5 ジル、グイグイくる
とりあえず学校を出る支度を整え、俺と姉ちゃんと美鈴は自転車を引いて校門へやって来た。
すると校門には他の生徒達がワラワラと集まっており、その中心にあの男、ジル・ジェラードの姿があった。
校門の外には黒塗りのリムジンが停まっていて、そこに黒スーツにサングラスをかけた二人の屈強そうな男が待機している。
そんな中ジルは両手に持った赤いバラの花束を姉ちゃんに差し出し、片ひざをついてこう言った。
「待っていたよ美咲。さあ、僕と一緒に行こう。
海辺のホテルのレストランで、最高級のディナーを手配してあるんだ」
しかし姉ちゃんはその花束を押しのけてこう返す。
「残念ながら私はそのディナーをお断りするわ。
私は弟達とファミレスにアルバイトに行くんだから!」
「ファミ、レス?アル、バイト?それは、日本独自のものなのかい?」
その言葉を初めて聞いたという様子のジルはそう言って首をかしげる。
そんなジルに俺は言った。
「ええと、ファミレスってのは、手軽な値段で食事ができるレストランで、
アルバイトっていうのは、そういう所で働いて給料を稼ぐ事です」
するとそれを聞いたジルは大層驚いた顔をし、姉ちゃんに詰め寄った。
「美咲!君はそんな庶民のために仕えるような仕事をする立場の人間じゃないよ!
もっと新しい事を創造し、改革し、動かしていくような仕事をするべきだ!」
それに対して姉ちゃんは剣を突き立てるような勢いで叫んだ。
「どうしてあんたにそんな事言われなくちゃいけないのよ!
自分の将来の事は自分なりにちゃんと考えてあるわよ!
それにファミレスのアルバイトだって私自身とても楽しいし、大切な仕事なんだから!」
それを聞いたジルは嘆かわしいという様子で首を振り、諭すような口調で言った。
「おお美咲、君はどうして自分をおとしめるような事を平気で言うんだい?
君はそんな底辺の人間と一緒に居るべきじゃあない。
僕のように高い意識と世界で生きる人間と一緒に居るべきだ」
「そういう人を差別して見下す根性が最高にムカつくし嫌いなのよ!
私の目の前から今すぐ消えないと、そのバラのトゲより痛い目にあわせるわよ!」
姉ちゃんなら本当にやりかねないが、ジルはひるむ様子もなくこう言った。
「君に痛い目にあわせてもらえるなら、例えバラのムチでも喜んで打たれるさ」
「うわキモッ!キンモッ!ああもうっ!」
姉ちゃんはそう言って両手で頭をかきむしる。
う~む、これは思ったより手ごわい。
姉ちゃんをここまで追い詰めるとは、さすがは世界的財団の次期頭首というところか。
しかしこのままじゃあ周りの野次馬が増えるばかりなので、俺は精一杯の笑みを浮かべてこう言った。
「ええと、とりあえず、ジェラードさんも、よかったら俺たちのアルバイト先に来ませんか?
姉ちゃんの仕事ぶりも見られるし、底辺の人間の食事ってのも、以外とおいしいですよ?」
「ちょ、何を言い出すのよ聖吾⁉こんな奴に食べさせるごはんはないわよ!」
「だってそうでもしねぇとこの場は切り抜けらえそうもないし、
この人だって引きさがりそうもないし、
それならいっそバイト先で飯でも食ってもらったらいいんじゃねぇの?」
「だけどこいつがそんな話に乗る訳ないでしょ!
絶対強引に自分の意見を通そうとするに決まってるわ!」
俺と姉ちゃんはそう言い合っていたが、ジルは腕組みをして考え込み、意外にもこう言った。
「ふむ、美咲の弟の言葉ももっともだな。
たまには底辺の人間の生活に触れるのもいい経験になるかもしれない。
場所はどこだい?僕の車で送らせよう」
それを聞いた姉ちゃんはマジかよ⁉
という顔で目を丸くしたが、ジルは大マジらしく、ニコッと笑ってうなずいた。




