!そこまでお姉ちゃんの事を愛してくれているのね!」
「聞けやバカタレ!」
俺はそう叫ぶが姉ちゃんは全く聞く耳持たず、俺の太股を思いっきりつねりあげた。
「ぅいってぇっ⁉」
「決闘、受けてくれるわよね?」
姉ちゃんは優しい口調で俺に言ったが、その目は
『受けなきゃあんたを殺すわよ?』
という殺意に満ちていた。
これは物心ついた頃から(あるいはそれ以前から)繰り返されてきた事なので、俺はもはや観念し、
「わかったよ!受けりゃあいいんだろ!」
と、半ばヤケクソに言い放った。
もうこうなったらどうにでもなれ!
するとそれを聞いたジルはひと際険しい目つきになり、
「決まりだな。これがその印だ!」
と、自分の手首に手をやったが、
「あれ?」
と声をあげ、ズボンのポケットを探りだした。
もしかして、白い手袋でも探しているんだろうか?
欧米じゃあ決闘を申し込む時、白い手袋を相手に投げつけるらしいからな。
そんな事を考えていると、ジルは
「どうやら忘れてしまったらしいな」
とつぶやいたかと思うと、足に履いていた白い靴下をおもむろに脱ぎ、それを俺の顔に投げつけた!
そしてその靴下は見事に俺の顔面に直撃した。
「ぶふぅっ⁉何すんだよいきなり⁉人の顔に靴下を投げつけるんじゃねぇよ!」
しかしジルは何ら悪びれる様子もなくこう返す。
「これが決闘の申し込みの印だ!手袋がなかったから靴下がその代わりだ!」
「そこまでして形式にこだわるこたぁねぇだろ!」
そんな俺の言葉は完全にスルーしながら姉ちゃんは言った。
「覚悟しなさいよジル!あんたなんかこの聖吾がケチョンケチョンにやっつけるんだからね!」
おいおいそんなにハードルを上げるんじゃないよ。
あんた自分の弟の事を買いかぶりすぎだよ。
俺がハラハラする中、ジルは姉ちゃんに尋ねた。
「で、どういう形で決闘するんだい?拳で殴り合うというのでも、僕は全然構わないよ?」
何かめちゃくちゃ本気で決闘する気だよこの人!
以前にもこんなシチュエーションがあったけど(第二巻参照)、その意気込みは前の奴とはケタ違いだ!
そんな決闘モード全開のジルに、姉ちゃんは余裕の笑みを浮かべてこう言った。
「拳で殴り合うなんて野蛮な事はさせないわよ。勝負の内容は、剣道よ!」
「け、剣道?」
姉ちゃんの言葉にマヌケな声を上げる俺。
しかしジルはそれに納得した様子でこう言った。
「剣道、か。日本のフェンシングのようなものだろう?
やった事はないけどそれでいいよ。男同士の決闘は、剣を振るう事こそふさわしい!」
何か俄然盛り上がってるよこの人。
そんな中姉ちゃんはジルにこう続けた。
「決闘は明日の放課後、学校の体育館よ。勝った方が私をモノにできる。それでどう?」
「それでいいよ。この決闘に勝って、僕こそが君にふさわしいと証明するよ!」
ジルは力強くそう言い放つと、足早に沢凪荘を後にした。
黒スーツの男達も沙穂さんに
「ブリ大根、初めて食べましたけどおいしかったです」
と丁寧にお礼を言い(実はいい人達なのか?)、そそくさとジルの後を追って出て行った。
後に残された沢凪荘の面々は、空気が抜けたようにそれぞれ佇んでいた。
そんな中、何の反省の色もない様子で姉ちゃんが俺に言った。
「と、いう訳なんで、明日頑張ってね、聖吾♪」
それを聞いた俺はブチ切れた。
「頑張ってねじゃねぇよ!とんでもねぇ事に巻き込みやがって!俺は決闘なんか絶対嫌だからな!」
「今更そんな事言っても遅いわよ。
もうあっちはやる気満々なんだから、やめるなんて話は通用しないわ」
姉ちゃんがそう言うと、それを応援するように他の沢凪荘の面々も言葉を続ける。
「そうよ聖吾君。ここはお姉ちゃんを助けるために、一肌脱ぐべきよ」と沙穂さん。
「頑張ってやお兄ちゃん!ウチを助けてくれたみたいに、美咲お姉さんも助けてあげて!」と矢代先輩。
「もちろんお姉さんの為に決闘するんでしょ?何せ裸で寝起きを共にする仲だもんね」と美鈴。
美鈴の言葉がやけにトゲトゲしいが、今はそれは置いておこう。
そして女性陣がズズイッと俺に詰め寄る。
こういう時の女性の団結力は一体何なんだ?
四対一で睨まれ、四面楚歌極まりない状況に陥った俺は、こう言う他なかった。
「わかったよ!姉ちゃんの為にがんばるよ!」
そんな俺の背中をバシンと叩き(メッチャいてぇ!)、姉ちゃんは言った。
「その意気や良し!でもがんばるだけじゃダメよ!
あのジルをコテンパンにやっつけて、もう二度と私に言い寄らないようにしてちょうだいね!」
「そうは言うけどよ、俺は剣道なんか体育の授業でやったくらいで、全然強くないよ?」
「大丈夫!あっちは剣道をやった事ないみたいだし、聖吾の方が断然有利だから!」
「そうかなぁ?」
勝てる気満々の姉ちゃんに、俺は不安いっぱいでつぶやいた。
でも決闘するのは決まった事だし、今回は忘れたでは済まなそうだし、こりゃあ腹をくくって頑張るしかねぇか。
そう思うものの、深いため息が出るのを俺は抑える事ができなかった。
はぁ・・・・・・。




