2 サア、ヨバイノジカンヨ
と、いうビンタをくらい、目を(・)覚ました(・・・・)。
そう、今までのあれは、俺の夢だったのだ。
ここは沢凪荘という、木造平屋建ての自分の四畳半の畳部屋。
その部屋の真ん中に俺は仰向けに寝ていて、そんな俺に覆いかぶさるように、
ここの沢凪荘の管理人である女性の、伊能沙穂さんが俺をまっすぐに見下ろしていた。
枕もとに置いた目覚まし時計をチラッと見ると、時計の針は午前三時をさしている。
こんな真夜中に女性が男の寝室に潜り込むなんて、これじゃあまるで夜這いじゃないか?
とか思っていると、沙穂さんは至極真剣な顔でこう言った。
「さあ、夜這いの時間よ」
どうやら夜這いであっていたらしい。
俺はこれも夢ではないかと思い(そして願い)、三秒ほど目を閉じたが、
目を開けてもそこに沙穂さんが居たので、どうやらこれは夢ではないようだと理解した。
そして寝ぼけ眼で沙穂さんに尋ねる。
「あの、ええと、夜這いってどういう事ですか?まさか俺を、夜這いしに来たんですか?」
すると俺は、
ばちーん!
ともう一発沙穂さんにビンタをもらい、更に俺に顔を近づけて言った。
「そんな訳ないでしょ!夜這いの相手は美鈴ちゃんと矢代ちゃんよ!
寝ぼけてないでシャキッとしなさい!」
「ええと・・・・・・」
俺は右手で顔をおおい、寝ぼけた頭で考えた。
確かに今の俺はこんな時間にビンタで起こされ、かなり寝ぼけている。
でもこの状況で俺より寝ぼけた事を言っているのはむしろ沙穂さんの方じゃないのか?
ちなみに美鈴と矢代先輩は沢凪荘の住人で、俺と同じ御撫高校に通っている。
二人とも(黙っていれば)なかなかの美少女なのだが、その二人に夜這いをしろと、この人は仰っている。
まあこの人は女性でありながら可愛い女の子が(おっさん的な意味合いで)大好きなので、
何を言っているのかは大体分かったが、それでも一応こう尋ねた。
「あの、夜這いってどういう事ですか?沙穂さんは何を言っているんですか?」
それに対して沙穂さんは、さらに語気を荒げて言った。
「夜這いとは!女の子の寝床に忍び込み、寝ている隙を狙ってその子をテゴメにしてしまうという神聖な行為よ!」
すけべオヤジ丸出しの欲望を神聖な行為と言い切ったよこの人!
と思っていると、
「聖吾君、今から大事な話をするからそこに正座しなさい!」
と言われ、俺は沙穂さんの前に正座させられた。
そして沙穂さんは鮭を狙う熊のような目つきで続けた。
「聖吾君と美鈴ちゃんがこの沢凪荘で生活するようになって、どのくらいになるかしら?」
「ええと、一ヶ月半くらいですかね」
「そろそろ、いい頃合いだと思うのよ」
「何がですか?」
俺の問いかけに対し、沙穂さんはひと際真剣な口調になって言った。
「夜這いをするのにいい頃合いだと言っているのよ」
「・・・・・・夜這いをするのにいい頃合いとかあるんですか?」
「善は急げという格言があるわ」
「夜這いは善なんですか?」
「正義と言っても過言ではないわ」
「過言ですよ」
「聖吾君、あなた夜這いというものを、エロい事だと思っているでしょう?」
「完全にエロい事でしょう?」
「いいえ、実はそうではないの。
元々夜這いとは、夜中に男が愛する女性にこっそり会いに行くというだけの、清純なものだったのよ。
そこに後からエロい要素も加わってしまったの」
「そうだったんですか」
「聖吾君、私はね、エロい事なんか一切含まない、清純な気持ちで夜這いをしましょうと言っているのよ」
「さっき女の子をテゴメにするとか言ってませんでした?」
「難しい話はよくわからないわ」
「そんなに難しい事言ってませんけど⁉」
「聖吾君、美鈴ちゃんに夜這いをしなさい」
「は?はあぁっ⁉何でそうなるんですか⁉」
「あなたと美鈴ちゃんがここで生活を始めてもう一ヶ月半になるでしょう?
