3 尾田先輩、色めく
「またややこしい事に巻き込まれているみたいね」
その日の放課後。
掃除当番で校舎の階段の踊り場を掃除していると尾田先輩が現れ、さも愉快そうな顔でそう言った。
それに対して俺はげんなりした顔でこう返す。
「別に巻き込まれたくて巻き込まれてる訳じゃあないんですけどね。
こっちはホントにいい迷惑ですよ」
「あらそう?私にはとても楽しそうに見えるけど」
「楽しそうにしてるのは尾田先輩でしょうが」
俺はややトゲのある声で言ったが、尾田先輩は全く意に介さない様子でこう続ける。
「ところであなたのお姉さんにゾッコンの彼だけど、随分お金持ちのおぼっちゃんのようねぇ」
「そうですね。何とか財団の次期頭首とか言ってました。そんなにすごい金持ちなんですか?」
「そうね、ジェラード財団といえば、イギリスを拠点に、ホテル、飲食、自動車、造船等、様々な業界で成功を収めている大グループよ。
今通っているグレートブリテン王立大学でも成績は優秀で、
ジェラード財団の次期頭首としてふさわしい人物と言われているわ」
「へぇ~そんなすごい人なんですか。どうりで自信に満ち溢れていた訳だ。
でも、そんないいところの御曹司が、どうしてうちの姉ちゃんを追いかけまわすんですかねぇ。
ガサツでおおざっぱで強引で、自分の生きたい道を突っ走るような人なのに」
「さあ、それはその人の好みなんでしょうけど、はるばるこんな田舎町まで追いかけてくるところを見ると、そういい加減な気持ちでもないんじゃない?」
「でも姉ちゃんは心底あの男の事を嫌っているみたいだし、俺もあの人の事はあんまり好きになれそうにないですよ」
俺がため息交じりにそう言うと、尾田先輩は絹のような黒髪をかきあげて言った。
「まあどちらにしろ、明日のミナ高新聞の一面は決まりね。『御撫高校に英国からの求婚者現る!』」
「えぇっ⁉この事新聞に書くつもりですか⁉」
「当たり前じゃないの。こんなにスキャンダラスな話を記事にしなくてどうするの。
それにあれだけみんなの前でド派手にやらかしたんだから、ほぼ全校生徒が知っているわよ」
「た、確かに、今更内緒になんてできないですよね・・・・・・」
「そういう事。あなたにはいろいろ貸しがあるし、たまにはこういう形で返してもらわないとね」
そう言って妖しい笑みを浮かべる尾田先輩。
なんだか利子が大きすぎる気がしないでもないが、それはそれで納得するしかなさそうだ。
俺はひとつ息をつき、頭をかきながら言った。
「それにしても、いつもながら情報が早くて正確ですね。一体どこから仕入れてくるんですか?」
「うふふ、知りたい?」
「いえ、やっぱり遠慮しときます・・・・・・」
にっこり微笑んで尾田先輩にそう言われると、却ってそれ以上つっこめない俺だった。
「それじゃあね、困った事があったらまたいつでも相談してね」
尾田先輩は右手をヒラヒラさせてそう言うと、軽い足取りで階段を下りて行った。
「相談というか、尾田先輩が俺の事を探っているんじゃないのか・・・・・・」
そう一人ごちていると、心底げんなりした様子の姉ちゃんが、ヨロヨロした足取りで上の階から下りて来た。




