1 ジェラードが来た
俺は姉ちゃんに引っ張られ、校庭にやって来た。
そこにはヘリコプターが一機と、その前に一人の男が腕組みをして仁王立ちしている。
校舎の窓という窓からは生徒や先生が顔をのぞかせ、こちらの様子を食い入るように見つめている。
そんな中姉ちゃんは怒りと嫌悪に満ちた目でその男を睨んでいた。
それに対してその男は、自信と自愛に満ちた目で姉ちゃんの事を見つめている。
金色でサラサラの髪をそよ風になびかせ、薄い青の瞳からは、
『僕、イケメンです』
オーラが漂う光が放たれている。
そのかたわらで俺は、ただもうどうしていいのか分からず、間抜けな顔をして佇んでいた。
そんな中先に口を開いたのは姉ちゃんだった。
姉ちゃんは針を突き刺すような声でその男に言った。
「何であんたがここに居るのよジェラード?
あんたのおうちは、万里の長城よりもはるか向こうじゃないの」
するとジェラードと呼ばれたその男は、右手を姉ちゃんの方に差し出してこう言った。
「それはもちろん、君を迎えに来たからに決まっているじゃないか。僕の愛しのハニィ」
どうやらこの男は姉ちゃんにゾッコン片思い中で、はるばる遠い外国からやって来たようだ。
しかし姉ちゃんがこの男をよく思っていないというのは、直後に姉ちゃんの口から出た
「キモッ!」
というセリフと、険しい表情を見れば十二分に分かった。
しかし男はそんな事はまるで気にしないという様子でこう続ける。
「ああ、やっと見つけたよ。
君が突然日本に帰国したと聞いてどれだけ驚き、さびしく思ったか。
君が居ない人生なんて、僕にはありえないんだよ美咲」
それに対して姉ちゃんは、それをなぎ払うような口調でこう返す。
「私はあんたがそばにいる人生が、ありえないと思っているわ」
姉ちゃんの事をこよなく愛していると言うこの男と、それを激しく拒絶している姉ちゃん。
その温度差たるや火山と氷山の如しだが、
この状況に耐えられなくなった俺は、おずおずと姉ちゃんに尋ねた。
「ええと、状況は何となくわかったんだけど、この人は誰なの?姉ちゃんの知り合い?」
すると姉ちゃんは、さっきの俺の溜息よりもはるかに長くて深いため息をつき、絞り出すような声で言った。
「この男の名前はジル・ジェラード。
私の通う大学の学友、
いえ、知り合い、
いや、たまたま同じ敷地内で生活しているというだけの存在よ」
「それじゃあ説明が足りないよ美咲。
僕はジェラード財団の御曹司にして次期頭首。
将来の地位も財産も権力も保障された絶対的成功者。
そして世界中の誰よりも美咲を愛し、夫としてふさわしい男なんだよ」
ジルと呼ばれたその男は額にかかる前髪を大げさにかきあげながらそう言った。
見た目もそうだが、中身も相当自信家のナルシストのようだ。
どうやらとてつもない大金持ちのお坊ちゃんらしいが、
姉ちゃん同様、俺もこの男の事はあまり好きになれそうになかった。
そんなジルに、姉ちゃんは腕組みをしながら言い放つ。
「とにかくあんたにどんな地位や財産があろうが、私はあんたのプロポーズを受ける気はないっての。
もう何回も断ってるでしょうが!」
どうやら姉ちゃんはすでにこの男のプロポーズを断っているようだが、
そんな事実は全くないかのように、ジルはこう答える。
「そんなものは僕が美咲をあきらめる理由にはならないよ。
赤毛のアンのギルバートだって何度もアンにプロポーズをして断られたけど、
ついに二人は結ばれたじゃないか」
「あれはアンも満更じゃなかったからでしょうが!」
「わかっているよ、美咲もそうなんだろう?
だが僕の愛を受け入れるのが怖くて、その勇気ある一歩が踏み出せないでいるのさ」
「だぁかぁらぁ!違うっつってんでしょうが!」
姉ちゃんは怒り心頭という様子でそう叫ぶが、ジルは一向にひるむ様子がない。
こりゃあ筋金入りのナルシストだな。
自分のプロポーズが断られるなんて、微塵も思っちゃいないんだろう。
もしかして姉ちゃんがこっちにやって来た理由って、こいつのプロポーズから逃げる為だったのか?
なんて思っていると、それはどうやら当たっているらしく、姉ちゃんは頭をかきながらつぶやいた。
「まさかここまでは追っかけてこないと思ってたのに、どんだけしつこいのよ」
「どこまでも追いかけて行くよ。僕の美咲に対する愛は、永遠で絶対だからね」
ジルの言葉に姉ちゃんは更に頭を激しくかきむしった。
こりゃあどうにもラチがあきそうにないと思った俺は、遠慮勝ちに右手をあげてジルに言った。
「ええと、お取り込み中すみませんけど、
ここじゃあなにぶん人の目がありすぎるし、いったん帰ってもらえませんか?
積もる話はまたあとでしてもらうという事で・・・・・・」
するとジルは俺の方をギロリと睨んでこう言った。
「んん?それはもしや僕に言ったのかい?
ジェラード財団の次期頭首であるこの僕に意見をする、
どこの馬の骨とも知れない、
浅はかで平凡な、
それでいてあつかましくも、
美咲の隣に立つ君は一体何者だ?」
何か、初対面からえらい言われようだ。
わかっちゃいたけど、この男は姉ちゃん以外の人間は、まるで人間だと思っちゃいないんだろう。
とか思っていると、姉ちゃんが俺の前に割り込んで言った。
「この子は私の弟よ!あんたなんかよりずっと立派で男らしいんだから!」
いやいや、そんな事ないよ?
そんな事言ったらあのナルシストの負けん気に火がついちゃうよ?
とか考えていると、ジルは目を細め、挑戦的な目で俺に言った。
「なるほど、君が僕と美咲が愛し合う事に反対してるという訳だな。
自分の愛する姉が、他の男にとられるのが我慢ならないんだろう?」
「ええ?違う違う!別に反対なんかこれっぽっちもしてねぇっすよ!
むしろそんな話今初めて聞いたし!」
俺は慌ててそう言ったが、それを遮るように姉ちゃんがこう言った。
「そうよ!私があんたのプロポーズを受けるなんて、例え神様が許してもこの弟が許さないんだから!」
「おいおいおい!そんな事言ったら話がややこしくなるでしょうが!
ここで俺を巻き込むんじゃないよ!」
何やら段々話がおかしな事になって来たぞと焦っていると、そこに担任の鏡左京先生がやって来た。
何だかますます話がややこしくなる予感がした俺は、鏡先生に申し出た。