その間にお互い幾多の試練を乗り越え、愛を育んできた」
「育んでませんよ!そもそも俺と美鈴はそういう関係じゃないし!」
「だから、そろそろ夜這いをしてテゴメにしてもいい頃合いだと思うのよ」
「やっぱりテゴメって言ってとる!」
「私はね、聖吾君と美鈴ちゃんに幸せになって欲しいのよ」
「はあ・・・・・・」
「なのに聖吾君ときたらウジウジして、ちっとも美鈴ちゃんと進展しないんだもの。
見てるこっちはもうムラムラしてしょうがないわ」
「ハラハラじゃないんですか?」
「だから私が一肌脱いで聖吾君の背中を押してあげようと、そう思い立ったのよ」
そう言って固く両拳を握り締めた沙穂さんは、ズイッと俺に顔を近づけてきた。
それに対して俺はグイッと上半身をのけ反らせながらこう返す。
「いや、ですからね?さっきも言いましたけど、俺と美鈴はそういう関係じゃないんで、
背中を押すとか押さないとか、そんな話じゃないんですよ」
「へぇ~そうなの?じゃあ聖吾君は美鈴ちゃんの事、全くこれっぽっちも何とも思ってないの?」
「いや、全くという訳ではないですけど・・・・・・
ただ、もう少しあのヒステリックな性格が何とかならないかと思って・・・・・・」
「嫌いという訳じゃあないでしょう?」
「まあ、嫌いでは、ないです」
「愛しているんでしょう?」
「いきなり極端な問いかけですね!」
「おっぱい触りたいんでしょう?」
「何でそっちに話が行くんですか⁉」
「それは私も美鈴ちゃんのおっぱいを触りたいと思っているからよ!」
「あんたホントに困った人だな!」
現在、午前三時十分。
どうして俺はこんな時間に叩き起こされて正座をさせられ、
こんな訳の分らない尋問にあっているんだろう?
襲い来る疑問と迫りくる睡魔にさいなまれ、俺の頭は思考能力をどんどん失っていく。
しかし沙穂さんは更にヒートアップした様子で、グイグイ俺に迫ってくる。
「さあ聖吾君!今から美鈴ちゃんの部屋に夜這いに行くわよ!」
「ちょ、ちょっと待ってください沙穂さん!とにかくいったん落ち着きましょう!」
「この期に及んでまだそんな事言うの⁉
あなたさっき美鈴ちゃんに夜這いしてテゴメにしたいってハッキリ言ったじゃないの!」
「言ってねぇ!」
「大体ひとつ屋根の下で毎日一緒に暮らして部屋も近くなのに、
夜這いのひとつもしないとはどういう事なの⁉」
「あなたのその思考回路がどういう事なんですか⁉
そもそも部屋には鍵だってかかってるでしょうに!」
「私はここの管理人⁉合鍵くらいちゃんと用意してあるわ!」
「あんたホント最低だな!」
ダメだ、この人完全にエロエロモードが暴走している。
沙穂さんは一旦エロい妄想スイッチが入ると、当分戻ってこれないという困った性癖がある。
今は完全にそれが暴走してしまい、現実との区別がつかなくなっているようだ。
そういえば夕べ、知り合いからもらったと言っていたワインをがぶ飲みしていた。
その酔いが今になってまわってきたのだろう。
一体どうすればこの状態の沙穂さんを元に戻す事ができるんだ?
と、一人途方に暮れていた、その時だった。
俺は沙穂さんの背後に、部屋の入り口からこっちを眺めている二人の人物が居る事に気がついた。
美鈴と矢代先輩だった。