10 美咲の理想の男
「美咲」
「いやよ」
姉ちゃんは一秒待たずにそう答えた。
「まだ名前を呼んだだけじゃないか」
ジルが苦笑いすると、姉ちゃんはプイっとそっぽを向いて言った。
「その先の言葉は聞くまでもないわ。言わなくて結構。
今までにも散々聞いてきたしね。答えは今でと同じよ。
私はあんたの愛の申し出を受け入れるつもりはないわ。これからもずっとね。
だから潔くイギリスに帰ってちょうだい。以上よ」
「まいったなぁ」
ジルは本当に参ったという様子で頭をかいた。
が、ここまで言い張る姉ちゃんを説得するのは、俺の経験上不可能と言って差し支えない。
もう諦めた方がいいんじゃねぇのか?
と俺は思ったが、しかしジルはすがるように言った。
「本当に一パーセントも望みはないの?」
「ないわ」
姉ちゃんの言葉はにべもなかった。
が、ジルは尚も食い下がる。
「じゃあ美咲の理想の男というのはどんな人物なんだい?
具体的に好きな男が居るのかい?
もしかしてすでに愛を誓い合った相手が居るとか?」
そう言われた姉ちゃんは、目をつむって眉間にしわを寄せた。
ちなみにこれは、姉ちゃんには愛を誓いあった相手なんか居ないし、
具体的に好きな男も思い浮かばないし、
理想の男なんてロクに考えたこともない。
自分のやりたい事をやりたいように突き進んできたせいで、
恋愛沙汰をすっかりおいてけぼりにしてしまっていた。
が、年頃の娘が全くそういう事に頓着がありませんでしたとはさすがに言いにくいので、返答に困っている。
姉ちゃんのこの顔は、そういう顔なのだ。
姉弟ゆえにわかってしまう姉の胸の内が、弟の俺には却って心苦しかった。
でもそれを姉ちゃんに代わってジルに伝える訳にもいかないし、
ここは姉ちゃん本人に何とか切り抜けてもらうしかない。
そんな中姉ちゃんが、絞り出すように言った言葉はこれだった。
「愛を誓い合った相手は、居ないわ。だけど、私の理想の男は、居るわ」
「へぇ、それはどんな男だい?」
ジルが薄い笑みを浮かべて尋ねると、姉ちゃんは何故が俺の方をちらっと見やってこう言った。
「それはね、ここに居る、弟の聖吾よ!」




