6 本坂先輩の神対応
場所は変わってバイト先のファミレス『ニューハーフ』。
その窓際のテーブルにジルが座り、その隣の席に、付添の二人の黒スーツの男が座っている。
そしてジルのテーブルの傍らにウエイトレス姿の姉ちゃんが立ち、
乱暴にメニュー表をテーブルに投げて言った。
「これがメニューよ、食べたいものが決まったらさっさと注文しなさい」
客を客と思わぬようなツンケンした態度。
ここはツンデレ喫茶か?
と俺はハラハラしたが、そんな事でひるむジルではなく、さわやかな笑顔でこう答える。
「僕が食べたいのはただひとつ。君のその愛らしい唇だけだよ」
「この、色ボケ男が!」
姉ちゃんはそう叫ぶと、メニュー表を振り上げ、周りの視線などお構いなしに、ジルの脳天をバシコォン!とはたいた。
そしてその音が店内全体に鳴り響く。
「おいおい姉ちゃん何やってんだよ⁉」
レジの近くでその様子を見ていた俺はビックラこいて、慌てて姉ちゃん達のところに駆け寄った。
そしてもう一発ジルの脳天をはたこうとしている姉ちゃんを背後から抑え、何とか落ち着かせようとする。
「お客さんの頭をメニューで叩くウエイトレスがあるかよ⁉とりあえず落ち着けって!」
しかし姉ちゃんは怒り心頭の様子でこう返す。
「こいつがセクハラまがいの事を言うからでしょうが!
もう一発ブン殴ってやらないと気が済まないわ!」
しかしジルはジルで全然応えていないらしく、笑顔を崩さずに言った。
「僕は自分の気持ちを素直に伝えただけだよ。
それに誰にでもこんな事を言う訳じゃない。美咲だから言うのさ」
「アホか!」
ジルの言葉にますますヒートアップする姉ちゃん。
周りのお客さんは目を点にしてこっちを見ているし、美鈴もハラハラした様子で固まっている。
ああもうどうすりゃいいんだよこの状況⁉
と、俺が途方に暮れていると、本坂先輩がゆったりした足取りでやって来て、おっとりした口調でこう言った。
「あらあらお客様、何か不都合な事がございましたか?」
「いや、問題ないよ。ただ、こちらのウエイトレスに彼女の唇を注文したら、少々怒らせてしまったようだ」
ジルの言葉を聞いた本坂先輩は
「まあ、それはどうも申し訳ございませんでした」
と言って頭を下げ、悪魔も見とれるような女神のほほ笑みを浮かべてこう言った。
「お客様、当店では優秀なシェフが腕によりをかけた料理を取り揃えております。
彼女の唇には及ばないかもしれませんが、ぜひご賞味いただきたいのですがいかがでしょう?」
「ほう、それは興味深い。君の言葉を聞いて、是非ともここの料理を食べてみたくなったよ。
このニューハーフ特製のデミグラスハンバーグセットと、デザートに季節のフルーツゼリー。
食後にコーヒーをいただこう」
「かしこまりました」
本坂先輩をそう言ってジルに頭を下げると、姉ちゃんと俺をひきつれて厨房へさがった。




